229 叙爵・陞爵・受勲祝賀パーティー 歓談 3
グルンバルドン公爵と公爵夫人を見送って、アイゼ様とフィーナ姫が苦笑する。
「しかし、本当にグルンバルドン公など、他派閥の貴族家まで招くとはな」
「肩身の狭い思いをしているようで、多少気の毒に思わないでもありませんが」
「俺のところに密偵令嬢を送り込んでるんだから、そのくらいの意趣返しは甘んじて受けて貰わないと。それに、変に情報をシャットアウトして余計な探りを入れられるくらいなら、ちょっとは情報を流してあげた方が、無茶な真似はしないでしょう」
農地生産改良室のメンバーを誘拐して自分のところで働かせよう、なんて真似をされたらたまらないからな。
正規の手続きを踏めば手を貸してやるよ、って情報は持ち帰って貰わないと。
そして、重鎮のクラウレッツ公爵、グルンバルドン公爵にすら、正規の手続きを踏まない限り派遣しないし、便宜を図る真似はしないってところも見せたんだ。
それを差し置いて自分の所だけ便宜を図れなんて、普通なら言えないだろう。
なんて話をアイゼ様、フィーナ姫と、ほんのちょっとしてたら、またすぐに次の貴族がやってきた。
「本日はお招きありがとうございます。そして伯爵への陞爵おめでとうございます。重鎮そろい踏みで、この盛況ぶり。伯爵に陞爵したとはいえ、本来は男爵家主催ですからな。さすが救国の英雄の名声は伊達ではない。いやはや驚きました」
明るく愉快げに挨拶してきたのは、農水副大臣でクレアの父親のグーツ伯爵だ。
「楽しんで貰えてますか?」
「ええ、もちろん。しかし、先に挨拶を終わらせた貴族達から、検地とその派遣についての質問攻めにされましてな。クラウレッツ公爵など清廉潔白な忠臣ならなんの問題もない話ですが、後ろ暗いところのある連中は顔が引きつっておりました」
遠慮なく大笑いするグーツ伯爵に釣られて、俺達も笑ってしまう。
「検地のための役人の派遣はどうなっている?」
「ええ、順調……とは言いがたいですが、まず殿下の勅命に従わなかった貴族家を徹底的に行い、税の横領など不正を次々と暴いていっております。後ほどロードアルム侯爵も挨拶に参るでしょうが、監査室も大忙しで手が足りない状況ですな」
「まあ。予想はしていましたが、それほどなのですか?」
フィーナ姫の驚きに、グーツ伯爵がちょっと苦い顔になった。
「当主を蟄居させ代替わりをさせれば、追徴課税を支払い今後真面目に税を納めるようになる家もありますが……反逆罪で捕らえて潰すしかない、あまりにも悪質な家もありましたからな」
「これ以上貴族家が減るのは本来であれば避けたいところだが……」
「それは同感ですが、ここで甘い顔をするわけにも参りませんからな」
「うむ」
本当に、戦争と反乱で国内が大きく揺れ動いてる今だからこそ、大胆な改革に乗り出せるってもんだからな。
この機会を逃したら、元の木阿弥だ。
「これを機に可能な限り膿を出し切って、少しでも王国の風通しを良くするしかないですよ。俺も全力で手を貸しますから」
俺が拳を握って力説すると、アイゼ様が頷いてくれる。
「それで、派閥の貴族家への役人の派遣についてはどうでしょう? クレアを通して、苦労していると聞き及んでいますが」
「まったく、侍女という立場を利用して殿下方のお耳に入れるなど。うちの馬鹿娘が申し訳ありません」
恐縮してグーツ伯爵が二人に頭を下げる。
「いや、構わぬ。クレアもそなたが心配なのだろう」
「私の身までご心配いただき、誠にありがとうございます」
それから、頭を上げて表情を緩めた。
「人数を揃えるのが大変でしたが、なんとか回しております。これから冬が厳しくなっていきますが、冬の間に可能な限り済ませなければ、春にはとても間に合わないので」
「そうか。大変かと思うが、役人には頑張って貰わなくてはな。グーツ伯、なんらかの手当で彼らの労を労ってやってくれ」
「は、畏まりました殿下」
