162 簒奪者による謁見
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アーグラムン公爵は謁見の間へと入る。
壇上へと上がり玉座の前に立つと、その玉座を愉悦の表情を浮かべて眺めた。
「喜べ、じきにこの儂が座ってやるぞ。この国を治めるべき、本当に優れた『力』を持つ王たるこの儂がな」
玉座に座れるのは王だけである。
どれだけ自分の中で自身が王位に就くことが確定事項であっても、未だ正式に王位を継承していない以上、玉座に腰を下ろす真似はしなかった。
名残惜しく思いながら振り返り、改めて玉座の前に立つ。
「連れて来い」
すでに王になった気分で、アーグラムン公爵は配下の騎士達に命ずる。
騎士達はアーグラムン公爵の望む通り、王の謁見を行うように格式張り、謁見の間の扉を開いた。
そうして入って来たのは、アイゼスオートだった。
縛られるなど拘束こそされていないが、左右を騎士に固められ、まるで罪人が引っ立てられてきたかのようである。
アイゼスオートは身分として、地位として、当然の主張をするため、壇上へ上がろうとする。
しかし、左右の騎士がそれを許さなかった。
鞘から抜かれることはなかったが、交差された剣が行く手を阻む。
丸腰のアイゼスオートは嫌でも一度足を止めなくてはならなかった。
「無礼な、下がれ!」
可能な限りの威厳を込めて命ずるが、左右の騎士はそれに応じない。
「恐れながら殿下。今のご自身のお立場をお考え下さい」
口調こそ丁寧だが、騎士達がアイゼスオートを侮り軽んじているのは、声音から明白だった。
玉座からの距離で、遠ければ遠いほど身分や立場が下として扱われる。
アイゼスオートは最も玉座に近い位置まで歩みを進めることを許されたが、とてもではないが臣下の公爵が王太子に対して取るべき態度ではない。
「ご無沙汰しておりましたな、殿下」
玉座の前、壇上からアイゼスオートを見下ろして、アーグラムン公爵は歪んだ笑みを浮かべる。
言葉遣いこそ臣下のそれであるが、心持ちは老王と罪人の末裔の少年だ。
無能でありながら、ただ早く生まれたと言うだけで玉座に居座り続け、有能な自分を下に見て頭を押さえ続けた、それが自身の兄王とその末裔であるアイゼスオートの罪状だった。
当然、アーグラムン公爵にも王位継承権はあるが、その順位はかなり低く、アイゼスオートを押し退けて王位に就く正当性はない。
しかし、その理屈に従うつもりがあれば、端から武力による簒奪など行ったりはしない。
アイゼスオートは王太子としての矜持を胸に、そんな傲慢な簒奪者を睨み付ける。
「今すぐその場から降りよ、不遜だぞアーグラムン公」
「この世は、力が正義で弱肉強食。『力』を持つ者が君臨し、『力』を持たぬ者は全てを失い引きずり下ろされる。であれば、今この立ち位置こそが、真に正しき『力』関係と言えましょう」
「戯れ言を」
「どのように仰ろうとも構いませんが、事実、儂はここに立ち、殿下はそこに立っている。それが全てですな」
聞き分けのない子供を、理不尽な現実を突きつけて大人が従わせるように、アーグラムン公爵は朗々と語り続ける。
「トロルに破れ、数多の兵を失い、多くの貴族家は元より、民からも王家は見放されている。そのような『力』なき王家がいつまでものさばっていては、いずれ国は滅びる。であれば、『力』なき王家を打倒し臣民をまとめ上げることこそが、真に王位に就くべき者の選ぶべき道でしょう」
さらに、いかに自分が優れているか、王位に就くべきかを語り、王城と王都を制圧するに際して、王城の使用人も主立った王都市民も、抵抗することなく大人しく従ったことを根拠に、臣民にどれほど自分が望まれているのかを滔々と語る。
「ふっ……」
悦に入り、いかに自分が創造神に愛され選ばれた人間なのかを語り始めたところで、アイゼスオートは思わず失笑を漏らしてしまっていた。
「……何が可笑しいのですかな」
それを聞き咎めたアーグラムン公爵が、気持ちよく語っていたそれを途切れさせ、不愉快そうにアイゼスオートを睨む。
しかし、それに怯むことなくアイゼスオートは胸を張り見上げた。
「これがエメルの言っていた老害と言うものか」
初めて聞く言葉だったが、アーグラムン公爵はニュアンスからほぼ正しくその言葉の意味を理解し、蔑む瞳に怒りの色が混じる。
「そなたはどうやら、見たい物だけを見て、聞きたい事だけを聞いて、自らの妄想の中に閉じこもり生きているようだな」
その言い草は、まさにエメルが無礼な貴族達相手に言っているようなものばかりで、良くも悪くもエメルからの影響を多分に受けていると言えた。
その自覚はまだなく、アイゼスオートは言葉を続ける。
