222 旧領地先行調査
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「さすがロク、滅茶苦茶速いな!」
丘を、川を、森を越えて、かつてない速度で景色が流れていく。
レドで国境付近の砦から王都へ三時間で帰ったあの時よりも、圧倒的に速い。
元々レドよりロクの方が空を飛ぶのは速くて、およそ二割から三割程度は最高速度を上回ってるんだけど、今回は前回に加えて三つ、合計四つの魔法を組み合わせてみた。
一つ目は、ロクの足の裏から爆炎を噴き出して、ジェットエンジンの要領で推進力を得る、前回と同じ魔法。
二つ目と三つ目は、サーペに水を出させ、それを酸素と水素に分解して爆炎に給気させることで、さらに爆発の威力を上げてみた。
四つ目は、風除けのキャノピーと同様に風のシールドを爆炎の周りに展開して、爆風のほとんど全てを後方へ向けることで推進力を増してみた。
前回はこういった工夫なしに、レドが三倍近い速度を出したんだけど、今回はこれらの工夫をしたおかげで、ロクの速度は四倍以上だ。
「おっ、もう国境の砦が見えてきた」
おかげで、ざっと二時間足らずで国境の砦まで来てしまった。
当然、精霊力の消費は前回以上に半端ないけどね。
それでも、火属性の精霊力の消費はかなり抑えられたから、目的地に到着した後で火属性の精霊力が残り少なくてレドにあんまり魔法を使わせられない、なんて行動の選択肢を狭めずに済むようになったのは大きい。
何よりそのコストに見合った速度が出せてるから、一人で緊急時の移動をするならこの方法で空を飛ぶのがベストだな。
ちなみにロクが普通に飛ぶ最高速度は、今や早馬が全力疾走するより速い。
ロクが成長すればもっと速くなるから、今後より一層の時間短縮が期待出来るな。
と言うわけで、報告書をまとめたことだし、単独移動の実証実験も兼ねて、姫様の許可を貰って秘密裏に旧領地の先行調査をしにやってきたわけだ。
「ま、今回は関所にも砦にも用はないからスルーで」
砦を横目で見ながら国境線の川へ向かい、そのまま飛び越えてガンドラルド王国の領土へと侵入した。
「みんな通常飛行に戻ってくれ。エンは光学迷彩を頼む」
姿だけを消して、そのまま南に見える山脈へと進路を取る。
だって、返還が決まってる領土とはいえ、まだ正式に返還されてないから勝手に入ると領土侵犯なんだよね。
まあ、どこの国の密偵だってやってるし、見つからなければセーフってことで。
手元には地図の写しが二枚、そして大量の植物紙がある。
「じゃあエン、モス、エアリアルフォトを頼む」
『承知しました、主様』
『ブモゥ』
俺が親指と人差し指でL字を作って、両手でカメラのフレームのように構える。
「この光景を――」
まず、王都マイゼラーから南に延びて、国境の川を越えて、さらに南の山脈へと延びていくかつての街道と、その周辺の一面枯れ草になった広い草原を、指のフレーム内に収める。
すると指のフレーム内に、エンがその光景を写し取った光の画面を作り出した。
「――エアリアルフォトだ」
続いて、植物紙の一枚に指のフレームを合わせると、エンがその光の画面の光景を、植物紙に照射して転写する。
このとき、モスが植物紙の表面の物質の配列を弄って、より鮮やかにその照射された光景を写し取った。
「よし、上出来だ」
エンが光を照射しただけだと、古いフィルム写真が色褪せたような、そんな感じにしかならなかったんで、モスがそれを補正したことで、写真ほどの鮮やかさはないけど、それなりに見られる写真っぽい絵になった。
所詮はただの植物紙で、感光紙とは違うんだからそこは仕方ない。
そしてその航空写真にナンバーを記入して、地図の一枚を取り出し、撮影地点にそのナンバーを記入する。
