27 王都奪還
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王城を取り囲む城壁の上に降り立って、一度お姫様を下ろす。
「千匹捜して歩いて、ちまちま虱潰しにしていくの面倒だな……お前達に任せていいか?」
契約精霊達に作業を振ってしまう。
代わりに、圧縮した精霊力をいつも以上にたっぷり、八体それぞれに渡してやった。
「サーチアンドデストロイで頼むよ。ああ、そうそう、王城内だけじゃなくて王都を取り囲む防壁の上とか町中とか、もし見張りや巡回してるトロルがいたらそいつらも一匹残らず頼む。ただし、極力王城は傷つけないように上手くやってくれ。特にレドは火事を起こさないように」
八体がそれぞれ返事をすると、バラバラに王城内へと散っていった。
「今の力……とんでもありませんね。魔術師隊の精鋭数十人が束になって精霊力を放出しても、今の力には及ばないかも知れません……」
「そうなんですか?」
この国の精霊魔術師の精鋭って、実は大したことないんだな。
まあ、お姫様の前では言わないけど。
「この国の精霊魔術師の精鋭の実力は大したことなさそうだ……と思いましたか」
「うっ、なんでそれを……!? もしかしてお姫様、心が読めるんですか!?」
「顔に書いてありましたよ」
「やば……!」
慌てて両手で顔を隠すけど、手遅れだな。
そんな俺を、可笑しそうにクスクス笑うお姫様。
ちょっと反則なくらい可愛いんだけど!
「そう思っても仕方ないでしょうね……それほど、エメル様の力は異常です」
「あはは、異常ですか……」
「はい、失礼だとは思いますが、もはや異常と呼ぶしかありません。王城へ潜入するのにも、すでに相当の魔法を使っていたのでしょう? その上でトロルロードを一蹴し、さらに四千のトロル兵を殲滅するほどの大規模な魔法を使っておきながら、まだあれだけの精霊力を放出出来るなんて……エメル様の力は底が見えません」
「ま、まあ、普通じゃない自覚は多少あります。正直なところ、まだまだ余裕で、全力には程遠いんで」
普段の練習のおかげか、呼吸での自然回復は常に高効率で維持してるし、王城内を探索中もどんどん回復してた上、まだ何分の一かって程度しか溜め込んでる精霊力を使ってないからな。
姫様の願いのために、命懸けで全身全霊、全力全開でやるつもりだったのに、蓋を開けてみれば、命を賭けるどころか全力なんて出さずに楽勝ときたもんだ。
「これほどまでの魔法を使いながら、まだまだ余裕で全力には程遠いのですか……エメル様の全力を見てみたいような、見るのが怖いような、非常に複雑な気分です」
困惑を通り越して完全に呆れてるみたいだけど、俺から離れず側に立って頼りにしてくれてるみたいだから、いいけどね。
なんて話をしてたら、王城内のあちこちからトロルの悲鳴が聞こえてきた。
殲滅は順調に推移してるようで、悲鳴の聞こえる位置が、刻一刻と移動していく。
火の手が上がるとか壁が崩れる轟音が響いてくるとか、そういう事態にはなってないから、みんなちゃんと上手くやってくれてるみたいだ。
「自立させ、自己判断でこれほど行動させられるなんて……エメル様の契約精霊はどれほどの知性を得ているのか、考えるだに恐ろしいですね」
「色々教え込んだんで、かなり頭いいですよ。特にキリとチェスすると、俺、負けますし」
「精霊とチェスを……!? しかも負けるのですか!?」
「俺のチェスの腕がへっぽこってのもありますけどね」
「もう驚かないつもりでしたが……エメル様は一体どれほどわたしを驚かせば気が済むのでしょうね」
盛大に呆れた後、クスクスと楽しげに笑うお姫様。
