181 勲章の大盤振る舞い
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「おおっ! フィーナ姫、そのドレス滅茶苦茶似合ってます! 滅茶苦茶綺麗です!」
「まあエメル様ったら、ありがとうございます」
赤く染めた頬に両手を当てて隠しながら、はにかむところなんて、もう愛らしいったらないね!
鮮やかな赤を基調にしたドレスは、広がった袖や胸元、そして幾重にも重ねられたスカートの縁を飾る白いフリルの対比が華やかだ。
デザインも、これまでより全体的にちょっと大人っぽくて、でもところどころに可愛らしさも感じさせる、俺にとっては十七歳って子供から大人へと変わっていく思春期の女の子らしさがあって、すごくいいと思う。
大人っぽさが増したデザインが似合うのは、今回の反乱の事があって、なんだか色々と悩んで考えてたみたいで、少し凛と大人びた表情と雰囲気を醸し出すようになったからって気がする。
ティアラやイヤリング、ネックレスなんかのアクセサリーも華やかで、さすがこれぞお姫様、って感じだ。
きっと誰もがその美少女っぷりに目を奪われて、近衛騎士達は誇りに、そして王都市民はみんな喜んでくれるんじゃないかな。
「惚れ直しちゃいますね」
「ふふっ、エメル様にそう言って戴けると、このドレスを選んだ甲斐がありました」
照れた微笑みがすごく嬉しそうで、なんかもう思わず抱き締めちゃいたいんだけど!
それに対して。
「アイゼ様はアイゼ様のままで、王太子の礼服なんですね」
「そのようにがっかりしたように言うな。当然だろう」
紺色のスラックスに、青を基調としたジャケット、それが金糸の刺繍で飾られて、さらに胸元はヒラヒラのフリルが重ねられて、いかにも王子様っぽい正装だ。
どうせなら、フィーナ姫みたいに思い切りドレスで着飾って欲しかったんだけど。
やっぱりまだそれで人前に出る勇気は出ないらしい。
まあ、王都市民にとっても、王子様が突然ドレスを着て人前に出るようになったら混乱しちゃうだろうし、そこは仕方ないか。
いつかに期待だな。
後、フィーナ姫と同じように、アイゼ様もやっぱり色々と悩んだみたいで、表情が出会った当初の愛らしいあどけなさに比べて、少し凛々しくなってきた気がする。
元々美少女顔なのに、俺のために髪を伸ばしてくれてて、段々と男装の麗人っぽい雰囲気が出てきたかな。
俺としてはいつまでも愛らしくあどけないままでいて欲しいんだけどね。
取り巻く状況がそれを許さないんだから、やっぱりそれも仕方ない。
「いつか俺のために、ずっとドレス姿のままでいてくださいね」
「……か、考えておこう」
おおっ!
考えてくれるだけでも大進歩だよ!
なんかもう、思いっ切り抱き締めちゃいたいんだけど!
「わたし達のことばかり褒められますけど、エメル様だってとても凛々しくて、大変お似合いですよ。こんなに凛々しい殿方は見たことがありません」
「そうだな、普段の特務騎士の制服も似合っているが、やはり礼服だと一段と凛々しさと頼もしさが増して見えるな」
アイゼ様もフィーナ姫も、うっとり眩しそうに目を細めて頬を染めるもんだから、ちょっと……いや、かなり照れる。
二人の後ろで、『恋は盲目』とか『贔屓目』とか色々言いたそうに苦笑してるメリザとクレアとレミーについては、スルーだ。
自分がイケメンじゃなくて、中の上くらいの平凡な顔なのは重々承知してるよ。
礼服だって、服に着られてる自覚もあるし。
俺が着てるのは、俺がデザインした特務騎士の礼服で、帰還パレードの時に続いて、袖を通すのは二度目だ。
ただ、あの時とは決定的に違う箇所がある。
「制服の方は着慣れましたけど、礼服はまだちょっと堅苦しく感じますね。それに、左胸が重たいです」
俺の左胸には、七つの勲章が輝いていた。
そう、四つじゃなくて、七つだ。
一つは、金メダルみたいな金色の太陽のようなデザインのそれを、花びらのように赤い布で飾られた勲章、珠栄陽花一等勲章。王都奪還と多額の復興資金を寄附したことで、王国の発展のために多大な功績を挙げたとして贈られたものだ。
一つは、五つの頂点を持つ銀の星を青と白のリボンで飾られた勲章、大宝守輝星一等勲章。アイゼ様とフィーナ姫を救い出し、第二次王都防衛戦で王都を守ったことで、王家の者を守るために多大な功績を挙げたとして贈られたものだ。
二つは、赤銅色の鳥が翼を広げたようなデザインのパイロットの徽章っぽい勲章、騎剣一等勲章。トロルロード討伐の功績で贈られたものだ。
この四つに加えて、第三次侵攻部隊迎撃作戦でトロルロードを討伐したから、騎剣一等勲章をもう一つ。
さらに、反乱軍に捕らえられたアイゼ様とフィーナ姫を救い出し、反乱軍を鎮圧して王都を守り、フォレート王国の軍を国境線を越えさせずに追い返した功績により、大宝守輝星一等勲章をもう一つ。
そして残る一つが、中央より上の方で丸い穴を空けて三日月みたいな輪っかにした青紫のメダルに、銀の十字の星形をその輪っかに嵌め込んだデザインの勲章、大砦攻紫月一等勲章。
