254 怒濤のように過ぎる準備の日々 1
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俺の領地が、想定の倍の広さ、普通の伯爵位の領地の三倍もの広さが貰えるって決まってから、とにかくその事態に対応しようと毎日が怒濤のように過ぎていった。
まず、雇用した役人六人と補欠合格の役人候補二十五人の教育だ。
その全員を一旦王都へ引っ越させ、アパートを丸々借りてそこに放り込み、ただ一人役人の経験がある、それも上級官吏だったウルファー・カーインに講師役をさせて、勉強会を開かせた。
「……教えるのは構いませんが、本当に女性もいるのですね」
「そりゃあ試験を受ける条件は女性可にしたし、合格点を取って面接を通れば採用するに決まってるだろう」
相変わらず超イケメンらしい色気のある顔で微笑むけど、驚きを隠しきれてないな。
ウルファーが忠義を誓ったアーグラムン公爵家のゲーオルカは開明的って言われてるけど、所詮は反乱のための兵力を増やすために女の人も採用したに過ぎない。
俺は自分が開明的だとは思ってないけど、元日本人の感覚をこの世界に持ち込んだら、誰でも時代の遥か先を行く開明的な人物になるだろうな。
「開明的なのが好きなお前には打って付けの仕事なんじゃないか? 手を抜いた教育したら苦労するのは上司のお前なんだから、よろしく頼むぞ」
「いつの間に上司に……いえ、分かりました」
ウルファーが内心でどう思ったか分からないけど、まずは俺に信用されるために、真面目にやってくれるみたいだった。
ウルファー以外、みんな俺にチャンスを与えられたことに感謝してくれてるみたいで、俺や王家を貶める思想を吹き込むような真似は、今の段階ではリスクが高くて多分しないだろう。
俺も、完全に信用したわけじゃないから監視してるぞ、って態度を見せてるし。
むしろその方がウルファーも納得するみたいだったしな。
その後、とことん厳しいけど教え方は上手い、って報告は上がってるんで、補欠合格の連中も残らず一人前に使えるまで鍛え上げてくれるはずだ。
加えて雇用したのが、メリザが手配してくれた侍女や使用人達だ。
いつも通り、一通り全員面接して、面倒な背景や目的を持って潜り込もうとしてる連中は残らず落とした。
とはいえ、徹底するとほぼ残らないんで、当たり障りない程度の密偵令嬢については黙認したけどね。
ただ、その面接で一人、滅茶苦茶驚かされた人がいた。
メリザが是非にって推薦してきた人だ。
「エメル様、こちらはご領地でわたしの代わりに侍女とメイド達使用人を統括する筆頭侍女代理候補の、プラーラです」
「お初にお目にかかります、メイワード伯爵様。わたくし、プラーラ・レリールラ・パルラーラと申します」
知り合いを連れてくるって言うから、どんなおばあちゃんが来るのかと思ってたら、おしとやかでしっとり落ち着いた雰囲気の、二十代半ばくらいに見える綺麗なお姉さんだった。
ただし、見た目以上に年上で、樹齢千年を超えてるらしい。
そう、年齢じゃなくて、樹齢。
人間じゃなくて種族はドライアドだそうだ。
「ドライアドって初めて見たな……そういう種族がいるって話は、小耳に挟んだ事はあるけど」
「うふふ、物珍しいでしょうね。土地が肥えた自然豊かな地にしか住みませんので。失礼ながら、マイゼル王国はどこも土地が痩せていますから、まず滅多なことでドライアドが訪れることはないでしょう」
「えっと……つまり土から栄養を?」
「その通りです。後は光合成です。人間同様の食事は必要ありません」
ドライアドは人族陣営の、端的に言えば歩く樹木の種族だそうで、見た目は人間っぽいけど、髪の毛は綺麗な緑色で月桂樹の葉っぱの冠みたいな物を被ってる。
被ってるって言うか、自前の物らしい。
蔓って言うか、触覚って言うか、そんな感じの部位を頭に巻き付けてるそうだ。
普通に服を着て、ボディラインは女性っぽいんで、女性……? 雌株……? まあ、とにかく女性扱いしていいらしい。
