153 反乱軍壊滅
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「クソ、何故だ!? 何故、王国軍が来ている!?」
デルイット伯爵スカイグ・リンガムは天幕の外にまで声が響くのもお構いなしに、ヒステリックな声を張り上げた。
「伯爵、これは一体どういうことですか!?」
「伯爵の秘策で、王国軍は絶対に動けない状況にあったのでは!?」
「ワシに聞くな! そもそも――」
同行した貴族達が騒然となる中、スカイグは怒鳴りつけようとして、はたと気付く。
「――謀ったなアーグラムン公爵め!」
血管が切れるのではないかと思うほどに、怒りで真っ赤になって、スカイグは手近にあったワインボトルを掴むと、敷物が汚れるのにも構わず足下に叩き付ける。
砕けたワインボトルの音に、天幕の前で見張りをしていた兵が何事かと天幕を覗き込み、怒り心頭のスカイグを見て、とばっちりを避けるように何も見なかったことにして顔を引っ込め見張りに戻った。
「どうするんだ親父!?」
「どうもこうもあるか! 何をぼさっとしている!? さっさと迎撃準備をしろ!」
スカイグは口から唾を飛ばしながら地団駄を踏み、戸惑う貴族達に当たり散らして天幕から追い立てる。
外からようやく迎撃の準備を始めた声が聞こえてくると、力一杯腕を払ってワイングラスを弾き飛ばした。
「なんてグズな連中だ! 王国軍が来ていると知ったなら、ワシに言われずとも迎撃準備をすべきだろう! 勝つつもりがないのか!?」
それは、理不尽な怒りだった。
反乱軍の総司令官はスカイグなのだ。
スカイグは始めから、自分の邪魔をする王国軍を叩き潰し、まんまと騙してくれたアーグラムン公爵を返す刀で叩き切るつもりでいたが、他の者達はそうではない。
戦うのか、一旦退くのか、勝手な判断で兵を動かすことは出来ないのだから。
すぐさまアーグラムン公爵に騙されたことに思い当たったように、謀に関してはそこそこ知恵が回るが、兵を率いるのは今回が初めてであり、用兵はおろか指揮系統すら全く分かっていなかった。
それでも前線に出てきたのは、派閥の貴族達が自分を出し抜いて農政改革の事業や知識を独占しないよう、目を光らせるためだ。
だから兵士達も、部下や侍女のように自分の考えを先回りして実行し、求める物をすぐさま自分に献上すべきだと、完全に思い違いをしていた。
そして、兵数に劣り、先手を取られて不利な状況にあり、すぐさま撤退して仕切り直すべきところを、無根拠な自信で、自分なら絶対に勝つ、勝って当然、自分の思うとおりにいかないことがこの世にあってはならない、そう思い込んでいたのだ。
この時点で、すでに反乱軍の命運は尽きていたのである。
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「まるでド素人だな……」
戦場の地図に配置された敵味方の駒を見て、つい漏らしてしまった俺の呆れに、幹部達も同意見だったようだ。
「多数の敵を相手に、寡兵で本陣を中心に縮こまって守りを固めたのを見た時は、何かの罠ではと疑ったものですが……」
「将軍の仰る通り、どうやらド素人だっただけのようですな」
兵数が少ないのに、兵数が多い敵を相手に、逃げずに一箇所に集まって守りを固めるのは、援軍の当てや他の策と組み合わせて逆転の目があるのなら、それもいいだろう。
もしくは、エメル殿程の、とはいかなくとも、兵数の不利を覆せるだけの戦力を保持しているならまだしもだ。
そのような策もなく援軍の当てもなければ、包囲殲滅されるだけだと言うのに。
