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23 囚われのお姫様



 日が傾いて、城内がどんどん暗くなってくる。

 普段ならきっと、侍女とか兵士とかが明かりを灯して回って、城内を明るく照らすんだろうな。

 でも今は、トロルの支配下に置かれてるせいで誰もそんなことをしないんで、段々と何も見えなくなってきた。


 その代わり、中庭やら城門前やら一部ではトロル達がかがり火を焚いて、松明(たいまつ)を手に歩き回ってる。

 外ならともかく、松明を城内に持ち込んで歩き回るのはどうよ?

 火事になりそうで怖いんだけど。


 ともあれ、視界が悪くなってきたんで、エンに頼んで俺の目に届く光量を増幅して貰って、昼間より少し薄暗い程度に視界を確保する。


「よし、これで明かりなしでも自由に歩き回れるな」

 そんな感じで、日が暮れようがなんの問題もなし。


 王城の中央は謁見の間とか会議室とか、政務に関する部屋がほとんどだった。

 だから次は、それに隣接して建ってる館を回ることにする。


 あからさまに兵舎や厩舎なのはスルーして、外交使節や賓客を宿泊させるための館なのか、王族の館なのかよく分からないけど、いくつか立派な外見をした館を順に調べていって……。


『グルル』

 とある館に入った途端、レドが何かに気付いたように、俺に合図を送ってきた。


「熱源、人間が一人、それも女の子か……見付けたみたいだな、よくやったレド」

 レドの情報を元に、真っ直ぐ三階へ駆け上がり、とある立派な扉の前に辿り着く。


 その扉の脇にはトロルが二匹、見張りで立っていた。

 しかも他の見張りとは違って、肩当てを付けて、手にした大きな斧の装飾も立派だ。

 あれだ、トロルロードが連れて来た精鋭って奴なんだろう。


「こりゃ大当たり、間違いなしだな」

 ここまで来たらもうコソコソする必要はない。


「サーペ、アクアカッターだ」

 高速回転する水のチャクラムが、スパッとトロル二匹の首を()ねた。

 斧を落としたり倒れたりする音はロクに、同じくその振動はモスに、それぞれ打ち消して貰う。


「これでよし、と」

 準備万端。


 鍵は掛ってなくて、扉はすんなりと開い――た途端、女の子の啜り泣く声が聞こえてきた。


 広く大きな部屋だけど、明かりの一つもなく、窓から差し込む茜色の日差しすら暗く消えそうになっていた。

 天蓋付きのベッド、女の子らしい可愛い雰囲気の装飾が施されている数々の家具。

 見間違いようもなく、お姫様のための寝室に見えるけど、今はまるで豪華なだけの牢獄のようだ。


 そしてその天蓋付きのベッドの上に、ドレス姿の一人の女の子がうずくまっていた。

 服に乱れはないし、良かった間に合った、と思ったのも一瞬だけだった。


 両手で顔を覆い隠して、啜り泣くお姫様。

 その声も、姿も、聞いているだけで胸が締め付けられて、俺まで涙ぐみそうになるくらい悲しみと絶望に染まっていた。


 部屋の中に滑り込んで扉を閉めると、そのお姫様の側へと近づいて……頭にカッと血が上る。

 お姫様の右手首には枷が嵌められていて、鎖でベッドに繋がれていた。

 トロルロードがこのお姫様をどう扱うつもりなのか、もう一目瞭然だ。


「お願い…………お願いです……誰か助けて……」


 トロル五千匹に支配された敵地となったこの場所に、誰かが助けに来てくれるはずもない。だけど、無駄と分かっていても、助けを求めずにはいられない。

 そんな辛く悲しい助けを求める声に、目眩が起きるくらいトロルロードへの怒りが湧き上がる。


「姫様のお父さんとお母さんを殺したばかりか、お姉さんまでこんな目に遭わせやがって!」

 もう、絶対にトロルロードはぶち殺す!


 決意を新たに、すぐさま全力隠蔽を解除する。


「遅くなってご免なさい! もう大丈夫、助けに来ましたよ、お姫様!」


 まさか返事があるとは思ってなかったんだろう、お姫様がビクリと身を震わせる。

 驚き上げた顔は涙でグチャグチャに濡れて……!?


 ちょ……滅茶苦茶可愛い!

 姫様そっくりなんだけど!?

 って言うか、姫様が後数年したらこんな風に美人に成長するだろうなって、そんな感じの超絶美少女なんだけど!?


