251 領地決定会議 2
「そなた達の言い分も分かるが、メイワード伯がそこを希望している。褒賞に好きな領地を選んで良いと言っているのだ、本人が納得しているのであれば、その地を与えるべきだろう」
軍務大臣と内務大臣、そして財務大臣はともかく、クラウレッツ公爵とグルンバルドン公爵の言い様は、完全に俺の意向を無視して、自分達に都合がいいように勝手な主張をしてるだけだからな。
「そうですが……しかしこれではあまりにも……」
財務大臣はいい人だな。
どうしても、俺が生産性のない山脈を多く含む領地を持つことを、心配してくれてるみたいだ。
ふと、軍務大臣と内務大臣が視線を交わして、頷き合った。
「ウグジス侯爵の懸念も分かる。せっかく広い領地を与えても、騎士エメルが税収を上げられんでは意味がない」
「そうですな。メイワード伯爵が希望するならばその地を与えねば。代わりにこうしろと我らが押しつけても、ならその代償に褒賞金で補填しろと言われても厄介ですからな」
「褒賞金での補填はさすがに……」
財務大臣が汗を掻いて、拭いながら申し訳なさそうに俯いてしまう。
って言うか……軍務大臣と内務大臣の今の台詞、微妙に噛み合ってない気がするのに、『そうですな』なのか?
さっき、何をアイコンタクトしたんだ?
「いかがでしょう殿下。この際、中央の山脈を含んだとしても、そこはろくに生産性が上がらない土地ですから物の数には数えず、その分をこのように領地を与えて国境の守りを万全にしてみては?」
言いながら、軍務大臣が羽ペンを手に、ぐるっと大胆に山脈南の土地を線で囲む。
「はあ!? いや、ちょ……ええっ!?」
俺が希望した領地の形は西向きの『(』の弓形だったのに、風を孕んで膨らんだヨットのセイルみたいな三角形になってるんだけど!?
「そうですな。この草原も、現在では山脈と変わらずなんら生産性のない土地なわけですから、ついでにこの辺りも与えたところで構わんでしょう」
「いやいや……いやいやいやいや!」
内務大臣まで羽ペンを軍務大臣から受け取って、山脈北の草原をぐるっと線で囲むってどんだけだよ!?
ヨットのセイルみたいな三角形に逆三角形を重ね合わせて、山脈を境に、台形の短辺同士を二つ上下にくっつけたみたいな形になってるんだけど!?
これ、俺が希望した分の倍以上……普通の伯爵家の領地の三倍以上の広さになってないか!?
五割増しの領地が広すぎるって削られるどころか、もっと持ってけって逆に増えるってどういうこと!?
「普通の伯爵家より広く領地を与えるとの約束があるのです。ならばこのくらいでも構わんでしょう」
「うむ。領地経営が成功し辺境伯へ陞爵すれば、これより広い領地が下賜されることになるのだ。であれば、先に少々広めに与えたとしても、問題はないでしょう」
「いや、でも……ええぇ……」
この人達、とんでもないこと言い出してるよ。
予想と真逆の展開に、どうしたもんかとアイゼ様とフィーナ姫を振り向いたら……うん、二人とも唖然としてる。
やっぱり二人とも予想と真逆の展開に、咄嗟に言葉が出てこないみたいだ。
「メイワード伯爵の功績は私も認めるところだが、さすがにこれは領地を与えすぎではないか?」
「わたくしも、さすがにこれはいかがなものかと思うが」
そこで異を唱えたのは、グルンバルドン公爵とクラウレッツ公爵だ。
うん、二人がそう言いたい気持ちはよく分かるよ。
俺も、こんなにくれるって言うなら喜んで貰っちゃいますよ、って言うには、さすがにちょっと、ね。
派閥の領袖がそうやって文句を付けたからだろう、さっきから俺を睨んでた新興貴族達が、ここぞとばかりに不平を口にし出した。
「メイワード伯爵が救国の英雄と呼ばれているのは知っていますが、それにしても優遇が過ぎるのではありませんか?」
「その通りです。山脈だろうがなんだろうが、最初に欲しいと言った分だけで十分でしょう」
「確かに功績は及ばないものの、我らも戦果は上げたのです。ならば、メイワード伯爵のみならず、我らにも通例よりも広い領地が与えられて然るべきでは?」
まあ、そう言いたくなる気持ちは分かるよ。
さすがに俺も、ふざけんなって言い返す気にはなれないな。
ただまあ、俺が欲しいって言い出したわけじゃないんだから、睨み付けながら言うなら俺にじゃなくて、軍務大臣と内務大臣にして欲しいんだけど……。
こういう場合、なんて言えばいいんだ?
辞退すれば丸く収まるのか?
