171 反撃開始
「聞け、全ての兵士、そして王都の民よ!」
ウォータースクリーンとビデオ・ディストリビューションで、アイゼ様の姿と声を王城と王都にいる者達全て、そして、王都の北側に布陣する敵と、そこからさらに北に布陣する王国軍全てに届ける。
「王都は今、反旗を翻した逆賊、アーグラムン公とそれに与する貴族達により、暴力によって奪われんとしている。アーグラムン公は独善的な権力欲に溺れ、不遜にも王位を簒奪せんと王家に牙を剥いたのだ。そして、意に従わぬ者達は、貴族であろうと、民であろうと、武力により弾圧し従えようとしている」
アイゼ様は今、軍部の建物の前で、レドの背に乗って十数メートルの高みより見下ろしていた。
塔に幽閉されてたはずのアイゼ様がそこにいることに、軍部の建物を離れて包囲してる敵の部隊が動揺してざわめいてる。
そして同様のざわめきは、王城のあちこちでも上がっていた。
ちなみに、疲れてボサボサのままじゃ格好が付かないんで、フィーナ姫にしたようにユニに頼んで回復して貰って、綺麗にリフレッシュ済みだ。
「『力』を持つ者が上に立ち、民がそれに従う。力が正義で弱肉強食がこの世の理である以上、強者が至尊の冠を頂くことに否やはない。しかし、強者がその座に就こうと言うのであれば、従える弱者を守ることもまた、強者の務めではないだろうか」
訴えかけるアイゼ様の声が、一気に非難する色を帯びた。
「しかし、翻って考えてみよ。アーグラムン公はその務めを果たしたか? トロルが侵攻してきて王都を襲ったときも、王都が陥落したときも、アーグラムン公は兵の一人、パンの一つも出さなかった。そう、王都と王都の民を見捨てたのだ。そして再び王都が襲われたときも、三度トロルどもが侵攻してきたときも、この国を、民を見捨てて動かなかった。それは何故か? 王都が荒れ、王家が力を失うのを待ち、ただ自らが至尊の冠を奪いその座に就くことしか考えていなかったからだ。トロルとの戦争の最中、外敵を排するどころか背後から味方を討つ、このように独善的で民を顧みない者を王として頂くことを、諸君は認めることが出来るか!?」
王城のあちこちから、そして王都の各所から、アーグラムン公爵を否定するブーイングが上がる。
これに対抗して、アーグラムン公爵派の兵達からもアイゼを非難するような声が上がって、王城も王都も騒然となった。
「私はそのような者を断じて認めることは出来ぬ! ただ闇雲に権力を欲し、それを振るうことしか考えぬ者が王になれば、国が滅びるのは目に見えているからだ! 兵よ、民よ、今一度考えてみよ。この国に、そしてそなた達に、平和と安寧をもたらすことが出来る者が果たして誰なのかを!」
アイゼ様は一度言葉を切ると、一転して笑顔で誇り高く声を張り上げる。
「トロルの再来のごとき振る舞いをするアーグラムン公の弾圧に苦しむ者達よ、諸君に私は喜びを以て一つの報告をしよう。それは――」
画面が引いて、アイゼ様の隣に俺が映し出される。
「――私が最も信頼する臣下、我らが救国の英雄、メイワード男爵エメル・ゼイガーが我らを救わんと、戦地より舞い戻ってきてくれたのだ!」
途端に、王城と王都から歓声が上がった。
ちょっと照れるけど、精一杯英雄っぽく凛々しい表情を作って、軽く手を振る。
「しかもエメルは救国の英雄の名に相応しい素晴らしい働きを見せてくれた。トロルどもの第三次侵攻部隊を国境で退け、さらには逆侵攻を仕掛け、ガンドラルド王国を降伏させたのだ! この文書こそ、トロルロードが降伏を認め、賠償に応じた証である!」
アイゼ様が、アイゼ様とトロルロードのサインが入った不戦条約の文書を高々と掲げ、それを画面がアップで捉える。
途端に敵も味方も関係なく、大きなどよめきが上がった。
画面は再びアイゼ様と俺に戻る。
「今一度、諸君に喜びを以て伝えよう。もはやトロルに脅える必要はない、眠れぬ夜を過ごす必要もない。我が王家の命を受けた救国の英雄エメルの働きにより、トロルどもとの戦争は終わった! 我が国の大勝利だ!」
これには、敵も味方も関係なく、大歓声が上がる。
トロルの脅威は去った。
いつまたトロルどもが攻めてくるかと、もう脅える必要はない。
そして殺された者達の仇を討ち、雪辱を果たしたんだ。
誰もが笑顔で、歓呼する。
「「「「「王子様万歳! 王女様万歳! 救国の英雄エメル万歳!」」」」」
そんな声が、王都中から聞こえてきた。
しばしそれら歓呼を笑顔で受け、アイゼ様は静まるように軽く手を挙げる。
「しかし、トロルとの戦争が終わっても、平和は未だに遠い。トロルの再来のごとき振る舞いをする逆賊アーグラムン公を討たなければ、この国に真の平和は訪れないのだ! 兵よ、民よ立て! 私に、救国の英雄エメルに続け! 自らの手で逆賊を排し、真の平和を勝ち取るのだ!」
「「「「「おおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーー!!!」」」」」
「反撃、開始せよ!!」
アイゼ様の号令に、こちらの兵達が鬨の声を上げて反撃に出る。
王城の各所で踏ん張ってた残り少ない王城守備隊も、これに呼応してそれぞれ動き出したようだ。
そして、王都でも。
対して、敵は真っ青だった。
王家は『力』を示した。