呆れた顔も、笑顔も、変わらず可愛いんだから、やっぱり美少女ってすごいな。
◆◆◆
「今の地響きはなんだ……?」
潜入部隊の兵が、わずかに伝わってきた揺れを感知する。
続けて、もう二回、揺れが伝わってきた。
「例の農民が遂に動き出したのか?」
「分からん。王城の方に動きはない」
「門の前に張り込んでいる部隊にも動きはないな。すでに日も暮れたというのに、あの農民は何をやっているんだ?」
少し間を置いて、別の箇所からまたわずかな揺れが伝わってきた。
「この揺れ……門の方からか?」
わずかに、各方面の門が騒がしくなる。
しかし、それも長くは続かなかった。
揺れは一方から三回ずつ、四方向で合計十二回起きて、すぐに終わったからだ。
「やはり、何かが起きているようだな」
「あの農民がしたことかは分からないが、事態が動き始めたとみるべきだろう」
「すぐさま動いて王城へ侵入するべきだ」
「いや、そうだと判断するには情報が足りなすぎだ。まずは事態を把握すべきだろう」
わずかな話し合いの後、一気に事態が動き出す。
「む、どうやら始めたようだ」
王城から、トロルの悲鳴が多数聞こえてきたのだ。
「門を守っている部隊がどう動くか分からんが、今がチャンスだ。囚われのフィーナシャイア殿下を救出するぞ!」
「「「おう!」」」
◆
トロル殲滅をしていたはずのレドが、旋回して急にこっちへ戻ってくる。
「どうしたレド?」
『グルル……』
「こっちに近づいてくる熱源が六つか。詳細は分かるか? うん、うん……人間? もしかしてお味方か?」
「どうかなさいましたか?」
「あ、えっと、どうやら人間の兵士が六人、王城に近づいてきてるみたいです。殲滅騒ぎを聞きつけたみたいですね」
「それは、味方なのですか?」
「いやあ、済みません、そこまでは分からないです」
でも、調べようはあるか。
「キリ、戻ってくれ」
『我が君、どうかしましたか?』
「レドが感知したらしいんだが、こっちに近づいてくる人間の兵士が六人いるらしい。姿を消して、その精神状態や意図を調べてきてくれ。敵か味方か知りたい」
『畏まりました、我が君』
レドに位置を確認した後、キリが姿を消して調べに行ってくれる。
待つことしばし、お姫様にも分かるようにと気を遣ったのか、キリが戻って来て姿を現した。
『味方と言えば味方ですが、友好的な相手ではないようです、我が君』
「と言うと?」
『我が君が起こしたこの騒ぎに乗じ、そちらの姫君をトロルロードから奪還せんとしているようです』
「なるほど、確かにお味方だけど、俺を出し抜こうって部隊なわけか。どっかの貴族……って、次期公爵しかいないよな。次期公爵の差し金か」
『いかにも。どうなさいますか我が君』
「別にどうもしなくていいよ。お姫様は俺が救い出したし、トロルロードも倒した。王城に残ったトロルの掃除も、もうすぐ終わりそうだからな。そいつらには手ぶらでお帰り戴けばいいさ」
『畏まりました、我が君』
キリは恭しく一礼すると、トロル殲滅に戻って行く。
もう聞こえてくる悲鳴は散発的で、全滅は時間の問題だ。
「というわけです、お姫様。お味方みたいですよ」
「そのようですね……」
ちょっと渋い顔をするお姫様。
これでお姫様の中で次期公爵の株が下がっても自業自得だし、俺の知ったこっちゃないな。
さらに数分ほどして、城壁の上にその六人の兵士が姿を現した。
どうやら俺とお姫様に気付いたらしく、こっちへ全力で走って近づいてくる。
「フィーナシャイア殿下!?」
お姫様救出は自分達の役目と思ってたからだろうな、すっかり慌てふためいちゃって、ちょっといい気味だ。