だから偵察兵から会敵の報を受けた後、すぐさま撤退して態勢を立て直すのが一番なのだ。戦端が開かれてから撤退するのは困難を極めるのだから。
しかし、敵の指揮官は敵を叩き潰すことしか考えていない猪だったのだろう。
もちろん、逃げられれば時間も手間も掛かるので、短期決戦を狙っているこちらとしては、敵がド素人で愚かだったのはありがたい話だが。
「将軍、被害は出ていますが敵の兵数に比べれば非常に軽微です。敵の士気は目に見えて落ちてきており、このまま一気に押し切れるでしょう」
「ふむ、それなら予備兵力も投入してしまえ。そいつらにも活躍の場と、実戦の空気を味わわせてやろう。秘策とやらがどうにも気になるからな、早期に決着を付けるに越したことはない」
予備兵力は主に新兵を中心に、経験の浅い兵達が多かったから、無理に投入して怪我をさせるよりも、見学するだけでも違うだろうと控えさせていたが。
そんな気遣いなど無用なほど、一方的な展開だな。
◆◆◆
「クソ、役立たずどもめ! さっさと敵を殲滅してしまえ!」
「しかしブライグ殿、王国軍の方が数が多く、しかも包囲されてしまっています。この状況を打開する何か策が必要です」
「単に目の前の敵を倒して数を減らせば済む話だろうが! 何故それが出来ない! ちゃんと俺様の役に立ってみせろ無能どもが!」
こいつは駄目だ。
そんな空気が同行した貴族達の間に広がる。
自分達より兵数が多い敵を相手に、倒せと言われて倒して勝てるのであれば、そんな楽な戦はない。
しかも、兵達の練度も相手が上で、無策に挑んで勝てる相手ではないのだ。
今更降伏したところで、反逆罪で極刑は免れ得ない。
「死にたくなければ死に物狂いで戦い敵を殺せ! ワシらには後がないのだぞ!?」
逃げようにも周囲は完全に包囲されてしまっていて、逃げ出すことも不可能だった。
何故こんなことになってしまったのかと、貴族達はデルイット伯爵の甘言に乗って反乱を起こしたことを後悔していた。
これまで散々、スカイグとブライグをおだて、調子に乗らせて、中身の伴わないプライドだけを肥大化させてきた、自分達の愚かな行為に思い至ることもなく。
そして、今も無駄に命を落としている自軍の兵達の事を慮ることもなく。
◆◆
「そうか、ようやく降伏する兵が出てきたか」
「はっ。どうやら司令部からは徹底抗戦の指示が……と言うよりも、ヒステリックな叫び声が飛んでいるようですが、もはや統率も取れず、勝手に降伏を始めているようです」
「思った以上にお粗末だったな」
この手の野戦を行う場合、策を弄し、お互いが兵の損耗を気にしながら戦えば、決着が付くまで優に二日や三日は掛かるものだ。
しかし今回はこちらが早期決着を急いでいたことと、敵が自軍の損耗を無視した上に無策であったため、およそ半日程で決着が付きそうだ。
もっとマシな指揮官はいなかったのか。
この程度の『力』で反乱など起こすな。
あれこれ言いたいことが喉元までせり上がってくるが、今この場でそれを言うのは、いささか不謹慎だろう。
敵は王家に反逆した逆賊なのだ。
毅然とした態度で対応しなくてはならない。
それから程なくして、報告が入る。
「敵の指揮官を捕らえました」
「分かった。引っ立ててこい」
そうして引っ立ててこられたのは、ぶくぶくと不健康に太った二人の男と、数名の貴族や貴族家の嫡男達だった。
「何故お前達がここにいる!? 王都に釘付けにされているのではなかったのか!?」
ぶくぶくと不健康に太った二人の男のうち、見覚えのない顔の方が自分の立場も弁えず、ヒステリックに叫ぶ。
他の貴族や嫡男達は、もはや疲れ切ったように俯いていた。
「デルイット伯爵、貴殿が総司令官でいいんだな」
見覚えのある顔の方、デルイット伯爵へと問い質す。