第三次侵攻部隊迎撃作戦でトロルの主力部隊を全滅させて、ガンドラルド王国の王都まで攻め入って降伏させた功績で贈られたものだ。
なんとなく名前が似てる通り、大宝守輝星が守り、大砦攻紫月が攻めで多大な功績を挙げたら貰える勲章だそうだ。
なんて言うか、勲章のバーゲンセールだな。
ちなみに、これは飽くまで勲章についての話で、褒賞についてはまた別なんだけど、今回も功績が大きすぎるからって、規定があるトロルロード討伐の褒賞金以外の褒賞は、やっぱり保留中。
そのうちまた、俺のためだけに、褒賞決定会議が開かれるんだろうな。
「いいではありませんか。それ程の活躍をされて、功績を挙げられた証なのですから」
「うむ。それに、こう言ってはなんだが、エメルのためだけではない。近年の我が国は、勲章を与えられるような功績を挙げた者がほとんどいなかったからな。そこで、エメルばかりに勲章を幾つも与えるのはどうなのかと、一部の者達が煩くてな」
「他人を羨む前に、自らが功績を打ち立てる事こそが肝要でしょうに」
まあ、フィーナ姫の言う通りだよね。
でもそれで、やいやい言われるのも、確かに面白くない。
「だから、エメルの勲章の価値を下げてしまうことにもなるが、やはり他にもある程度功績を挙げた者達にも勲章を与えるべきだろうとなってな」
どうやらそれで、将軍や軍務大臣、そしてクラウレッツ公爵に大宝守輝星一等勲章を、グルンバルドン公爵に大塞攻紫月一等勲章を贈ったそうだ。
他にも、王室派やクラウレッツ公爵派の貴族や騎士、王城守備隊で特に活躍したって人達に、大宝守輝星二等勲章から五等勲章を。
グルンバルドン公爵派の貴族や騎士で特に活躍したって人達に、大塞攻紫月二等勲章から五等勲章を。
反乱の首謀者のデルイット伯爵一派や、アーグラムン公爵とゲーオルカとその一派を捕らえた部隊の兵や、俺達に同行した近衛騎士達に、騎剣二等勲章を贈ったそうだ。
勲章の大盤振る舞いだけど、トロルとの戦争に、二つの派閥の貴族達の反乱って、国家存亡の危機が立て続けに起こったわけだから、それを乗り越えて平和を勝ち取る事に尽力した人達には、相応の名誉が与えられて然るべき、ってわけだ。
他にも、勲章こそ与えられなかったけど、褒賞金がかなり出たらしい。
王家としても、今回の色々を踏まえて気前のいいところを見せておきたいだろうし、取り戻しつつある権威を示す意味でも、すごくいいんじゃないかな。
「俺は全然構わないですよ。俺一人だけで、しかも七つも勲章だなんて、悪目立ちしすぎですしね。それに、価値が下がるって言うか、貰いすぎでおつりが出ますよ」
「悪目立ちだなんて、そんなことはありません。勲章を贈られた者達は周囲から大変羨まれているようですし、特に貴族達にとっては、他の貴族達に差を付ける特別で分かりやすいステータスになっています。だからこそ多くの勲章を勝ち取ったエメル様は、今や羨望の的なのですよ」
それが悪目立ちってことじゃないかなって思うけど、フィーナ姫が自分の事みたいに誇らしそうで、そう思って貰えるのがすごく嬉しいから、そういうことにしとこうかな。
「残念なのは、あと一つ、そなたに贈る勲章があるのだが、それが今回間に合わなかったことだな」
「えっ!? 俺まだ勲章貰えるんですか!?」
「うむ。トロルどもが賠償を払ったら、ガンドラルド王国に奪われた領土を全て取り戻し、奴隷とされた民を解放し取り戻す事が出来るのだ。我が国の歴史に残る快挙となるのは間違いない。その交渉を執り行ったそなたに勲章を贈らずしてどうする」
「ええっ!? でもそれって、実際に交渉するのは外務省の役人ですよね? そっちに与えるべきでは?」
「もちろん、その者達にも与える。しかし、そなたが真っ先に交渉のテーブルに着いて、トロルロードに交渉すると条件を呑ませなければ、役人達の出番はなかったのだ。そなたが受け取らねば、役人達にも与えられぬ」
「うっ、それは確かに……」
「それに、エメル様のおかげで、すぐにまた大きな戦争が起きることは恐らくないでしょう。戦働きで勲章が与えられる機会がなくなります。それに今回与えられた勲章は戦争での功績に関する物がほとんどです。ですから平和に貢献したことで勲章を与えることで、バランスを取る必要もありますし、これからは平和的、そして文化的な活動でも勲章が与えられると知らしめるためにも、エメル様には是非受け取って戴きたいのです」
そう言われちゃったら、受け取らないわけにはいかないよなぁ。
「分かりました。七つも八つも、もう変わらないですしね」
「ふふっ、そうですね」
フィーナ姫が可笑しそうに笑う。
その笑顔を見てるだけで、改めて、フィーナ姫の心が壊れてしまう前に助けられて良かったって、しみじみ思うよ。
「皆様、そろそろお時間でございます」
ノックして入室してきた侍従長に言われて、俺達三人は頷き合う。
「では姉上、エメルも、そろそろ行くとしましょう、戦勝パレードに」




