259 旧領都ウクザムス
旧領都の名前はウクザムス。
この近隣を領地にしてたウクザム子爵の一族が治めてた町だ。
資料によると、当時の人口はおよそ五千人から六千人。
王都マイゼラーが戦前で十五万人、現在およそ十万人強って考えると、あまり大きくはない一地方都市だな。
それでも農村からしてみれば圧倒的に人が多くて、かなり都会なんだけどね。
ただ、馬車の中のテンションが下がっていってるのが分かった。
見えてきた防壁は遠目でも薄汚れてるし、なんて言うか廃墟臭い。
今日からこの町に住むのかって思ったら、正直、すごく微妙だ。
特にナサイグは元伯爵家の次男で、エレーナは元子爵令嬢だから、どうしても色々と比べちゃうんだろう。
プラーラのおっとり笑顔は変わらないけど、内心同じように感じてるかも知れない。
かく言う俺だって、事前に調査して外観くらいは知ってたから二人ほどじゃないけど、改めて見たらやっぱり微妙だもんな。
……いや、俺まで一緒になってテンション下げてる場合じゃない!
ここを拠点に領地を発展させて、俺が王様になるのに相応しい『力』があるって認めさせないと駄目なんだ!
だから、ことさら明るく力強く声を出す。
「みんなそう気にすることないぞ。ガンドラルド王国にしてもここは辺境で、王都みたいな華やかな町を作ってるわけがない。そもそも、トロルが町の外観の美しさを気にするとも思えないしさ。だから俺達で、綺麗な町に造り替えてやればいいんだ」
「そうですね……トロルに美観を求めるのが間違っているんでしょう」
「うん、伯爵様の言う通り。あの薄汚れ具合は救国の英雄の伯爵様が住んでいい場所じゃない。だから、私達の手で、伯爵様に相応しい町にすればいい」
よし、ナサイグは気を取り直してくれたし、エレーナもやる気を出してくれたな。
「ふふふ」
「ん? どうしたプラーラ?」
「いいえ」
なんか妙に生温かい目で見られてるような?
「それではわたくし達で、防壁のお掃除でもしましょうか?」
うふふと冗談っぽく笑うプラーラに、ナサイグが困ったように苦笑して、エレーナもほんのわずかに眉が下がって思案気味だ。
地方都市とは言え、防壁は高い。外周だって相当な距離だ。
掃除するなら頑丈な足場を組んで、かなりの人数と日数を掛ける必要がある。
当然、人を雇うなら相応に賃金の支払いだって必要だ。
そう考えると優先順位はかなり低くて、どんどん後回しにされてくだろう。
そりゃあ美観も大事だけどさ、そこんところを気にするのは、統治がある程度落ち着いて安定的に税収が上がるようになって蓄財し、余力が出てからの話だ。
普通なら、な。
「それいいな。さすがに今日、明日ってわけにはいかないけど、できるだけ早めに取りかかろうか」
「「えっ!?」」
ナサイグとエレーナが驚きの声を上げて、プラーラは黙ったままだったけど、真意を探るみたいに俺を見つめてくる。
「冗談で言ったんじゃないぞ? プラーラの契約精霊は水だろう?」
「はい、伯爵様」
プラーラの右肩の上に、蕗の葉のような姿をした水の精霊が現れる。
まるでプラーラの肩から生えてるみたいだけど、ある意味、前世のコロボックルが蕗の葉っぱを持って傘にしてるみたいな感じだ。
