268 切り札中の切り札
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「おっ、エフメ――」
「エメ兄ちゃあああああぁぁぁぁぁん!!」
「――ぐぼっ!? ゴホッ、ゴホッ……た、ただいまエフメラ」
目ざとく俺を見付けたエフメラが一直線に駆け寄ってきて、飛びつくように抱き付いてくるのを鳩尾で受け止めてから、エフメラの頭を撫でる。
「エフメラは相変わらず元気で安心したよ」
「エメ兄ちゃんが帰ってきてくれたから、いつもよりもっと元気になれたよ」
満面の笑みで頭をグリグリ押しつけてきて甘えてくるのが、もう可愛くて可愛くて!
柔らかな髪を、遠慮なくわしゃわしゃ撫で回す。
「そうかそうか。俺もエフメラの元気な顔を見られて、もっと元気になれたよ」
「えへへ、エメ兄ちゃん大好き♪」
ああもう、本当にうちの妹は可愛いな!
「精霊魔法の練習、ちゃんと頑張ってるみたいだな」
内包する精霊力が帰ってきて見るたびに、大きく増えてる。
普通の人の、二十数倍から三十倍近くあるんじゃないかな。
精霊力のコントロールがどのくらい上達したかは後で見せて貰うとして、六体の契約精霊達も前よりかなり大きく……んんっ!?
契約精霊が八体!?
「エフメラ、お前、生命の精霊と精神の精霊とも契約出来たのか!?」
「うん♪ ビックリした?」
「ああ、滅茶苦茶ビックリしたよ!」
この前帰ってきたときは、まだ生命の精霊も精神の精霊も、やっと姿がハッキリ見えるようになって、その二属性の魔法も使えるようになったばかりだったってのに。
最初に契約した土水火風光闇の六属性の契約精霊達は、ソフトボールより一回り大きいサイズだったのが、すでにバスケットボールくらい大きくなってるし、契約して間もない生命と精神の二属性の契約精霊達も、ソフトボールより二回りくらい大きいサイズだ。
これは滅茶苦茶嬉しい誤算だ!
「それでエメ兄ちゃん、今日もまたお野菜?」
「まあ似たようなもんだ。今回は、畑に蒔く小麦や大麦の種子とか種芋とか豆とか、余ってたら分けて貰えないかなってのと、エフメラに手伝って欲しいことがあってな」
「えっ!?」
ずっと頭をグリグリ押しつけてきて甘え通しだったエフメラが、ばっと顔を上げて驚きに目を丸くする。
「エフがエメ兄ちゃんのお手伝いするの……?」
「ああ、伯爵になって領地を貰ったことはこの前話しただろう? その領地に行ってみたら、色々大変でさ。俺一人だと、ちょっと時間が掛かり過ぎるから、領地まで来てエフメラに手伝って欲しいんだ」
そう、これが俺の切り札中の切り札だ。
なんたって、土壌改良で言えば、四属性の精霊と契約出来たばかりのグレッグやパーナと比べて、数十倍の仕事をこなせるだけの実力がある。
もし戦闘になっても、トロルなら数百から千匹くらい余裕で殲滅出来るんじゃないかな?
貴族のあれやこれやがあるから、出来ればエフメラにはこのまま関わらせず、普通の農家の娘としてのんびり暮らさせたかったけど……。
返還された領地全域で最悪の事態になる可能性を考えると、さすがに俺一人だけだと対策が間に合わない可能性が高い。
でもエフメラがいてくれたら、確実に間に合わせることが出来る。
その後も急ピッチで領地を開発していくなら、エフメラ程心強い助けはないからな。
しかも八属性と契約が成功してるんなら、なおさらだ。
「エフが……エメ兄ちゃんの……お手伝い……」
エフメラがその言葉を噛みしめるように繰り返すと、ぱあっと輝くばかりの笑顔になった。
そして、脱兎のごとき勢いで家の中に飛び込む。
「お母さぁーん!! エメ兄ちゃんにプロポーズされたーー!! 領地に連れてってくれるってーー!!」
「はあ!? ちょ、エフメラ!?」
「エメル!? あなたとうとう!?」
お母さんが血相を変えて家から飛び出してくるし!
緊急の家族会議になるし!