 姫様のお姉さん……フィーナシャイア姫だっけ、確か年は姫様より四つ年上で、いま十七歳なんだよな?

 そこらのアイドルとか、このお姫様の足下にも全然及ばないって!

 泣き腫らした真っ赤な目と、頬を伝う涙の跡が幾筋あっても、それでもなお、前世でだって一度たりとも見た事ないくらい超絶美少女だよ!


 絶望と悲しみのあまり幻でも見てるのかってそんな顔で、しばらく茫然と俺を見ていたお姫様は、ドレスの袖で慌てて涙を拭って目を擦ると、改めて俺を見て、幻じゃないって分かってくれたらしい。


「貴方は……?」

 それでもまだ茫然としてるから、安心出来るように、精一杯優しく微笑む。


「俺、エメルって言います。フィーナシャイア姫ですよね? 助けに来ました」

「助けに…………わたしを…………? 本当に……?」

「はい、本当ですよ。俺が来たからにはもう安心です。すぐにここから連れ出してあげますからね。失礼します」

 怖がらせないようにゆっくりベッドへ上がると、手を伸ばして右手首の枷に触れた。


 モスに頼んで金属を変形させる要領で鍵を壊して、枷を外してしまう。

 モスは土の精霊だけど、土だけじゃなくて金属も対象に含まれるようで、こういう変形や操作もお手の物だ。


 お姫様はベッドの上に落ちた枷と自由になった右手を、またしても茫然と見比べて、顔をくしゃりと歪ませると、俺に抱き付いて声を上げて泣きじゃくる。


 いきなりこんな超絶美少女に取りすがられて胸で泣かれるとか、俺、どうしたらいいの!?

 自分でも挙動不審だって思うくらい焦りまくったけど、いつまでも声を上げて泣き続けるお姫様に、失礼しますって小さく謝って、その小さな背中を抱き寄せて、頭を撫でてあげる。


 そりゃそうだよな、だってまだ十七歳の女の子なんだ。

 こんな目に遭わされたら、そりゃ恐怖と絶望でおかしくなりそうだったに違いない。


 そうして、果たしてどれほどの間泣き続けたか。

 次第にお姫様の泣き声はしゃくり上げるものに変わって、徐々に落ち着いていく。


 やがて啜り泣くほどの小さなものに変わると、ゆっくりと俺から身体を離して、恥ずかしそうに俯いてまたドレスの袖で涙を拭った。


 ハンカチ……そうだハンカチ!

 貧乏農家の次男坊にはハンカチすら高級品だったけど、姫様の護衛になったとき、騎士服と一緒に、紳士の身だしなみだってハンカチも渡されていたんだ!


「これ、使って下さい」

 ハンカチを差し出すと、お姫様は受け取ってくれて、涙を拭う。


「ありがとうございます……恥ずかしい姿を見せました」

「気にしないで下さい、こんな状況なんだから当然ですよ。それより、今までよく一人で頑張って耐えましたね。でももう大丈夫。俺が来たからには、お姫様にはもう指一本触れさせませんから」


 せめてイケメンだったらって思うけど、それでも下の下より遥かにマシだし、中の上での精一杯で格好良く、頼もしく見えるように微笑みかける。


「ありがとう……ございます」


 おおっ、やっと微笑んでくれた!

 って言うか、やばいくらい滅茶苦茶可愛い!

 姫様といい、俺、この顔が好みのドストライクだったのかも!


「ごめんなさい、もう一度お名前を伺っても?」

「はい、エメルです。こんな騎士服を着てますけど、本当は貧乏農家の次男坊で……あっ、でも、姫様に取り立てて貰って、今は新設した部隊の、王家直属特殊戦術精霊魔術騎士団即応遊撃隊所属の特務騎士です。こう見えても俺、精霊魔法がちょっとばかり得意なんですよ」


