21 王城潜入
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俺は決死の覚悟で王城へと潜入した。
敵はトロルが五千匹だ。
一匹一匹なら、畑を荒らす害獣やゴブリンをさくっと退治する程度で倒していける。
でも、さすがに数が多い。
もしトロルに見つかったら、後から後から後から後からトロルが集まってきて、ちまちま一匹ずつ相手にしてたら、精霊力か体力が先に尽きてしまうかも知れない。
……もしかしたら、そのくらいならギリギリいけるかも知れないけど。
正直、全力を出したらどこまでやれるのか、自分でも把握し切れてないんだよな。
だって、軍隊相手に国と戦争出来るかも……って感じだったし?
そんなんで全力を試す機会なんてあるわけないって。
そう考えると今回は限界を見極めるいい機会だったんだけど……さすがに一匹ずつ、百人組み手ならぬ五千匹組み手を試すわけにはいかないよな。
だって、姫様のお姉さんの命と貞操が懸かってるんだから、念には念を入れて、用心には用心を重ねて、超気合いを入れて、最善で事に当たらないといけないだろう?
だから、現時点で考え得る最高の潜入工作を試みたさ。
太陽はすでに頂点を過ぎて、大きく西へと傾いてる。
窓から差し込む日差しに俺の影が長く……伸びない。
って言うか、影は存在しない。
なぜなら、デーモに頼んで、俺の影を消して貰ってるから。
もっと言うと、エンには光学迷彩の要領で姿を。
ロクには足音や声なんかの音を。
サーペには熱感知されないように俺から発した体温を。
ユニとキリには生命感知や精神感知をされないように気配を、誰にも感づかれないよう全部綺麗に消して貰っていた。
さらに、城内でもあちこちで戦闘が行われたらしくて、倒れて壊れた調度品や焼け焦げたり崩れたりした壁なんかもあるから、ドジって蹴飛ばして物音を立てないように、モスには足下のそれらを、俺の周囲だけ一時的に地面や床に固定して貰っている。
加えて、トロル兵や囚われた人が近くにいたら分かるように、レドには熱源探知で周囲の監視をして貰っていた。
ってわけで、契約精霊総動員で全力隠蔽アンド捜索だ。
その結果……。
堂々と廊下を歩いて、見張りで突っ立ってるトロルの目の前を悠々と横切る。
トロルは退屈そうに欠伸をするだけで、俺に全く気付かない。
「決死の覚悟で潜入したってのになぁ……」
あまりにも拍子抜け過ぎる。
いや、見つかったら面倒だから、これでいいんだけど。
おかげで、トロルにぶつかるのさえ気を付ければ、無人の城内を闊歩するがごとくだ。
これは、戦場でやばいって思った時、誰にも気付かれず逃げ出すための手段だったんだけど、まさかこんな形で役に立つとは。
なんでも試して編み出しておくもんだな。
ただ、唯一の誤算が……。
「勢いで飛び出してくるもんじゃないな……思った以上に広いし、入り組んでるし、部屋数も多いし。姫様から城内の見取り図とか、お姉さんが囚われてそうな場所とか、トロルロードがいそうな場所とか、色々聞いてから来れば良かった」
あのウザい次期公爵をあっと言わせてやりたかったのはもちろん、何より英雄になれたら姫様をお嫁さんに貰えると思ったら、気が逸ってしまった。
ま、夢の国のお城よりちょっと大きいくらいだから、虱潰しに見て回れば多分すぐに見つかるはずだ。
ってわけで、まずは定番の地下牢を探して、中央の謁見の間や大広間みたいな重要施設や華やかな迎賓館っぽい建物を避け、目立たない場所や重要そうじゃない建物の中を探して歩き回り、ようやくそれっぽい入り口を見つける。
「見張りのトロルが二匹か……つまり、誰かしら囚われてる人がいるわけだ」
キリに頼んで二匹いる見張りのトロルの意識をぼんやり朦朧とさせた上で、入り口で起きることに意識を向けないように思考誘導する。加えてロクに物音を消して貰って、さらにモスに土で合鍵を作って貰って、堂々と入り口を開けて中へと潜り込む。
完全に姿も気配も消してるから俺には気付きようもないし、入り口の扉が音もなく奥へ向かって開いて閉じただけだから、見事にトロルは一切の関心を示さなかった。
「これ、諜報とか暗殺とか窃盗とか誘拐とか、本気でやりたい放題やれちゃうな」
やらないけどね?