その大きさは、馬車の中に出すにはちょっと邪魔な直径一メートルくらいの大きさで、そのサイズの割に内包してる精霊力は、一般的な人間の精鋭の精霊魔術師が契約してる精霊の、五十倍とか六十倍とかあると思う。
エン、デーモ、キリみたいに、内包する精霊力は体長数メートルになるサーペやレドと同じでも、外観は人間サイズで小さい、ってのと同じだな。
プラーラ自身も、多分普通の人間の三十倍とか四十倍近く精霊力を持ってて、これまで俺が見た事がある種族の中で最も精霊力が強い。
道中見せて貰ったんだけど、精霊力のコントロールもかなりのもんだった。
主な使い道は、どんな土地でも水だけには困らないし、汚れた身体を洗い流せるし、言うことない、ってその程度らしいけど。
ドライアドは中級人族の中でも上位に位置するほど強く、身体は樹木であって肉じゃないし、そもそも動物と食料の奪い合いにならないから、縄張りに入ろうと獣や魔物に襲われること自体がほぼ皆無だそうで、攻撃魔法なんて滅多に使わないそうだ。
「高圧の水流で洗浄すれば、多分あの防壁の汚れも結構落とせると思う。俺と手分けすれば、一日……は無理でも、数日もあれば、綺麗に出来るんじゃないかな」
「あらあら、まあまあ、高圧の水流で洗浄? またまたわたくしの知らない魔法の使い方ですね? 是非是非、教えて下さいな」
ずずいと身を乗り出してくるプラーラ。
野宿したときに、アクアカッターを見せたら、目を輝かせて食いつかれたんだよな。
プラーラの感情の現れなのか、頭に巻いて冠みたいになってる蔓の先端がひょこひょこ揺れて、ちょっと面白可愛い。
「ああ、もちろん構わないよ」
「ふふふ、ありがとうございます。伯爵様は本当に不思議な方ですね。樹齢千年を超えるわたくしですら知らない知識、魔法を、たった十五歳の人間がどこで学んだのやら」
「まあ、それは企業秘密ってことで」
教えるって言っても、車のタイヤの汚れもこんなに落とせます、ってCMでやってた家庭用の高圧洗浄機の真似だから、難しい事なんてなんにもないけどね。
「でも、それは伯爵様にさせる仕事じゃない」
「いいんだよ。後続の連中も多分テンション落ちてて愚痴ってるだろうし、俺達がスッキリさっぱり綺麗にすることで、みんなの仕事のモチベーションが上がってくれるなら安いもんだ。そう考えれば、領主たる俺が率先してやるべき仕事とも言えるだろう?」
しかも全く手間じゃない。
何しろ、俺が付きっきりで掃除をする必要がないからな。
特殊な契約精霊達に命令すれば、AI搭載の洗浄ロボットみたいに、ほったらかしてても勝手に綺麗にしてくれる。それこそ偽水晶で精霊力さえ供給出来れば、丸一日全く休みなしでも平気だ。
根本的に普通の契約精霊と在り方が違うから、『疲れた』『きつい』『飽きた』とか、『楽しい』『もっとしたい』『ありがとう』とか、欲求も感情も抱くことがないし。
だから最後にサーペとプラーラが確認して仕上げてくれれば、それで十分だ。
「領民だって、せっかく奴隷から解放されるんだ。綺麗な町に住めれば、奴隷にされて踏みにじられてた尊厳も少しは回復してくれるんじゃないかな? そうなれば、多分治安も良くなると思うし」
「伯爵様……領主の鑑だと思う」
「いやいやエレーナ、そのくらいで領主の鑑とか、大げさすぎだから」
そんな熱っぽい目で見られたら、ちょっとドキッとしちゃうだろう!?
