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見境なし精霊王と呼ばれた俺の成り上がりハーレム戦記 ~力が正義で弱肉強食、戦争内政なんでもこなして惚れたお姫様はみんな俺の嫁~  作者: 浦和篤樹
第八章 領地に陞爵にパーティーにと準備が忙しすぎる

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215 シャーリーリーンの思案 1

◆◆◆



「やってくれたわね……!」


 ブランラーシュ湖の湖畔に位置するフォレート王国王都フォレンティア。

 その湖へ半島のように突き出た湖岸の上に建つ王城の、湖を眺望できる王族専用の塔の展望室で、シャーリーリーンは報告書の最初の一行目を目にした瞬間、ギリリと奥歯を噛みしめた。


 全てを読む前に、一度カップに口を付けて一旦心を落ち着かせる。


「マリーリーフをここに」


 そして、側に控える侍女に、腹違いの妹マリーリーフを呼ぶように申しつけた。

 侍女が伝令のために下がり、マリーリーフがやってくるまでの間に、眉間に皺を寄せながら報告書に目を通してしまう。


 丁度全てを読み終わり、テーブルに報告書を置いたところで、展望室への扉が開いてマリーリーフが姿を現した。


「シャーリー姉様、お呼びと伺いましたが?」

「ええ」


 短く答えて、視線で対面の椅子に座って報告書を読むように促す。

 マリーリーフはそれに従って、椅子に座ると早速報告書を手に取った。


「へえ……すごいですね、彼。褒賞に子爵、続けざまに伯爵に陞爵(しょうしゃく)して領地までだなんて。それもゆくゆくは辺境伯になるのを見越して、ガンドラルド王国との国境沿いを領地にですか」


 一通り目を通し終わった後、マリーリーフはシャーリーリーンに目を向ける。


「興味深いですけど、これを見せるためだけに呼んだわけではありませんよね?」


 その返答に、シャーリーリーンは溜息を吐いた。

 内心でではなく、可愛がっているお気に入りの妹相手だからこそ、あからさまに態度に出して見せる。


 マリーリーフの眉間に皺が寄った悪い目つきが、細められることで一層悪くなった。

 それはシャーリーリーンの態度が不愉快だったと言うよりも、戸惑いの方が大きかったからだ。

 自分はそんな溜息を吐かれるようなことを言ったのだろうか、と。


「それを見て、どう思ったかしら?」


 癖になった手つきで髪を払いながらシャーリーリーンが尋ねると、マリーリーフは深く考えることなく、最初に感じたとおりの言葉を、クスクス笑いながら返す。


「マイゼル王国の王家も、思い切ったことをしたな、と」


 その返答に、シャーリーリーンが一層呆れた溜息を吐くのを見て、マリーリーフはまず本音を好きに言えてスッキリした顔で、今度こそ、シャーリーリーンがどのような返答を求めているのかを考えて、表情を改めて質問に答える。


「これまでの彼は謂わば法衣貴族……ああ、マイゼル王国では宮廷貴族と呼ぶのでしたね。要は王城内で文官、武官としての仕事をしていたのが、急に領地貴族になったわけですから、元農民が領地経営を出来るのかと、甚だ疑問です。農政改革は見事としか言いようがありませんけど、かといって領地を治められるかどうかは別問題です」


 そこで一旦言葉を切って、シャーリーリーンの侍女が淹れたお茶を飲んで喉を湿らせ、言葉を続ける。


「ですが、妥当な判断でもあると思います。旧アーグラムン公爵派の領地で辺境伯として、こちら(フォレート王国)に睨みを利かせる手もあったと思いますが、(王女)を親善大使として出すと言っているんです、わざわざこちら(王家)を刺激することはないでしょう。だから賠償を履行するまでは、トロルに睨みを利かせるのを優先したのでしょうね。領地貴族の数が減っている現状、領地貴族を増やすことは急務でしょうし」


 ただ、と苦笑を浮かべる。


「王家はよほど優秀な文官、武官を派遣しなければならないでしょうね。彼に家臣の伝手などないでしょうから。つまり彼が人手を集める際に、こちら(私達)の息が掛かった者を潜り込ませる隙があるとも言えます」


 と、そこまでは誰でも思い付くことだと理解しているので、そこから先を思案する。


「彼には土壌改良と言う武器がありますから、新興貴族達、特に返還された旧領地に転封(てんぽう)させられた貴族達に恩を売れば、他派閥から自分の派閥に引き込むことも可能でしょう。彼の領地経営が成功することが前提の話ですけど、南部に新たな一大派閥が生まれることになります」


 伯爵……将来的に辺境伯がトップの、騎士爵、男爵、子爵程度の下級貴族が少数集まっただけの派閥だが、エメルの農政改革で作物の品質と生産量が安定し、領軍に、『下等な人間にしては』との枕詞が付くが、優れた精霊魔術師の大部隊が生まれれば、公爵家が率いる大派閥とも渡り合えるだけの派閥になると思われた。

 ただしそれは、早くとも数年後のことだ。


「今なら彼に派閥の貴族家を奪われないか疑心暗鬼に陥っている有力貴族や、彼の躍進を快く思わない、特に危険視する貴族達に近づいて、彼を牽制、排除するために誘導し、操ることが出来るでしょう。再びマイゼル王国を切り崩していくチャンスだと思います」


 さあこれでどうでしょう、そうマリーリーフは自信ありげに笑みを浮かべる。


 シャーリーリーンは満足げに微笑んで頷いた。


「四十点ね」

「……シャーリー姉様、その笑顔、必要でした?」


 自信があっただけに、ちょっと不満が残る点数だった。


「俯瞰的に見ればその通りよ。そこだけを見れば、八十点をあげても構わないわ」


 それでも百点じゃないんですかとマリーリーフは不服だが、それを無視して言葉を続ける。


「けれど、肝心のあなた自身についての話が抜けているわ」

「肝心の私自身についての話ですか?」


 やっぱりそこがマリーリーフの限界だと、内心で溜息と苦笑を漏らす。

 マリーリーフが政争から身を引いている以上、エメルの派閥拡大や、マイゼル王国の貴族達を籠絡する話より、むしろ肝心の話の方に気付いて欲しかったのが本音だ。


 思案するも肝心なことにまだ気付かない腹違いの妹に、早く話を先に進めるため答えを教える。


「あなたは親善大使としてマイゼル王国へ出向くことが決まっているのよ」

「はい、そうですけど?」


 それが何か?