 その証拠にと、エンに頼んで光球を浮かべて明るく照らして貰う。

 さすがに昼間ほどの明るさにはしなかったけど、LED照明を付けたみたいに部屋中をぱあっと照らし出した明かりに、お姫様が驚いたように目を丸くした。


「これほどの明かりを……エメル様はとても優れた精霊魔術師なのですね」

 こんな超絶美少女のお姫様に、『エメル様』なんて畏まって呼ばれると、なんだか照れるって言うか、ちょっと緊張するかも。


「それで……その、姫様とは?」

「あっ、アイゼスオート殿下です。俺、アイゼスオート殿下(姫様)の命により、お姉さんのお姫様を助けに来たんです」

「そうでしたか……アイゼは無事に逃げ延びることが出来たのですね、良かった」


 よっぽど心配だったんだろうな。

 すごくほっとした顔で、それもすごく優しい顔だ。

 やばいな、姫様のことがなかったら俺、一目惚れしちゃってたかも。


 お姫様はキリリと表情を改めると、居住まいを正して俺に向き直った。


「エメル様、申し訳ありませんが、引き出しから取ってきて戴きたい物があります」

 お姫様に言われるまま取ってきたのは、懐剣だった。


 俺が手渡したそれをしっかりと握り締めたお姫様は、悲壮とも言える覚悟を決めた顔で真っ直ぐに俺を見つめてきた。


「もうすぐこちらにトロルロードが来ます。その前にエメル様は急いでお逃げ下さい」

「えっ? 俺だけ逃げろってことですか?」

「はい。危険なこのような場所に命懸けで来て戴いたこと、感謝の念に堪えません。ですが、どうかこのままお一人でお逃げ下さい。トロル兵が五千匹もひしめくこの王都から、わたしを連れて無事に脱するのは恐らく無理でしょう……わたしが足手まといになるのは確実です」


 これ……本気で言ってるよね?

 本気で、俺一人だけで逃げろって言ってるよね?


「ここまでトロルに見つからず潜入できた方です、お一人だけでしたら恐らく逃げ延びることが出来るでしょう。エメル様ほどのお力を持つ精霊魔術師を、わたし一人のために無為に失うわけには参りません。そしてアイゼにお伝え下さい、この国をどうか頼みます、と。そして許されるのなら、エメル様にはこれからもアイゼの下で、アイゼを支えて戴きたいのです」

「お姫様は残ってどうするつもりなんですか?」

「わたしはトロルロードに一矢報いてみせます」


 懐剣を握る手が震えていた。

 これは、どう見ても、刺し違えてでもトロルロードを倒すってつもりじゃないよな……なんかそんな感じの、闘志というか、殺意というか、そういったものを感じさせる目じゃない。

 だって、どう見ても普通の女の子、大切に育てられたお姫様が、不意を突こうがどうしようが、ただのトロル兵にだって勝てるわけがないんだ。


 もしかしたら……トロルロードの目の前で自害してやるつもりなんじゃないか?

 それで、トロルロードの野望を挫いて、一矢報いてやるつもりなんじゃないか?


 やばい……!

 惚れそう!

 このお姫様、こんなにも可憐で儚げなのに、強すぎだろう!


 俺の身を案じてくれて、後のことは姫様に託して、今この瞬間、自分が出来る精一杯でこの国を守ろうとしてるんだ。

 助けを求めて泣くほど、俺に縋って恥も外聞もなく泣くほど怖がっていたってのに。


「ここまで来て戴いただけでもう十分です。さあ早くお逃げ下さい」


 駄目だ。

 このお姫様を見捨てて逃げるなんて、絶対に駄目だ。

 こんな素晴らしいお姫様をこんな目に遭わせやがって、もうトロルどもを殲滅せずにはいられないって!


 だから、優しく、でもしっかりと、懐剣を持つお姫様の震える手を押さえる。


「せっかくお姫様が覚悟を決めたのに、それを無駄にしてご免なさい」

「っ!? わたしの話を聞いていなかったのですか!? 足手まといのわたしを連れて逃げるなど不可能です!」

「大丈夫ですよお姫様、逃げる必要なんて、これっぽっちもないですから」


 お姫様が、戸惑ったように小首を傾げる。

 やばい、そんなちょっとした仕草も可愛い!

 本当にもう、姫様とそっくり姉妹だな。


「俺がここに来たのは、お姫様を助け出すためだけじゃないんです。トロルロードを倒して国王陛下と王妃殿下の仇を討って、この王都からトロルどもを一匹残らず排除するために来たんですよ」

「え……?」

 不意に、部屋の外から重低音のがなり声が聞こえてきた。


「トロルロード……!」

 お姫様が真っ青になって震える。

 どうやらトロルロードがやってきて、見張りの死体を見付けたようだな。


 やがてがなり声と一緒にドスドスと激しい足音が近づいてきて、扉が乱暴に開け放たれた。



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