そんな話をしてる間にも、ウクザムスは近づいてきてて、その背後に、つまり防壁の西側に、あまり大きくはないけど湖が見えてきた。
資料によると、その水源を生かした都市で、特産品はせいぜい湖の魚介類くらい。
他には、南西にしばらく行くと森があって、その森が、さらに西側で例の未発見の偽水晶の鉱脈がある森と繋がってるんだけど、森の木を幾らか伐採して木材や薪や炭として交易品にしてた程度で、それを十分に活用した形跡はない。
まあ、お世辞にも、領地経営が上手い一族ってわけじゃなかったみたいだ。
なのになんで俺がここを拠点に選んだかと言えば、南北に延びる街道から遠すぎず近すぎず、あの平原を穀倉地帯として開発するのに通いやすそうだったから。
ついでに、北から南に抜けるように、山脈にトンネルを掘ろうと思ったから。
そしていずれ、南北を走る街道沿いに広くて綺麗な新しい領都を建設してやろうって思ったからだ。
と言うわけで、またしても当面の間の仮住まいだな。
さらに町へ近づくと、門が開いたままなのが見えた。
門の両脇には門番の兵士が二人立ってる。
どっちも先行して派遣されてた、領軍に入ってくれる予定のベテラン兵だな。
俺達の馬車が近づくと敬礼をするんで、窓から顔を出す。
「ようこそお越しくださいました、メイワード伯爵閣下」
「ああ、ありがとう。俺達はこのまま町に入ってもいいのかな?」
「はい、もちろんです。道を真っ直ぐ進みますと、領主の屋敷が見えてきますので、そちらへどうぞ。担当の官吏が待っております」
「そうか、分かった」
もう一度敬礼をした兵達に見送られて、馬車は門をくぐる。
さあ、いよいよ俺の町へ入るわけだ。
領主って責任ある立場のプレッシャーがズンとのしかかってくるけど、内政チート出来る期待もあるし、ちょっとワクワクする。
門から続く大通りを進みながら町並を眺めれば、どの建物も全部トロルサイズで、ガンドラルド王国の王都に行った時も思ったけど、まるで巨人の国ってアトラクションに入り込んだみたいだ。
俺は上空から町の全景を見たことあるけど、こうして町中を移動するのは初めてだし、俺以外は全員トロルサイズの建物を見るのは初めてだから、みんなその巨大さに圧倒されてる。
「サイズ感と言いますか、距離感と言いますか、狂ってしまって把握し辛いですね」
ナサイグが言ったのは、みんなを代表する感想だろうな。
「でも、納得の大きさ」
エレーナは間近でトロルを見たから、想像がしやすいみたいだ。
防壁付近は一階建ての平屋が多く、町の中心に向かっていくと二階屋が増えてきて、みんなの首と視線が上を向いていく。
「プラーラはどうだ?」
「人族の町なら、多くの種族の町を訪れたことがありますが、わたくしもトロルが住んでいた町に入るのは初めてです。伯爵様にお仕えしてまだ間もないのに、この短期間で、わたくしの樹齢千年で体験したことがないことばかりを体験して、とても愉快な気分です」
ほっこり微笑まれると、ちょっと照れるな。
「でもこの町、違和感を覚える」
「エレーナ? 建物のサイズの話……じゃないよな?」
「誰の姿も見ないからでは?」
「ああ、なるほど言われてみれば。ナサイグの言う通り誰もいないな」
トロルがいないのは当然として、元奴隷の住人の姿もない。
別に歓呼で迎えて欲しいって思ってたわけじゃないけど、誰の姿もないってどういうことなんだろう?
町の中心付近に差し掛かると三階建ての建物もチラホラ増えて、やがて町の中心に大きな広場が、そしてその中央に三階建ての一際立派な建物が見えた。
どうやらあそこが、領主の屋敷らしい。
屋敷の門は開かれてて、玄関前に文官と兵士が十数人立っていた。
やがて馬車は門を通り過ぎて敷地内へ入り、玄関の前で止まる。
まず護衛のエレーナが、それからプラーラ、ナサイグと続いて、みんなに言われたとおり満を持して俺が馬車を降りた。
「着任お待ちしておりました、メイワード伯爵様」
「出迎えご苦労」
道中、プラーラ、ナサイグ、エレーナの演技指導で、いかにも領主らしく偉そうに挨拶してみたんだけど、これで良かったのかな?
「ははっ」
丁寧に頭を下げてくれたから、一応これで良かったみたいだな。
顔を上げると、代表らしい文官が深刻な表情になって、一歩前へと出た。
「伯爵様、早速でございますが、大至急解決しなくてはならない問題が山積みです」