続けてもう一枚、街道を南に下る途中、山脈の光景も撮影してナンバーを記入し、地図にはナンバーと一緒にどっちの方向を向いて撮影した写真なのか分かるように矢印も記入した。
「この辺りの平原は土壌改良すれば、広い穀倉地帯が作れそうなんだよな。川から水を引けるし、街道跡も整備し直せば王都まで一本道で交通の便がいいし、領都を作るなら、この平原の街道沿いが良さそうな感じだ」
『有力な候補地として考えておくのもいいのではありませんか主様』
「そうだな。決めるのは、他にどんな場所があるかを調べてからだな」
そのまま真っ直ぐ向かって山脈に到達したら、山脈を登る街道と周辺の様子を、さらにその街道を登った先のトロルどもの砦とその周辺の様子を、次々に撮影していく。
「この前はスルーして確認しなかったから分からなかったけど、どう見てもトロルサイズの砦だな。人間が使うなら、改修しないと使えなさそうだ」
階段は一段が優に倍の高さはありそうだし、扉もでかくて重くて使いにくそうだ。
そんな砦を横目に見ながら、山脈を越えて反対側へと回る。
そこは一気に気候が変わって、少しばかり気温と湿度が上がって、麓には落葉した森が広がっていた。
トトス村付近だと、この時期になればもう雪は降り始めてるのに、山脈を越えたこっちは雪の気配なんてまったくない。
森の恵みとか豊かなんだろうな、きっと。
この森の様子も撮影しておく。
さらに、地図に記載された鉱山のあった場所へと移動。
「この付近に銅山があるんだけど……ああ、あれかな? トロルどもも当然採掘してたよな」
山腹に周囲が少し開けた場所があって、坑道があった。
坑道のサイズは人間サイズで、人間サイズ、トロルサイズの建物が、それぞれ何棟も建ってる。
採掘は奴隷の人間にやらせてたのか、人間サイズの建物の方が圧倒的に多い。
建物は普段から使用されてるみたいで、古臭くなったり朽ちたりはしてないな。
でも今は誰の出入りも無くて、周辺に人もトロルも姿がない。
「領地を返還することに決まったから、引き上げたかな? それなら好都合だけど」
一応、この光景も撮影しておく。
「じゃあ次は、モス、デーモ、グラビティスキャンだ」
『ブモゥ』
『お任せを、我が主』
地中深くでグラビティフィールドを発生させて、それに掛かる負荷、つまりそこに存在する物質が発生させる重力の向きや大きさ、そして精霊力の消費量から、ただの岩や土なのか、そこに鉱物資源が含まれてるのかを探知する。
それを広範囲にわたり複数の地点で行うことで、その分布って言うか、大雑把な鉱物資源の埋蔵量を把握するわけだ。
ナサイグに取り寄せて貰った鉱物は、実際に土の中に深く埋めてどうやったら探知出来るか、探知したときどんな反応があるかを実験するために使わせて貰った。
『坑道がかなり広がっていて、採掘が進んでいるようです』
『ブモ、ブモォ』
「そうか、それでもまだかなりの埋蔵量があるのか。この銅山は領地候補だな」
銅は銅貨に使うし、それ以外にも様々に利用されてるから需要が高い。
当然、金や銀に比べれば価値は低いけど、埋蔵量が多いのは魅力だ。
もし電気が実用化したら、銅線としても使えるしな。
「よし、次に行くぞ」
銅山の付近を飛び回って探すと、麓の方で小さな町を見付ける。
ほとんどの建物はトロルサイズで、人間サイズの建物はそれほど多くはない。
持って来た地図だと、その地点には村程度の規模の集落があることになってるけど、銅山で栄えたのか、小さな町にまで発展したみたいだ。
住人は、トロルや人間を始め様々な種族が通りを往来してる。
って言っても、トロルが町の住人で、それ以外の種族は鎖に繋がれた奴隷だけど。
「ん……? トロルどもは引っ越しの準備か?」
大型の荷車に奴隷を使って家財道具を乗せてる姿を見かける。
同じ町の中で別の家に引っ越し……じゃあないよな?
