25 お姫様と貧乏農家の次男坊
一区切り付いて、俺の腕の中で安堵の溜息を漏らしたお姫様が、わずかに涙ぐんだ目で俺を見上げてきた。
「ありがとうございましたエメル様……お父様とお母様……国王陛下と王妃殿下の仇を討って戴き、王族を代表しお礼申し上げます」
「いえ、俺がもっと早くに駆け付けていれば……」
お姫様は静かに、でもハッキリと首を横に振った。
「いいえ、エメル様が責を感じる必要などありません。その責を負うべきトロルロードをエメル様が討って下さったのですから」
本当に心からそう思ってくれてるんだろう。
思わず顔が熱くなってしまうくらいの柔らかで眩しい笑顔に、一瞬、ぼうっとなっちゃってたらしい。
続くお姫様の声に、はっと我に返る。
「エメル様、名乗りが遅れてしまい申し訳ありません。改めまして、マイゼル王国第一王女フィーナシャイア・ジブリミダリア・マイゼガントと申します。この度は、トロルの手に落ち死地も同然のこの地へ、己が身の危険を顧みず、助けに来て戴きありがとうございました」
すごく丁寧で改まったお礼の言葉に、思わず狼狽えてしまう。
だって、格好良くそれに合わせた言い回しをしたいけど、そういうのってよく分からないし、絶対に変になる。
まあ、仕方ないよな……普通でいこう、うん普通で。
「どういたしまして。間一髪間に合って、本当に良かったです」
「はい、エメル様はわたしの命の恩人です」
ああ、なんて眩しい笑顔なんだ!
揺らいだら駄目だ、揺らいだら駄目だ、揺らいだら駄目だ!
俺にはすでに姫様という心に決めた人が!
なんて懸命に理性をフル動員してたら、今度は何か問いたげにじいっと見つめられてしまう。
「エメル様は、大変お強くいらしてとても驚きました。しかもあれほどの数と力を持つ契約精霊を従えているなど、エメル様は一体何者なのですか?」
「俺ですか? ちょっと精霊魔法が得意な、ただの貧乏農家の次男坊ですよ」
冗談めかして言ってみたら、お姫様がクスッと笑う。
本気で冗談だと思われたみたいだ。
「ただの貧乏農家の次男坊に、これほどの精霊魔法は扱えようはずがありません。しかもこれほど大きく育った契約精霊は、精霊魔法に長けたエルフの王族ですら従えていないはずです」
「へえ、そうなんですか?」
この世界のエルフって、イメージ通りに精霊魔法が得意なんだな。
でも、そのエルフの王族ですら、契約精霊はここまで育ってないのか。
トロルロードが上級妖魔のヴァンパイアがどうとか言ってたし、もしかして俺……世界最強、とか?
なんてな、さすがにそこまで自惚れるにはまだ早いよな。
世界は広いんだし。
「貧乏農家の次男坊と仰いますが、受け答えもしっかりとしていますし、知性と教養も感じられます。立ち居振る舞いから貴族ではないにしても、どこか大きな商会の跡取りと言われた方が納得出来ます」
「まあ、そこは……色々と勉強したんで」
主に前世でだけどね。
「そうでしたか。これほどの精霊魔法の使い手でありながら、勤勉でもあるのですね」
「いやあ、あはは……」
なんか、すごく尊敬の眼差しで見られてる!
こんな可憐なお姫様にそんな目で見られたら、ドキドキして流されてしまいそうだ!
気をしっかり持たないと!