そいつらは、お姫様の隣に俺が立ってることに驚き戸惑いながらも、お姫様の前に跪く。
「殿下、ご無事で何よりです!」
「ええ、この者が助け出してくれました」
「この者とは……この農民がですか!?」
「ええ、その通りです」
「姫様と次期公爵と約束したからな。ちゃんとお姉さんのお姫様を救い出して、トロルロードも倒したぞ」
「馬鹿な……この短時間でいったいどうやって……」
「短時間? 俺が王城に潜入してから、もう四時間以上は経ってるけど? お姫様が囚われてる場所が分からなくて、捜し回って苦労したよ」
「なんだと!?」
ああ、分かった。
かなり前から突入のタイミングを見計らって待機してたんだな。
俺が騒ぎを起こしたら突入して漁夫の利を得ようって魂胆だったわけだし、当然と言えば当然か。
でも、ご愁傷様だな。
「あともう一つの条件、王都奪還作戦も順調だから。四方の門の前に待機してたトロル四千はすでに殲滅済みだし」
「馬鹿ないつの間に……はっ!? まさかあの振動が!?」
「ああ、トロルがぶっ倒れるときに、それなりに揺れてたもんな。あんた達もそれに気付いてたんだ」
「いったい何をどうすれば、たった一人でトロル兵四千を殲滅出来ると言うんだ」
「そりゃあ、精霊魔法で瞬殺だよ、瞬殺。後は王城内の掃除だけだけど……それもどうやら終わったみたいだ」
兵士達の接近を気付いていたレドと思惑を確かめたキリの二体を先頭に、八体が戻ってくる。
「みんなご苦労様」
それぞれが、獣の声や普通に返事をして、六人の兵士に目を向けた。
「こ、これは……魔物!?」
「いやいや、こいつらは俺の契約精霊だから攻撃しないでくれよ」
「契約精霊だと!? そんな馬鹿な!」
でかい、数が多い、それでみんな大げさ過ぎるくらい大げさに驚くんだよな。
家族に見せたときも驚かれたけど、ここまでじゃなかったぞ。
特にエフメラなんか大喜びで、俺にキラキラと尊敬の眼差しを向けてくれたし。
「こいつらの力を借りて、門の前のトロル達は殲滅済み。そして王城に残ってたトロルもいま全滅させた。これでこの王城と王都にトロルは一匹も残ってない。王都奪還作戦、これにて終了だ」
唖然として言葉もない兵士達を尻目に、お姫様に向き直る。
「安全が確保されたところで、お姫様に一つお願いがあるんですけど」
「なんでしょう? 助けていただいた身ですから、可能な限り希望に添いますが」
お姫様が改まって鷹揚に頷いた。
もしかして、褒賞をおねだりしたと勘違いさせちゃったかな?
「ああいや、大したことじゃないんですよ。地下牢に文官、武官、メイドなんかの人達が捕まってて、塔の上の方にも貴族っぽい人達が捕まってるんです。あと、兵舎に武装解除された兵士達も。その人達を解放してあげたいんですけど、俺だけで行くよりお姫様も一緒だと話がスムーズに済みそうだから、ご一緒願えませんか?」
「まあ、そういうことでしたか。そのようなことでしたらもちろん喜んで」
ああ、みんなが無事って聞いて安心したんだろうな、嬉しそうな微笑みが眩しい!
やっぱりあの姫様のお姉さんだ。
「それじゃあ、お願いします」
お姫様を抱えてレドの背に横座りで乗せてあげて、俺もレドの背に跨がると城壁を降りて行く。
と、そこでようやく我に返ったらしい兵士達が慌てふためいて、俺を止めようとするんで、スルー。
いや、スルーより、一言言わせて貰おうかな。
「ってわけで、出された条件は完全クリアだから、次期公爵によろしく伝えといて。信じられないなら、門でも王城内でも好きに調べてどうぞ。あっ、トロルロードの死体はお姫様の部屋にあるから、さらし首にするなりなんなり、そいつの処理もよろしく」