扉の向こうは下り階段で、それを降りていくと、鉄格子の嵌まった小部屋のような地下牢が十数部屋あって、そこには文官とか武官とかメイドとか、そんな感じの人達が百人以上閉じ込められていた。
みんな絶望して俯いて、喋ることもほとんどなくて、メイドさんのものなのか、わずかに啜り泣きが聞こえてくる。
ただ、ざっと見回した感じ、お姫様はいない。
あの姫様のお姉さんなら、きっと同じようにオーラが違うはず。それに聞いた話、姉妹で顔はそっくりらしいから、顔を見れば一発で分かるだろう。
どうやら地下牢は外れらしい。
「助けてやりたいけど、囚われのお姫様を確保してからじゃないと、下手に騒ぎになって人質に取られたり殺されたりしたら困るからな。後で出してあげるから、もうしばらく我慢しててくれ」
ロクに声を消させてるから誰の耳にも届かないけど、一応謝っておいて、それから同じ要領で外へ出る。
「次は塔の上を順番に見ていくかな」
ロクに実体化して貰ってその背中に乗ると、宙へと浮き上がる。
当然、エンに頼んで実体化したロクも光学迷彩の要領で姿を消して。
建物の高さを超えると、城門近くに、アニメなんかでよく見る奴隷や犯罪者を護送するような、鉄格子の檻を載せた馬車が何十台と並べられてるのが見えた。
しかも、鉄の手枷が山と放り込まれた箱まで置いてある。
「地下牢に閉じ込められてた人達を、自分達の国に連れて行って奴隷にするつもりか……こいつら、一匹残らず殲滅確定だな、うん」
早いところ姫様のお姉さんを確保して、殲滅してしまおう。
塔の最上部付近まで浮き上がって、天窓から塔の中を覗き込んでみる。
「やっぱこっちにも囚われてたか」
塔は四つあって、それぞれに、いかにも貴族って感じの人達が囚われていた。
ただし、おっさんだったり、おばあさんだったり、青年だったり、姫様のお姉さんっぽい女の子は見当たらない。
「塔も外れか……ってことは、一人だけ特別扱いで自室に閉じ込められてるのかな?」
姫様のお姉さんを妻に娶って、この国の王族と婚姻を結んだって体を取って、この国を乗っ取るつもりみたいだからな。
「次は王族の生活スペース探しか。お姫様の部屋ってどこなんだろう?」
◆◆◆
日はゆっくりと傾いていき、空は茜色に染まり始めている。
歩哨の巡回時間や交代時間については偵察兵による報告からすでに把握済みで、それらトロル兵に気取られぬよう、王都の外壁を乗り越え、ラムズが選抜した精鋭六名の潜入部隊が王都へと侵入していた。
「ラムズ様の仰っていた通り、やはり罠だな」
四方それぞれの城門の内側には、およそ千匹ずつの部隊が配置されていた。
潜入部隊より遅れて到着したエメル支援部隊が遠方に姿を現したことで、伝令が走り緊急配備されたのだ。
囚われのフィーナシャイアを奪還しようと突入すれば、各所で包囲殲滅されるのは明らかだった。
兵達は、そんなトロル達を憎々しげに睨み付ける。
自分達の国の王都で、我が物顔のように振る舞う妖魔の侵略者。
しかも、国王と王妃の首をはねて、城門前で晒し者にまでしている野蛮な種族。
自分の手で一匹残らず根絶やしにしてしまいたい。
そんな荒ぶる感情が胸中を吹き荒れる。
しかし、誰もその感情を口にはしなかった。
自分達の目的がなんなのか、その任務の重要性を十分に理解していたからだ。
国王と王妃は間に合わなかったが、せめて王女だけでも救い出したい。
それは国を明日へと繋ぐ希望となるのだから。
「それにしても、騒ぎはまだ起きていないようだな」
「ああ、かなり先行して王都へ向かったと聞いていたが、まだ行動を起こしていないようだ」
怖気付いて逃げ出したのか。
ふと考えるが、小さく首を振ってそれを否定する。
アイゼスオートの話では、取り立てられ出世することを夢見て、わざわざ陥落寸前の王都へとやってきた上、トロル兵三匹を精霊魔法で瞬殺したらしい。
鍛え抜かれた兵士三人がかりでようやく互角のトロル兵を三匹相手に瞬殺など、王子たるアイゼスオートの話でなければ信用に値しなかっただろう。
何より、王子を姫と思い込み求婚するような馬鹿なのだ。
何もしないまま尻尾を巻いて逃げるとも思えなかった。
「エメルと言ったか、あの農民は。なんでも人の身の丈を越えるほど巨大に育った契約精霊を従えているという話だが、さすがに正面切って突入するほど馬鹿ではなかったか」
「夜陰に乗じて奇襲するくらいの知恵は働くのかも知れんな」
「いずれにせよ、我々はこの場で待機だ。あの農民が騒ぎを起こしてから王城へと潜入し、フィーナシャイア殿下をお救いする」