「それにしても……契約精霊が八体……複数の精霊と契約しているだけでも驚きですが、聞き慣れない名前の精霊が二属性もいるのですね」
お姫様がぐるりと契約精霊達を見回すと、ユニが『ブルル』と挨拶し、キリが誇らしげに胸を張り微笑む。
まさかリアクションがあるとは思ってなかったのか、ちょっと驚いた顔をしたお姫様は、ユニとキリに微笑みを返した。
「まあ、その辺りは色々ありまして。説明すると長くなるんで次の機会に。今はまだ、ここ敵地みたいなもんですからね」
「あ、そうでしたね」
気が抜けてたと言わんばかりに、お姫様が表情を引き締める。
それだけ驚いたのと、助かって安心したってことなんだろうな。
「それで、その……わたしはいつまでこうしていればいいのでしょうか?」
いま思い出したように、お姫様抱っこが恥ずかしそうに頬を染めたお姫様、超絶可愛すぎ!
いやもう、その純情可憐な姿、お姫様の中のお姫様って感じで萌え死にしそう!
「もうしばらく我慢して下さい。ここが一番安全なんで」
せっかくだから、もうちょっと役得を味わっても罰は当たらないよね?
嘘じゃないし、浮気でもないし!
「そうですか……分かりました。お願いいたします」
お姫様がちょっぴり頬を染めて、愛らしいったらもう!
「じゃあ行きますね。トロルどもの殲滅と王城と王都の奪還もしちゃうんで、それが終わったら姫様……アイゼスオート殿下の所に行きますから、もうちょっとだけ我慢してて下さい」
契約精霊達は実体化させたまま部屋を出て、レドの背中に乗って空へと飛び立つ。
「きゃあっ!? わ、わたし、空を飛んで!?」
俺の前に横座りでレドの背に乗ってるお姫様が悲鳴を上げて、俺にしっかりしがみついてくる。
なんか萌える!
「精霊は普段から浮いてますし、精霊の上に乗ってれば自由に空を飛べますよ」
「し……知りませんでした……いえ、知りようがありません。人を乗せられる程に大きくなった契約精霊など聞いたこともありませんから」
「そうなんですか? この国の一番すごい精霊魔術師ってどんなもんなんです?」
「精鋭の魔術師隊の部隊長ですら、契約精霊の大きさはこのくらいです」
そう言って広げた手の幅は、バレーボールくらいの大きさだった。
それ、俺が八歳で初めて契約した時と同じ大きさなんだけど……。
つまり、俺の契約精霊って、その何十倍とか百倍とか、そのくらい大きいってことだよな?
俺……最強って自惚れてもいいかも?
「このような時でなければ、空を飛べるなんてもっと楽しめたのでしょうけれど……」
少しは慣れてきたのか、お姫様が恐る恐る地上を見下ろし、顔を曇らせた。
すでに日は暮れて、夜空には満天の星が煌めいてる。
でも、眼下には荒れた王都とトロルどもが。
これでトロルのことがなかったら、まさにお姫様と星空遊覧飛行デートでロマンチックだったのにな。
「俺でよければ、事が終わった後、また一緒に空を飛びましょうか? その時は、ゆっくり景色を楽しみながら」
お姫様がぱっと顔を輝かせる。
「はい、是非お願いします! 約束ですよ?」
お姫様、滅茶苦茶嬉しそうだな。
綺麗で超絶美少女で、あの姫様のお姉さんらしく、この国の姫としてすごく大人びた表情や喋り方をするけど、でもやっぱり本質は年相応の女の子なんだな。
ちょっとほっこりした。
その時は姫様も誘って、みんなで一緒に空中散歩と洒落込もう。
「それで、この後はどのようになさるおつもりなのですか?」
「お姫様を姫様のところにお連れするのは簡単なんで、その前に下のトロルどもを一匹残らず殲滅して王都を奪還します」
「殲滅と言っても、相手は五千を下りませんが……」
「そうですね。でも、まず四千程はサクッと殺れちゃいそうなんで、殺っちゃっときます」
「トロル兵の四千をサクッと……ですか」