多分、この町から出て行く準備をしてるんだろう。
そう思って町全体を見渡すと、小さいとはいえ町の規模に比べて、通りを歩いてるトロルの数が少ない気がする。
すでにこの町から出て行ったトロルがいるのかも。
「会議で報告された通り、少なくともトロルロードの北の公爵は、トロルロードの王の指示にちゃんと従ってるみたいだな」
その町の全景や町中の様子も撮影して、地図に記載しておく。
それから別途その様子を、簡単に報告書にまとめておいた。
「よし、それじゃあ次に行くぞ」
こんな感じに、基本的には事前に調べた地図に従って、町や村、鉱山なんかを一つ一つ確認したり撮影したり報告書にまとめたりして、旧領地を見て回っていく。
当然、事前に調べた地図通りじゃない場所も少なからずあった。
「ここに村があったはずだけど……うん、廃墟だな」
なんて感じに、人が住んでなさそうなボロボロの小屋が並んで、道も畑も村の外も見分けが付かないくらい、枯れ草になった雑草に覆われてたり。
「ここに村はなかったはずだけど、新しく村が出来てるな」
なんて感じに、森の中の川沿いに、トロルサイズの家屋と、人間サイズの小屋が並んで、小さな畑があったり。
それらの情報は、余すことなく撮影し地図に記載していく。
俺がここまでやっちゃったら、もう春の調査なんて必要なさそうだけど……。
春になって旧領地が返還されてから調査開始しましたって体裁が必要だから、調査隊は派遣されるだろうな。
そもそも俺は誰にも接触してないから、奴隷達が解放された後、色々と聞き取り調査が必要だろうし。
役人が正式に、今日からこの村はマイゼル王国の所属になります、誰それが領主になります、って通達もしないといけないしな。
そして調べるのは、地図にない町や村ばかりじゃない。
『我が主、この地下に、地図にない鉱物資源が眠っているようです』
『ブモゥ』
「おおっ、やっぱり、未発見の鉱脈が眠ってたか!」
移動しながら、適当に目星を付けてあちこちグラビティスキャンをしてみたら、こんな発見もあったりした。
そういう未発見の鉱脈なんかは、もう一枚の別の地図に記載しておく。
既存の資源と分けて考えるためってのもあるけど、この情報の扱いは慎重にしないといけない。
言うまでもなく、誰の領地にして開発させるか、って問題は重要だ。
王室派の信頼できる貴族の領地になるならいい。
だけど、王室派じゃない別の派閥の領地になったり、まだ信頼関係が確立できてない新参者の領地になったりしたときは、資源が眠ってることは闇に葬って、開発しないってことも視野に入れないといけない。
何しろ、グルンバルドン公爵派とは協力してトロルどもと戦ったとはいえ、今は領地復興もあるから様子見してるだけで、一応反王室派で玉座を狙ってるって話だからな。
あまり力を付けさせるのはよろしくないわけだ。
まあそれを言うなら、クラウレッツ公爵だって、厳密に言えば別派閥なんだけどさ。
かといって、じゃあ王室派以外にそれら重要な資源が眠ってる領地を与えなければいいかって言うと、それもまた違うんだよな。
調査の結果、それら資源が眠ってることが判明したから、領地として下賜したってことになれば、それはその貴族への王家からの信頼であり褒賞としての価値が上がるわけだから、より王家への忠誠を期待出来ることになる。
要はその匙加減をどうするかって話だ。
そこんところは、姫様や宮内大臣と入念に、かつ秘密裏に話し合いが必要だな。
こうして俺は日帰りで、王城を長期間不在にならないよう、旧領地の調査をしてるって周囲に悟られないよう日を置きながら、じっくり調査を進めていった。