「そなたも本当は理解しているはずだ。そなたが敢えて遅刻してその結果目論見を果たす事が出来なかった、あの第二次王都防衛戦。そなたはあれを自身の目で見るべきだった。その後、情報を集めたのだろう? しかし、自身の常識に合わぬからと、偽りと、張り子と決めつけ、自身の都合のいいように事実をねじ曲げることで納得した。だからこそこのような暴挙に出たのだろうが……それは、そなたの身を滅ぼす愚行となったのだ。その事実から目を逸らし、悦に入って自身に都合の良い妄想を垂れ流すなど、それを老害と呼ばずしてなんと言う。そなたは道を誤ったのだ」
アーグラムン公爵は面食らい、すぐに言葉が出てこなかった。
いつの間にこのような達者なことを言うようになったのか。
王都陥落前、たった半年前は、このような反論を口にすることも出来ず、言われるままに俯き黙ってしまう、他者の悪意に弱いお花畑な少年でしかなかったと言うのに、と。
「使用人が、王都市民が、大人しく従った? そなたを望んでいるから? まさに現実が見えていない戯れ言だ。使用人も民達も、トロルに王都と王城を奪われ学んだのだ。侵略者に抗う『力』を持たぬまま抗ったとしても、無駄に殺されるだけだと。その場は大人しく従い、生き長らえる方が賢いと」
「だからなんだと言う。強者に従うは弱者の生きる知恵であり、なんら不思議はない」
その反論を、アイゼスオートは一笑に付す。
「だからそなたは何も見えておらぬと言うのだ。使用人も民達も、その目で確かめたからこそ知っている。真の強者が誰であるかと言うことを。トロルを屠り、ガンドラルド王国を下した真の強者たる救国の英雄が、すぐに王都へ戻り自分達を救い、平和を取り戻してくれると信じているからこそ、ほんの一時耐え忍べば良いと、そう考えているに過ぎぬのだ」
それを聞いて、今度はアーグラムン公爵が高笑いし、一笑に付す。
「残念ですが殿下、それは無駄ですな。張り子の英雄がどれほどの強者であろうと、戻ってくることはないのですから。あの成り上がり者は、今ごろどこぞで冷たい骸を晒していることでしょう」
「ふっ、そなたこと全く分かっておらぬな。あの者が、あの者の精霊達が、ちゃちな小細工程度の暗殺で倒れることなど決してあり得ぬし、それを許しもせぬ」
アイゼスオートは真実を知らない。
何者かが城内へ侵入した形跡がエメルの周辺に残っていた、と言う報告を幾度か諜報部から受けたのみである。
しかし、その侵入者の足跡は途絶え、何かを成した形跡もない。
そして、当事者であるだろうエメルが何も知らない。
さらに言えば、それと前後して王都の裏社会で蠢く犯罪組織が五つ壊滅して消え去り、その後、他の犯罪組織の暗躍の報告はなく、同時に城内への侵入者も途絶えた。
状況証拠はそれだけで十分だろう。
消去法で、何者がその侵入者をどうしたのかが見えてくる。
しかもエメルは、アーグラムン公爵が手を回して雇わせただろうエレーナの目的を見抜いていた。
その状況でエメルが容易く暗殺されるなど、考えられないことである。
ただ、もしかして、万が一……そのような不安が、エメルの無事な顔を見るまではどうしても拭えないが、今はそれをおくびにも出さない。
「あの者が、エメルが戻って来たとき、それがそなたの野望と命運が尽きるときだ。これだけの騒ぎを起こした以上、そなたの極刑は免れ得ぬ。今更悔い改め、その場より下り私の前で膝をつこうと、もはや手遅れだ。そして、その気もないのであろう? であれば、精々残り数日の天下を謳歌するといい」
「っ……その者を連れて行け! 今すぐ塔へ放り込んでおけ!」
アーグラムン公爵が怒りと共に言い放つと、騎士達は引っ立てるようにアイゼスオートを連れて謁見の間を出て行った。
アイゼスオートはその場を去る間も、そして塔へ放り込まれるまでの間も、王太子として毅然とした振る舞いを崩さなかった。
エメルの帰還を、アーグラムン公爵の破滅を信じる強い光を湛えた瞳は、ただの一度も逸らされることなく、不安に曇ることもなかった。
それを苛立ちと共に見送り、アーグラムン公爵は怒りを飲み込み、大きく息を吐き出す。
思わぬ反論に、つい心を乱されてしまったが、自身が優位であり、玉座に手をかけた事実は変わらなかった。
アイゼスオートが持ち出した国璽も手に入れ、戴冠のための準備も進めている。
現王家の罪を捏造し、王族を処刑するための準備も進行中だった。
しかし、と考える。
万が一、本当に暗殺が失敗しエメルが戻ってくるようなことがあれば、処刑するよりも人質として生かしたまま利用し、エメルを従わせるのが得策だ。
生涯、その身柄を解放することはないが、エメルの酔狂な願いを叶え、特例で法的にも認められたアイゼスオートとの結婚を許し恩を売ってやれば、操ることも可能だろう。
なんなら不遜な望み通り傷物姫も同時に与えてやっても構わない、と。
そこまで考えて、落ち着きを取り戻す。
「この儂が玉座を手に入れ、この国の王として君臨する事実はもはや動かん」