肌の感じは人間とは違う、かといって樹皮って感じでもない、ちょっと光沢のある美少女フィギュアの肌っぽい。
失礼して手に触らせて貰ったら、つるつるに磨いて手触りがいい木製のボールみたいな感触だった。
「こう言ったら失礼だけど、どういう知り合いで、どうしてまたメリザは彼女を選んだんだ?」
「プラーラはわたしがまだ生まれる前、祖父の時代から父の時代まで、我が家でメイドをしており、わたしが生まれた後は、わたしの侍女をしてくれていたのです。父が亡くなった後、職を辞して旅に出てしまったのですが、先日たまたま訪れてくれたので、丁度良いと声をかけてみたのです」
「じゃあメイドや侍女としての経歴は長いわけだな」
「はい。ドライアドのプラーラに声をかけた理由は、エメル様のご領地では、元奴隷を多数引き受ける以上、領民は人間より他種族が多くなる可能性があります。エメル様の身の回りのお世話をする者を人間だけで固めておくよりも、他種族の者もいた方が恐らく都合がよろしいのではないかと思いまして」
「なるほど、言われてみれば確かに。じゃあ、採用で」
「あらあら、伯爵様、迷いなく採用と仰いましたが、十分なお話をするどころか実務も見せていませんが、よろしいのですか?」
「メリザが連れて来てくれたんだ、能力や人格、政治的背景に問題はないと思う。それに推薦理由ももっともだったし、断る理由はないな」
「あらあら、メリザちゃんたら、信頼されているのね」
「『ちゃん』は勘弁して下さい。わたしはもう六十を過ぎているのです」
「あらあら、うふふ、だってメリザちゃんは幾つになってもメリザちゃんだもの」
まるで年下の子供みたいに扱われて、恥ずかしそうに困った顔をするメリザなんて初めて見たな。
メリザが咳払いしたんで、つい微笑ましそうに見てしまってた顔を引き締める。
「えっと、メリザより遥かに年上ってなると余計に呼びにくいけど、プラーラって呼んでいいのかな?」
「はい、雇用して戴けたなら、わたくしは使用人ですから、どうぞ呼び捨てて下さい伯爵様」
メリザの時以上に呼びにくいけど、ケジメとして呼び捨てにしないとな。
「確認を忘れてたんだけど、プラーラは俺の使用人になって構わないのか? 聞いた感じだと、マイゼル王国の土地は痩せてて住みにくいんだろう?」
「雇用契約を結ぶ際に、お給金の一環として、伯爵様が土壌改良した土地をほんの少し戴ければと」
「もしかして引き受けてくれた理由はそれが目当て?」
「はい。王城の一角にある耕された土地をコッソリ味見させて戴きましたが、大変に美味でした。わたくしこう見えてもグルメで、土地の味にはちょっとうるさいんですよ」
うっとり目を細めて、うふふと自慢げに笑うプラーラ。
「ま、まあ……それでいいんだったら、プラーラ好みの味になるように改良した土地を用意するよ」
「あらあら、まあまあ、それはそれはありがとうございます伯爵様。誠心誠意お仕えさせて戴きます」
しっとりおしとやかに、にっこり微笑んで、すごく綺麗な人で一見すると人間と大差ないように見えるけど、ちょっとカルチャーショックって気分だ。
……とまあそんなこともありながら、最終的に、筆頭侍女代理一人、侍女三人、メイド七人、護衛三人、執事一人、合計十五人を雇用することになった。
採用した使用人達には館に集まって貰って、みんなと顔合わせの後、王都に残る使用人と領地へ行く使用人とを振り分けて、それぞれ準備を進めて貰う。
本人の希望や実家、紐を握ってる背後の貴族の意向による結果は次の通りだ。
王都に残るのが、元々雇ってた使用人達は、筆頭侍女のメリザ、侍女のパティーナ、メイド五人全員、リリアナ。
新人が、執事一人、侍女二人、護衛二人だ。
そして領地に行くのが、元々雇ってた使用人達は、執事のナサイグ、秘書(仮)のモザミア、侍女のアイジェーンとサランダ、護衛二人。
新人が、筆頭侍女代理のプラーラ、侍女一人、メイド七人、護衛一人。