呆れが交じったように苦笑するお姫様。
まあ、お姫様の話を聞く限り、俺のせいで、この短時間のうちにすっかり常識が迷子になっちゃってるっぽいからなぁ。
だから、冗談めかして、本気で頷いてみせる。
「ええ、四千をサクッとです」
四千。
東西南北の門の前に配置されてるトロルの兵力だ。
門の正面に四百。左右に三百ずつ。つまり一つの門につき千の兵力がいる。
俺が最初王城へ侵入しようとロクに乗って飛んできたときは、そんな風には配置されてなかった。
ほとんどが王都の中を歩哨として巡回や、王城の一部でたむろってただけで。
どうしてだろうって思ったら、ユニが教えてくれて、エンが双眼鏡の要領で遠方の光景を拡大してくれたんで気付いた。
西門の遥か西側に、二百ほど騎兵が隊伍を組んでいた。
もしかしたら、姫様が俺の援軍として送ってくれたのかも知れないな。
それに見張りが気付いて、今みたいな配置になったんだろう、多分。
そういえば、城内を探索してたときに、城内の一部で騒がしくなって、なんだろうって思ったんだよな。
俺がいる場所とは全く違う場所から聞こえてきて、俺が見つかったわけじゃなさそうだったから、まあいいかってそのまま無視して忘れてたよ。
次期公爵が罠って言ってたし、お姫様を奪還しに来た人間側の戦力を、王都に入ったところで包囲殲滅するつもりなのは、真上から見れば明らかだ。
もっとも、こうして俺が潜入した時点で全くの無意味だけど。
しかもでかいの一発ドカンでおしまいに出来るから、むしろ絶好のカモだな。
ってわけで、並んで飛ぶロクに声をかける。
「ロク、エアカッターの拡大版でいく。横幅は道幅で、飛距離は敵部隊をまるまる殲滅するまで。一気にスパッといってしまおう。ただし、建物にも城壁にも一切傷を付けないように気を付けて、殲滅し終わったらすぐ消すように」
『キェェ』
ロクが返事したところで、レドが俺の方を振り向く。
『ギャウ』
「え、レドがやりたいって? うーん……でも町中で火属性の殲滅魔法を使うと王都が大火事になるかも知れないし、今回は我慢してくれ」
『ギャゥ……』
残念そうに項垂れるレド。
レドってちょっと過激って言うか、血の気(?)が多いからなぁ。
次の機会に頑張って貰おう。
ロクに合図すると、トロルの部隊目がけて降下していく。
「じゃあお姫様、行きますよ。しっかり掴まってて下さい」
「は、はい……!」
お姫様の腰に手を回して落ちないように引き寄せると、お姫様も俺の胸にしがみついた。
ああ、滅茶苦茶役得!
ロクに続いてレドも降下していき、十分射程距離に入ったところで……。
「ロク、やれ! ワイドエアカッター!」
道幅いっぱいに広がった真空の刃が、ロクとレドの飛行に続いて、トロルの腰の高さで一気に駆け抜ける。
一瞬後、四百匹のトロルが、上半身と下半身で真っ二つに分かれて、血飛沫を上げながら倒れて地面を揺らした。
「今のは……一体……」
その光景を見ていたお姫様が茫然としてる。
まあ、無理もないか。
四百匹のトロルと言えば、千二百人の鍛えた兵士達を揃えて、やっと互角になる計算だからな。
それが一瞬で全滅だ。
「じゃあ、残りもサクッといっちゃいますね」
とまあその調子で、サクサクと四千のトロルの部隊を全滅させる。
圧倒的にコスパいいし、この調子でいけるなら、五千どころか一万や二万相手でも全然余裕でいけそうだな。
「これで残りは王城にいる千匹だけ。楽勝で王城と王都を奪還出来そうですね」
「え、ええ……何万という兵を集めて、何日もかけなければ攻略が不可能なこの状況を、本当にサクッと……エメル様の前では軍隊など数を揃えても無意味なのですね……」
驚きすぎたのか、むしろ戸惑っちゃってる感じだな。
そこはキャーキャー言って褒めて欲しかったけど……それは戻ってから姫様に期待だな。