「『とうとう』ってどういう意味だよ!? 誤解だから!」
ともかく、お父さん、お母さん、兄ちゃん、ハンナちゃん、エフメラを交えて、状況を説明する。
ちなみにプリメラも一緒だけど、さすがにまだよく分かってないって顔だ。
「……そう、そういうことだったのね。ビックリしたわ」
お母さんは心から安堵したように胸を撫で下ろさないで欲しいんだけど。
「ぶぅ~~……」
エフメラも頼むから、ぶぅたれないでくれ。
「でもよ、本当にエフメラが役に立つのか?」
「バメ兄ちゃん、意地悪言うから嫌い」
「意地悪じゃねぇだろ、これは。よく分かんねぇけどよ、仮にもお貴族様の仕事だぞ」
まあ、兄ちゃんが心配するのは分かる。
「エフメラが世界で一番、俺が教えた魔法と知識を理解してるから、俺が育てた農地生産改良室のメンバーより、よっぽど『力』があるんだよ。あいつらが二十人束になって掛かっても、多分エフメラが勝つと思う。エフメラ一人で、普通の精霊魔術師数百人分の働きが期待出来るんだ」
「はあ!? エフメラってそんなにすげぇのか?」
目先や俺の領地のことだけを考えても、最低でも何千人分、ちょっと先を見据えても一万何千人分、もっと大きく返還された領地全体のことを考えたら、それこそ数万、十数万人分の食料を備蓄して冬を越せるくらい、これから秋までの半年程度でゼロから生産出来ないとやばいんだ。
時間さえあれば俺一人で十分可能だけど、今はその肝心の時間がない。
「だから、エフメラ程頼りになる戦力は他にいないんだよ」
「えへへ、エメ兄ちゃんに頼られちゃった♪」
良かった、ちょっとはご機嫌になってくれたかな。
ちなみに、こうして話してる間中、エフメラはあぐらを掻いて座ってる俺の膝の上で、コアラみたいに抱き付いて離れない。
もう十二歳にもなるってのにな。
仕方ないんで、軽く抱き締めて、あやすように背中をポンポン叩く。
「プリも、プリもぉ」
「よしよし、プリメラもおいで」
甘えて抱き付いてくるプリメラも膝に乗せて、抱き締めて撫でてやる。
「えへへぇ♪」
ああもう、可愛いな!
「でも、ちょっと心配ね……」
ハンナちゃんが眉をひそめて溜息を吐く。
「まあ俺も、エフメラの価値に気付いた貴族連中のちょっかいが心配だけど、そこは俺が絶対に守るってことで――」
「そうじゃなくて、エメルが村を出て行ったのって、エフメラちゃんが兄離れするためでもあったんでしょ? なのに度々戻ってくるし、今度は連れて行って四六時中一緒にいるだなんて、兄離れしそこなうんじゃない?」
「――うっ、それは……実は俺もちょっとそこが心配だけど……」
絶対に離れるもんかって言わんばかりに、エフメラの抱き付いてくる腕に力が入るのがまた、余計に心配なんだけど……。
「一通り開発が済んじゃえばエフメラは村に帰せるし、一時的なことだから、多分大丈夫、のはず、多分……」
「……」
エフメラはなんにも言わず、一層力を込めて抱き付いてくる。
その様子を見て、みんな不安そうな顔になってるし……いや、俺も不安だけど。
「……本当にエフメラちゃん、帰ってくる気になるかしらね?」
いやいやハンナちゃん、変なフラグを立てないでよ!?
「不安は尽きないが……ある意味、これはエフメラにとっても視野を広げるいい経験になるんじゃないか?」
「お父さん?」
味方が出来たって思ったのか、エフメラがお父さんを振り返って目を輝かせる。
「ほら、なんて名前だったか、お前の執事? だったか? やたらイケメンだイケメンだって、拗ねてただろう? お前より格好いい男もいるんだよな?」
「ああ、ナサイグのこと? って、まさかナサイグにエフメラをやろうっての!?」
いやいや、さすがにそれはちょっとないだろう!?
エフメラをギュッと抱き締めると、エフメラもご満悦でまた強く抱き付いてくる。
「いや、そうじゃなくてだ。村の男どもはなぁ……お前の教育のおかげで、エフメラにしてみれば馬鹿なガキどもにしか見えないんだろうが、今のお前の周りには、お貴族様とか騎士様とか、格好良くて頭のいい男も多いんだよな?」
「つまり、世の中にはエメルより格好いい男の人はたくさんいるのよって、エフメラの目を覚まさせるのね?」
お母さんも何気に酷いな。
でも、なるほど、そういう手があったか。
「エメ兄ちゃんより格好いい男の人なんていないもん」
「そうかそうか」
「えへへ♪」
わしゃわしゃと頭を撫でると、とろけそうな笑顔になる。
自分もって甘え顔するプリメラの頭も、当然一緒に撫でてやるさ。
「えへへぇ♪」
本当にもう、うちの妹達はどうしてこんなに可愛いかな!
「ほらまたそうやってエメルが甘やかすから、エフメラちゃんがいつまで経っても兄離れ出来ないのよ」
ハンナちゃんに叱られてしまった。
「でも今のままじゃ埒が明かないし、兄離れのためにも、一度エフメラちゃんは村の外を見るのも勉強になるかしらね」
「そうね。村から出たことがない私達が言えたことではないけれど、エメルのためにも、エフメラのためにも、それがいいかも知れないわね」
お父さんに続いて、ハンナちゃんも、お母さんも賛成か。
「いいんじゃないか?」
兄ちゃんも、特に反対はなしか。
「それじゃ、予定通り、エフメラをちょっと連れて行くよ」
ちょっと心配だけど……エフメラには色んなイケメン達を見せてやって、急いで領地の開発を終わらせて、トトス村に連れて戻ってこよう。
「じゃあ、エフはこれからずっとエメ兄ちゃんと一緒ね♪」
「いや、仕事が終わったら、ちゃんと家に送ってくるからな」
「ずっと一緒!」
「ちょ、そんな力一杯抱き付いたら苦しい……!」
自分で言い出したことだけど、ちょっと……いや、かなり不安だなぁ。




