275 食料生産計画開始 3
目の前で繰り広げられる箱庭の光景に狼狽えて、エレーナとウルファーが俺を振り向くけど、コントロールとイメージを生み出すのが大変で、額に汗が浮いて息が上がり、答えてる余裕が全くない。
そんな俺の代わりに、エフメラが答えてくれる。
「エメ兄ちゃんは今ね、あの結界の中で、一日を一分に短縮して、一日を何度も繰り返してるの。ほら朝みたいに明るくなって、お昼みたいに日差しが強くなって、夕方みたいに赤くなって、夜みたいに暗くなった。それから時々強く風が吹いたり、雨が降ったり、温かかったり、寒かったり。ああして、種にどんどん日にちが経ってるって勘違いさせながら、育つのを助けてるの」
「種に、日にちが経ってるって勘違いさせる、ですか?」
「うん。あっ、ほら、芽が出てきた」
何十分か経った頃、エフメラが指差す先で、早回しの映像を見るように芽が出て伸びていく。
「ほ、本当に芽が出てきた……すごい…………」
普段は表情筋が仕事をしないエレーナも、さすがに驚きを隠せないか。
さらに三十分、つまり芽が出て一ヶ月過ぎた頃合いで一旦変化を止めて、昼の光量と気温と晴れの天気で結界内を維持する。
「ふぅ……やっぱりこれ、滅茶苦茶疲れるな……」
額の汗を拭って、ウルファーを振り返る。
「ウルファー、指示を頼む」
「えっ? あっ、は、はい!」
放心したように畑を見てたウルファーが、自分の役割を思い出したのか、慌てて農民候補の奴隷達に指示を出して、地面の上に伏せたように広がったロゼット状の葉を踏ませていく。つまり、麦踏みだ。
麦踏み指導をするエフメラは経験済みで分かってるけど、初めて結界内に入る農民候補の奴隷達は、結界の中と外の気温の違いに驚いてるな。
おっかなビックリで結界内に入って麦踏みしてる間、俺は休憩させて貰う。
「伯爵様、タオルと飲み物」
「ああ、ありがとうエレーナ」
受け取って汗を拭いて、水筒から水を飲んで喉を潤す。
「えへへ♪ やっぱりエメ兄ちゃんの魔法はすごい♪」
指導が終わって駆け戻ってきた勢いそのままに抱き付いてくるエフメラをしっかり抱き留めて、撫でたり背中をポンポンしたりしながら、麦踏みの様子を眺める。
「こんな風に小麦を育てられるなんて……伯爵様の魔法は、もうなんでもあり過ぎる。夢でも見てるみたい」
「そうか? でもまあ、万能ってわけでもないけどな」
これだけ手間暇をかけないと、まともな小麦が育たないんだ。
以前、トトス村で実験して、単純に二倍速で育てたときは、結局四季の移り変わりが生長速度に適してなかったのか、土壌改良した実験畑で育てても、不味い小麦しか育てられなかった。
その後、試行錯誤した結果、自然環境を本物そっくりに整えてやることで、なんとか品質に見合った生長をさせられるってことが判明したわけだ。
しかも、一日を一分に短縮したとしても、今やらせてるような麦踏みを、途中で時間経過を止めて二、三回くらいしないといけないし、追肥も必要だし、その時間を抜いたとしても、播種してから収穫まで、仮に六ヶ月かけるとしたら、およそ三時間は魔法に集中して掛かりっきりになる必要がある。
これについてはまだ秘密だけど、たったこれだけの時間で済むのは、特殊な契約精霊達が四十八体もいて、偽水晶に溜め込まれた自然の精霊力を使ってフォローしてくれるからだ。もしそれがなかったら、二倍近い六時間以上は集中して掛かりっきりにならないと駄目だったと思う。
契約精霊達がこの魔法にもっと慣れてコツを覚えて、日々の光量や天気や気温の変化などを、自分達でアレンジしながら再現してくれるようにならないと、今は常に俺が事細かにイメージを渡し続けないと駄目だから、滅茶苦茶負担が大きいんだ。
つまり、まだまだ練習と改良の余地がある魔法ってことだな。
ちなみに、日々の光量や天気や気温の変化を無視すれば、今の俺なら発芽から収穫まで強引に数分まで短縮して一気に育てることも可能だけど、それをすると痩せて不味くて栄養価も低い小さな実しか収穫出来ないから、無理して育てる意味がないんだよね。
しかも土地が一気に痩せちゃうから、たっぷり肥料を撒いた上で、再度丁寧に土壌改良してやる必要がある。