 そんな他人事の顔に、まだ気付かないのかと、さらに呆れてしまう。


「彼が領地貴族になった以上、領主として領地へ(おもむ)くわ。彼が不在の王都であなたは何をするつもりなの?」

「あっ……!」


 マリーリーフはようやく腹違いの姉がわざわざ自分を呼び出した理由を知って、そんな単純な、そして肝心な事実に気付かなかったことに赤面する。


「親善大使である王女が、たかが伯爵の、しかも辺境の領地へ付いて行って、長期滞在するのは不自然ですね……」

「親善大使として、一年でも、十年でも、好きなだけ滞在して構わないわ。けれど、彼が王都へ戻るのが冬の社交シーズンの間だけで、どれほど接触の機会を持てるか分からない以上、秘密を探るのは困難になる。それこそ、何年掛かるか分からないわ」


「ただ秘密を探るだけでいいのなら、何年掛かろうと構わないですけど、先日のシャーリー姉様の話を考えると、悠長なことを言っている暇はない、と言うことですね」

「ええ、その通りよ」


 ようやく事態を理解して、マリーリーフは眉間の皺を深くする。


「まさか、私が親善大使として出向くことが決まったから、その対策でしょうか?」

「その可能性はゼロではない……と言うよりも、どちらかというと、都合がいいからついでに、と言うところではないかしら。切実に領地貴族の数が足りないのだから、余っている領地を治めさせる事こそが本命だと思うわ」


 海のものとも山のものともつかない元農民に、実に大胆なことだとは思う。


 まず普通に考えれば、失敗するとしか思えない。

 そうなれば、当然それを後押ししたマイゼル王国王家の立場もなくなる。

 リスクが大きすぎて、自分ならまず絶対に執らない手段だ。


 だからよほど信頼できる何かがあるのか、それともただ単に、色恋に目が曇っているだけなのか……。

 いずれにせよ、都合の悪い事態であるのは変わらない。


「今更別の名目に変えるわけにも、辺境の伯爵領に滞在してもおかしくない者に変えるわけにもいかないわ。むこう(マイゼル王国)も、恐らくはこちらの意図を読んだ上で、断れずに受け入れているはずだから。他の小国相手なら、相手の思惑も都合も無視してそうしてしまえばいいのだけれど。さすがに現状では、これ以上表立って波風を立てたくはないわね」


 親善大使だと自分達から言い出して、しかも王族を派遣するのだ。

 これをひっくり返せば、両国間の関係は一気に悪化する。


 無用にエメルを刺激して、秘伝について調べることが困難になるのは間違いない。

 それどころか、小国家群との軍事同盟並びにガンドラルド王国と共謀してのフォレート王国への侵略および領地割譲と言う最悪のシナリオが、想定よりも早い時期に現実のものになりかねなかった。


 それに対応するための自国内の準備および他国への工作も始めたばかりで、まだほとんど成果を上げていない段階で時計の針を進められるのは致命的だった。


「……伯爵、いずれ辺境伯と考えれば、ギリギリ……かしら?」


 シャーリーリーンの探るような目を向けられ、マリーリーフは背筋を走った悪寒に、決定的なことを言われる前に自分から拒否する。


「下等な人間との婚姻は、絶対にお断りです」

「そう、残念ね。冗談よ」


 絶対に冗談ではなかった、そうマリーリーフは身震いする。


 シャーリーリーンも本気で言ったわけではないが、冗談のつもりでもなかった。


 エメルはいずれ暗殺する。

 それは決定事項だ。


 だから、暗殺する予定の下等な人間相手に、気心の知れた可愛い腹違いの妹を嫁がせるような真似をするつもりはない。

 たとえそれが、第三王女で重要な政務も行っておらず、フォレティエート王家にとってそこまで重要人物ではないという観点から丁度いいのだとしても。


 しかし、これが政敵(ライバル)で可愛くない腹違いの妹や、価値を見出せず興味も持てない他の腹違いの妹なら、秘伝の秘密を探ることはもちろん、暗殺者も兼ねて嫁がせることを本気で検討していただろう。

 暗殺成功後、捕らえられて処刑されても構わない、惜しくない妹なら、だ。


 しかし、政敵(ライバル)であれば自分の意図を正確に見抜いて、すぐさま断るか、従う振りをして、自分の足を引っ張るための工作や、下手をすればエメルと手を組む危険があるので、それは出来なかった。

 加えて、価値や興味のない妹では、そのような重要な役目は任せられなかった。

 もし任せられるほど信頼できるのなら、とっくに何かしらの価値を見出しているはずだから。


「辺境の伯爵領へ赴いて長期滞在しても不自然ではない人材を、私と一緒に使節団として派遣するのはどうでしょう?」

「すぐに思い付く手としてはそれしかないわね」


 それでも十分に不自然だが、屁理屈でも理屈さえ用意出来ればそれでいい。


「準備に余計に手間暇が掛かってしまうけれど、春までそう時間がない以上、すぐに人材の選定に入らないといけないわね」



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