ガンドラルド王国へ逆侵攻しトロルを降伏させると言う、アーグラムン公爵には到底不可能な『力』を。
王太子たるアイゼ様に逆賊と公に認定された今、彼らの大義名分は崩れ去った。
士気高く、前線を押し上げていく、こちらの兵士達。
数に勝っても、士気が落ちてその勢いを止められない敵の兵士達。
この状況を覆すことは容易じゃないだろう。
ウォータースクリーンとビデオ・ディストリビューションを終了して、アイゼ様の隣に並ぶ。
「じゃあアイゼ様」
「うむ、私達も動くとしよう」
エンが護衛を兼ねて同行した王室派の領兵達が、武装解除されて兵舎に軟禁されてる近衛騎士達をまず解放して、そのままエンと近衛騎士団と共にフィーナ姫が眠る館まで急行して館周辺の安全を確保する。
そしてフィーナ姫達のことはその兵士達と近衛騎士団に任せて、サーペとデーモと共に、エンが俺達の所に合流する予定だ。
その間、キリには情報収集のため、王都中を飛び回って貰う。
キリ、エン達がそう動いてる一方で、俺とアイゼ様とエレーナに、クラウレッツ公爵派から、パティーナの実家リエッド男爵、リリアナの実家レッケレッツ男爵、その両男爵と領軍が同行。
俺の家代わりの館へと向かい、侍女やメイド達を人質として軟禁してる騎士や兵士達を、速攻で殲滅、捕縛した。
「おおパティーナ、よくぞ無事だった!」
「お父様!」
強く抱き合うリエッド男爵とパティーナ。
「リリアナ怪我はないか!? 無茶はしておらんだろうな!?」
「父上、自分は何も出来ませんでした……とても不甲斐なく……」
そして親子と言うより上官と励まされる部下っぽい、レッケレッツ男爵とリリアナ。
パティーナとリリアナを人質に取られて、寝返るよう脅されてたって言うから、無事に助け出せて何よりだ。
そしてパティーナとリリアナも、自分達が人質のせいで、父親が王家を裏切ったら戦局がどれほど悪化するか、そのプレッシャーがきつかったと思う。
後で、ちゃんと労ってやらないとな。
そんな親子の再会が一区切り付くのを待って、メリザが侍女とメイド、そして護衛達を整列させた。
「殿下、ご無事で何よりでした。そして私どもを救い出して戴きありがとうございました。殿下のお手を煩わせてしまい申し訳ありません」
メリザと整列した全員がアイゼ様に深々と頭を下げる。
二日も軟禁されてたはずなのに、それを感じさせないしっかりとした立ち居振る舞いは、さすがとしか言い様がないな。
「うむ。臣下を守ることも私の務めだ、そのようなこと気にしなくて良い」
「寛大なお心遣い、感謝いたします」
メリザ達はもう一度深々と頭を下げると、今度は俺に向き直って深々と頭を下げた。
「エメル様も無事のご帰還、そしてトロルとの戦争の勝利、お慶び申し上げます」
「うん、ただいま。それと、みんなありがとう。悪かったな、みんな大変だっただろう?」
「わたし達は人質としての価値がありましたから、軟禁されていただけで、誰も無体な真似はされませんでしたのでご安心下さい」
「そうか、よかった」
助け出された全員を見回す。
派閥も思惑も色々だけど、一応雇用主として、みんな無事でほっとしたよ。
で……。
「なんでお前がここにいますの!? エレーナ、あなたご自分の役割を果たしませんでしたの!?」
捕縛した隊長格の騎士と一緒に、縄で巻かれて捕縛されてるサランダ。
ついでにメイドが一人。
「この者達は、立て籠もる館に敵兵を手引きして侵入させたのです」
メリザにきつくジロリと睨まれて、サランダが喉を引きつらせて黙り、メイドが震え上がる。
そんなサランダの前にエレーナが進み出た。
それが、エレーナのお願いの一つだ。
「私は、自分の役割を果たそうとした。男爵様の隙を突いて、多分、これ以上ないタイミングで暗殺しようとした」
「エレーナさんなんてことを……!」
「やはり貴様、お館様に同行したのはそれが狙いだったか!」
パティーナが真っ青になって、リリアナが詰め寄ろうとするけど、大丈夫だったからって二人を手で制する。
「それで失敗するなど、ざまぁありませんわね」
「うん、でも男爵様を暗殺しようなんて、私程度じゃとても無理……ううん、きっと誰にも不可能だと思う。男爵様がどんなにすごかったか、他のみんなも聞いて欲しい」
エレーナはサランダだけじゃなくて、怒ってるパティーナとリリアナはもちろん、アイジェーンなんかの他の派閥の侍女やメイド達を見回して、みんなに向けて語り出す。
第三次侵攻部隊迎撃作戦で初めて見たトロルとトロルロードがどれほどの脅威だったのか、俺がいかにトロルの主力部隊を蹂躙したか、そして自分がその光景にどれほどの恐怖を覚え、俺を殺そうとして失敗したのかを。
あまり表情筋が仕事をしないエレーナの、淡々と事実を告げるその口ぶりは、興奮気味に誇張して身振り手振りを交えながら話して聞かせるよりも、よっぽど真に迫ってて、最初は全然信じようとせずに話半分以下で聞いてたサランダも、いつしか話に引き込まれて黙って聞きながら、時折生唾を飲み込んでいた。
「だから、男爵様と戦っても勝てない。アーグラムン公爵にもう勝ち目はない。反乱は絶対に失敗する」
「エレーナ、あなたアーグラムン公爵を裏切るつもりですの!?」
「……うん」
「エレーナ!?」
躊躇いながらも頷いたエレーナに、サランダが悲鳴を上げるように驚いて、他の派閥の侍女達も、大きくどよめいた。