そしてエレーナが護衛として俺と一緒に往復することになった。
それを告げたときのエレーナの嬉しそうな顔といったらもう……ゴホン。
ともかく、それがメイワード伯爵家の新体制になった。
雇用で言うと、さらにもう一グループ雇用したのが、文官、武官になる連中だ。
試験で採用したのが、ウルファー以外を下級官吏、つまり下っ端役人とすると、その文官、武官はウルファーを含めて部長や幹部、はたまた代官になるような上級官吏だな。
それも、俺が積極的に集めたわけじゃなくて、貴族達の人材紹介だったり、そいつらから勝手に申し込んできたりしたんで、背景に多少面倒がある連中も多いんだけどね。
そんな連中が八人だ。
これまでずっと断ってたし、雇うつもりなんて全然なかったんだけど、圧倒的に人材も人手も不足する事態になっちゃったから仕方ない。
そうして採用したうちの一人が、ジターブル侯爵家からとても強い推薦があった、ジターブル侯爵家三男のユレース・ホルドだ。
俺が主催したパーティーに参加してて、そこで俺に仕官することを決めたらしい。
正直、ジターブル侯爵の見え見えのおべっかと、子息達が面白くなさそうにしてたな、ってくらいの印象しか残ってなくて、『ユレースなんていたっけ?』って感じなんだけど……それは言わぬが花だよな。
「じゃあユレース、うちの領地で採用した文官、武官のまとめ役を頼む」
「えっ!? 僕がいいんですか!?」
「ユレースの実家のジターブル侯爵家が爵位が一番高いから、それより爵位が下の貴族家出身の連中が従いやすいと思うからさ」
「ありがとうございます! いやぁ~早速まとめ役なんて、責任重大ですね」
ニコニコって言うか、ニヤニヤって言うか、なんかやけに嬉しそうだな。
でもやる気はあるみたいだし、任せても……大丈夫だよな?
「ただ、まだ調査はしばらく先で領地の状況が分からないから、今すぐ具体的な配属先は決められないんだ。だから今の内に全員の性格や能力を把握して、誰がどんな役職に向いてそうか、本人達の希望リストと、ユレースの考えた推薦リストを別々にまとめて提出してくれ」
組織図に関しては、マイゼル王国のスタンダードなのを採用で。
でないと、所謂中央や他の領地とのやり取りで混乱しそうだからな。
その上で、必要に応じて新しい部署を作ったり、統廃合したりすればいい。
あと書類の書式は、こっちである程度使いやすいって思うのを採用させて貰うけど。
「すごい! 大役ですね!」
「あ、ああ、そうだな。まあ、飽くまで希望や推薦であって、その希望に添えるかどうかは分からないけど」
「いえ、それでも十分でしょう。職にありつけただけでも御の字って連中だって、少なくないですからね」
ああ、下級貴族の三男とか四男とか五男とか、婚約者が見つからない三女とか四女とか五女とか、ね……。
「犯罪歴がなくて、余計なおイタさえしないで真面目に働いてくれるなら、平民、貴族、爵位、男女、年齢、種族問わずで歓迎するよ」
「余計なおイタ、ですか……」
「ああ、余計なおイタだ」
釘を刺すように、ニッと笑ってやると、ユレースがゴクリと生唾を飲み込む。
「そういうわけで、俺の領地では実家の爵位や権威は考慮しないし、通用しないし、させない。実家の七光りしか誇れる物がない無能に用はないからな。俺が評価するのは人格と実力だってことは、徹底させといてくれ」
一旦そこで言葉を切ってから、ああそうそう、って感じに付け加える。
「文句があるなら『力』尽くで下克上してもいいけど、その場合は、当然俺も『力』尽くで言うことを聞かせるから、そのつもりで掛かってこい、ってね」
「は、はは……分かりました」
貴族家の推薦が多かったから、やっぱりどうしても特権意識に凝り固まってるとか、そうでなくても権力を振りかざすのが当たり前の奴は出るだろうからな。
まあ、本当に面倒そうなのはやっぱり面接で落としてるから、多分大丈夫だろう。