だから、飢饉にでもならない限り、一気に育てるのは推奨できないわけだ。
「それでも、これだけ出来たら無敵。やっぱり伯爵様はすごい。惚れ直す」
そんな真剣で熱い眼差しで見られたら、照れるだろう。
エフメラが力一杯俺に抱き付いてきて、警戒心丸出しでエレーナを睨むから、宥めるようにポンポンと軽く頭を撫でてやる。
「しかし閣下が、まさか植物の生長までコントロール出来るとは……驚きとしか言い様がありません。もしや、数日で種子を十分な数用意すると言うのは……」
「ああ、これを収穫まで繰り返す。それで収穫した実を、それぞれの町や村に配って畑に蒔かせるんだ」
「……恐ろしい方ですね、閣下は…………」
「そうでもないさ。俺は特別なことなんて何一つやってない。単にみんなが気付いてないことに気付いて、それを活用してるってだけなんだから。だから、精霊魔法を鍛えて知識を学べば、誰だって出来ることだぞ?」
「こんな常識外れな事を、閣下以外が出来るようになるとは思えませんけどね」
諦めたみたいな顔で超イケメンっぽく肩を竦めるウルファーに見せつけるように、事も無げにエフメラの頭にポンと手を置く。
「出来るさ。あと数年もすれば、エフメラも出来るようになるんじゃないかな」
「うん、エメ兄ちゃんみたいに出来るように頑張る!」
「よし、頑張れ、期待してるからな」
わしゃわしゃ撫でてやると、嬉しそうな悲鳴を上げて抱き付いてくるエフメラ。
エレーナが驚きに目を見開いて、ウルファーが生唾を飲み込んで得体が知れない物を見るような目で、俺に抱き付いて甘えるエフメラを見る。
「驚くような話じゃないだろう? エフメラは俺の一番の愛弟子なんだから」
「うん♪」
とまあ、そんな感じで俺にとっては休憩時間になる麦踏みが終わったら、再びエレメンタリー・ミニチュアガーデンで小麦を育てて、麦踏みして、追肥して、また育ててを繰り返す。
そうして、およそ五時間近くが経過した頃、一ヘクタールの畑には、黄金色に実った小麦の穂が風に吹かれて揺れていた。
「ふぅ……終わった…………」
汗だくで息が切れて、思わずその場にへたり込んじゃったよ。
「じゃあウルファー、収穫を頼む」
むしろここからが本当に人手が必要なところだからな。
農民候補の奴隷達に鎌を行き渡らせて、エフメラが手本を見せた後、急いで収穫して貰う。
そうして収穫していく端から、エフメラが風と水の精霊魔法で一気に乾燥させ、収穫が終わった農民候補の奴隷達には続けて、乾燥させた麦を脱穀して、ふるいをかけて茎や石なんかの余計な物を取り除いた後、さらに袋詰めして貰う。
エレメンタリー・ミニチュアガーデンで育てると、実が軽かったり小さかったりする屑粒なんて育たないから、精選して良い実だけをより分ける手間は必要ない。
普通に育てるとそういう作業が必要だって事は、エフメラが指導してくれるけど。
そうしてみんなが作業してる間、俺はゆっくり休憩させて貰いながら、深呼吸を繰り返して消費した精霊力の回復に努めた。
なんたって、これで終わりじゃないからな。
それら全ての作業が終わったら、全員休憩して昼飯を食って、それから午後の部を開始する。
「じゃあエメ兄ちゃん、次の畑作るね」
「ああ、頼むエフメラ」
俺一人じゃ畑の土壌改良にまで精霊力を回せないから、エフメラが手伝ってくれて本当に助かるよ。
そんな俺の感謝の気持ちが伝わったのか、エフメラは満面の笑みを浮かべて、芋に適した新しい畑を張り切って一から耕してくれた。
「閣下、まさか、また同じ事を……?」
「ああ、種芋も持って来てるだろう? 今日中にそこまで終わらせる。で、明日は大麦と大豆だ」
取りあえず、この四種類を大急ぎで確保する予定だ。
「で、明後日以降は、さらに畑の面積を大きくして同じ作業を繰り返す。まずは他の町と村の畑に十分行き渡る数を確保出来るまでな。そして輸送を開始したら、次は王家の直轄地の分だ」
ウルファーが絶句する。
そんなに驚く話じゃないだろうに。
そういう計画だって事は、すでに伝えてるんだから。
こうして俺とエフメラは芋でも同様に育て、指導しながら、食料生産計画を推し進めていった。