それ以上の細かな打ち合わせはまた今度別途会議でってことで、簡単な報告だけで挨拶を終えて、グーツ伯爵は離れていく。
グーツ伯爵が重鎮そろい踏みって言った通り、領地貴族、宮廷貴族問わず、王室派の重要人物は全員招待した。
グーツ伯爵との話で名前が挙がった監査室の室長ロードアルム侯爵。
数少ない絶対に王家を裏切ることがないって信頼できる、アイゼ様とフィーナ姫にとってお爺様みたいな存在の、宮内大臣コルトン伯爵。
中立派から王室派に入ってくれて以来、何かと世話になってる将軍ガーダン伯爵、そして軍務大臣イグルレッツ侯爵。
彼らが次々と挨拶しに来てくれた。
みんな、このパーティーを好意的に受け止めてくれてて安心したよ。
さらに、かつては敵対してたけど、今は政策で重要な役割を任せることになってる、元アーグラムン公爵派のナンバーツー、外務大臣ブラバートル侯爵もだ。
「メイワード伯爵がまさかこのワシまで招待するとは、招待状が届いたときは正直、なんの冗談かと思ったぞ」
「俺の王国での立ち位置をちゃんと知っといて貰った方が、ガンドラルド王国との交渉で強気に出やすくなるだろうし、フォレート王国だって牽制しやすいだろう?」
「ああ、まったくだ。あのクラウレッツ公爵、グルンバルドン公爵を相手取り一歩も引かず、それどころか上を行っていたのだからな。王家にそれほどの人材が付いているとあれば、ワシも強気に出やすい」
驚いたな、思った以上に素直に認めるんだな。
もっとも、それすらも裏があるんじゃないかって勘ぐりたくなるのは、それはもうブラバートル侯爵の自業自得ってことで。
「薄々感じてはおったが、激情に駆られた無礼な振る舞いが目立つ割に、その手のことはしっかり計算していて、正直驚きだ」
「俺も、王室派に寝返るって言ってきた時の言葉通り、しっかり王国のために働いててビックリしてるよ」
皮肉の応酬をして、お互いにニヤリと笑う。
まあ、お互いに嫌い合ってるのは確かだからな。
でも、自分達の目的達成のためには、お互いに協力……じゃないな、相手の『力』を利用し合う必要がある。
だから、馴れ合う必要はないし、このくらい牽制し合って、嫌味を言い合って、距離を置いた付き合いで丁度いいと思うよ。
ブラバートル侯爵はそういった応酬をした後、特に長々話を続けることなく……まあ馴れ合うことなくってことだな、アイゼ様とフィーナ姫に礼儀正しく、俺には敢えて軽く扱うように挨拶して去って行った。
それから、招待されて驚いてる重鎮がもう一人。
中立派だけど、俺が莫大な褒賞金を王都の復興資金に全額寄附したことで、俺にかなり好意的になってくれて、グーツ伯爵とロードアルム侯爵の調略で次第に王室派へと傾きつつある、財務大臣ウグジス侯爵だ。
「どうですか、楽しんでいただけてますか?」
「ええ、それはもう。招待客達がそれぞれ集まって、農政改革のために検地を受け入れるかどうか真剣に議論している姿を見られて、頬が緩みそうです。正しく納税され、国庫が潤い、財政が健全化される兆しが見られただけでも、ご招待を受けた甲斐があったと言うものです」
うん、やっぱりかなり好意的に受け止めてくれてるな。
「じゃあもっと耳寄りの情報を。クラウレッツ公爵とグルンバルドン公爵に、街道整備を急ぐよう突っついておきました。確実とは言えないですけど、反発はなかったんで期待出来るんじゃないかと」
「おお、それはいいですな。これで物流が盛んになって王都がその中心地になれば、さらなる税収が見込めて、一層財政が潤うと言うものです」
ニコニコ嬉しそうにして、好々爺って感じだ。
財政って『力』を預かってる以上、本人の希望としては中立でありたいんだろうけど、俺としては王室派の味方に、ひいては俺の味方になって欲しいから、これからも引き込むためにあれこれさせて貰おう。
なんてことを考えてると、俺って本当に貴族みたいだな。
ここまでの駆け引きも、すごく貴族っぽかったし。
まあ、今や本当に貴族ではあるんだけどさ。