ともかく、俺が悪いみたいに責められるのは納得いかないんで、そこんところはちゃんと言わないと。
「あ――」
「そうか、お前達は不服か」
俺が口を開いた瞬間、一瞬早く軍務大臣が俺を睨んでる新興貴族達へ顔を向けた。
邪魔されちゃって言いそびれちゃったけど……まあ、軍務大臣がなんか言ってくれるなら任せるか。
「当然です」
「生まれながらの貴族である我らの方が、よりよく領地を治められるのです」
「いかに英雄といえど、元農民では領地経営は手に余るでしょう」
うんうんと頷きながら聞いていた軍務大臣が、一通りそいつらの文句が終わったところで切り出した。
「ではお前達の領地は、騎士エメルに与えようと思ったこの国境線沿いにするとしよう」
「は?」
「えっ!?」
「な、なぜ!?」
「騎士エメルの代わりに、この長大な国境線を死守してくれると言うのであれば、私の提案は引き下げると言っているのだ」
軍務大臣が、自分が囲って増やした部分をコツコツと指先で叩く。
「私がこの土地を騎士エメルの領地にしてはどうかと提案したのは、トロルどもが万が一また攻め込んできた時のためだ。お前達が数千、数万のトロルの軍勢を撃退してくれるのであれば、何も文句はない。お前達に通例より広い領地が与えられるよう、私からも殿下方へ進言しよう」
「っ……!」
「数千、数万のトロルの軍勢……」
「さ、さすがにそれは……」
目が泳ぐ新興貴族達。
俺が主催したパーティーの余興で、トロルのアイアンゴーレムを見たわけだからな。
あんなのが数千、数万と押し寄せてきて死守しろって言われても、普通無理だよな。
「そうですな」
さらに内務大臣まで口を挟んで、これは追い討ちか?
「そんなに広い領地が欲しいのであれば、私も軍務大臣同様、メイワード伯爵の領地を増やすのではなく、殿下に口添えしてもいいだろう」
軍務大臣同様に、自分が囲って増やした部分をコツコツと指先で叩く。
「ただし、メイワード伯爵が受け入れ予定の元奴隷一万を夏に、その後次々と引き渡されるであろう、五万か、十万か、はてさて二十万を超えるか分からん元奴隷達を、引き受け養って貰おう。当然、メイワード伯爵が農政改革で栽培する高品質の作物に匹敵する品質の作物を栽培し、草原を穀倉地帯に変えて次の秋にでも十分な生産量を上げてくれるのであれば、だが」
遂に黙り込んでしまう新興貴族達。
特に俺を睨んだりしてなかった方の新興貴族達は、余計な口を挟まなくて良かったって感じの顔してるけど。
空気を読んで、俺も今は余計な口を挟まないけど、希望以上の土地を与えてやるからその分働けってことだろう?
これって褒美って言うより、面倒な仕事を押しつけられてるだけじゃないか?
それもあるから、黙り込んだのもあるんだろうけどさ。
ただ、そんな理屈で、クラウレッツ公爵やグルンバルドン公爵程の大貴族が納得するとは思えない。
別の切り口から、俺の領地を削ろうとしてくるはず。
「「……」」
あれ?
クラウレッツ公爵は仕事が終わったとばかりに澄まし顔で、グルンバルドン公爵も腕組みして目を閉じてもう言うことはないって言わんばかりの態度で……。
あっ、もしかして!
単に派閥の新興貴族達のガス抜きをさせるために、そいつらが言い出しやすいように口火を切っただけなのか!?
それで、本気で俺が与えられる領地を削ろうとは思ってなかった!?
まさか、軍務大臣や内務大臣とグルだった……ってことは、さすがにないよな?
『我が君の予想通り、配下の不満を発散させるため、流れに乗っただけのようです』
頭の中でキリの声が聞こえる。
やっぱりそういうことなのか。
『ですが、我が君があまり大きな領地を持って「力」を付け過ぎることを警戒し、歓迎していないこともまた事実のようです』
だよな。
『それでも黙認するのは、やはり国境の守りに不安があることと、食料の生産量増加が急務だからのようです』
そういう利害があって、黙認することに決めたのか。
「他に何か言いたいことがある者はいるか?」
アイゼ様がぐるっと見回して確認するけど、誰も口を挟まない。
「ではメイワード伯の希望に従い、またイグルレッツ侯とバーラン侯の意見を採用し、この地をメイワード伯に下賜し、メイワード地方とする」
「は、はい……ありがたき幸せ?」
なんか、後半は俺置いてけぼりで決まっちゃったけど、いいのか本当に……?
ちなみに、その後は特に波乱もなく、多少の修正はあったものの、概ね草案通りに領地が下賜されることになった。
そしてダークムン男爵とディエール子爵も希望通り、俺の領地の側に無事(?)転封が決まった。