しかしデルイット伯爵が答えるより先に、もう一人の男の方がわめき散らした。
「この俺様を誰だと思っている!? デルイット伯爵家嫡男、ブライグ・リンガム様だぞ!? 分かったならこの縄をほどけ! さっさと俺様の質問に答えろ!」
「デルイット伯爵家の程度が知れるな。おい」
「はっ」
「将軍の前で無礼だぞ! 控えろ、たかが伯爵家の嫡男風情が!」
側に控えていた騎士が鞘に収まったままの剣で、ぶよぶよに突き出た腹を殴打する。
「ぐはっ!?」
縛られているせいで腹を庇うことも出来ず、うずくまったブライグ・リンガムに、騎士達が左右から肩を押さえ込んで膝を付かせ、髪を掴んで顔を上げさせる。
「調子に乗るな若造」
怒気を孕んだ声で静かに叱りつけてやると、途端に身震いして挙動不審になり目を泳がせ始める。
まったく、あまりにも小者過ぎて、怒りを通り越して呆れるばかりだ。
同じふてぶてしい態度を取るにしても、エメル殿の方がよほど小気味よい。
「いいか若造、よく考えて態度を弁えろ。でなければ、貴様が兵を使い領民にしてきた仕打ち以上の目に遭うと思え」
ブライグはさらにビクリと身を震わせて縮こまる。
馬鹿が大人しくなったところで、改めてデルイット伯爵へと向き直る。
「反乱軍の首謀者は、デルイット伯爵、貴殿で間違いないな」
「反乱? これは異な事を言う。ワシらはトロルの進軍に際し、後方の守りを固めるため、王家のために馳せ参じたと言うのに。それをこのような仕打ち。将軍こそ、どのような了見か」
この期に及んで、往生際の悪いことだ。
「貴殿が知らぬわけがないだろう。王家の直轄地に勝手に軍を率いて侵入し、あまつさえ村を占拠した挙げ句、王家主導の事業における職員を拘束せんとし、領民に暴力を振るい危害を加え、王国軍に対して戦闘を仕掛けた。言い逃れのしようがない国家反逆罪だ」
「…………」
「は、反乱などではない! デルイット伯爵家に従わないあの愚かな平民に身の程を教えてやろうという――」
「余計な事は言うな!」
「――ぐはっ!?」
再び鞘に収まったままの剣で、ぶよぶよに突き出た腹を殴打されて、ブライグが涙目になる。
普段から相当に甘やかされ、おだてられ、我が侭放題にしてきた、典型的な馬鹿息子のようだな。
対して、デルイット伯爵は口をつぐむ。
「認めなければ、国家反逆罪に問えないなどと思うなよ」
だんまりを決め込むのなら、聞く相手を変えるだけだ。
馬鹿息子のブライグの前に立つ。
「デルイット伯爵の秘策により、我らが王都に釘付けになっているはずだそうだな。その秘策とはなんだ」
反乱軍と呼ばれ殴られたのがよほど腹に据えかねるようだが、もう殴られたくない気持ちの方が大きいようで、渋々と口を開く。
「……俺様達の進軍に先んじて、アーグラムン公爵が王都に攻め入る算段だったのだ」
「なんだと!?」
天幕の中が騒然となる。
当然だ。
第一次王都防衛戦、第二次王都防衛戦、第三次侵攻部隊迎撃戦、いずれにも兵を出さずに温存し、今最も兵力を保持しているアーグラムン公爵が、反乱を起こして王位を簒奪せんと王都に攻め入るなど!
考えるまでもなく、全てが繋がる。
トロルどもが攻めてきたこのタイミング。
エメル殿の暗殺。
デルイット伯爵の反乱。
この反乱軍を囮にして、俺達王国軍を王都から遠ざけ、その隙に王都を……。
「急ぎ王都へ確認の早馬を出せ! 全軍に移動準備をさせろ! 大至急王都へ帰還する!」
「お待ち下さい将軍、じきに日が暮れます。昨日からの強行軍と続く戦闘で、兵達の体力も限界です。特に新兵達を休ませ、ケアをしなくては。負傷兵もおりますし、多数の捕虜もおります」
「くっ……!」
経験を積ませようと、新兵まで投入したのが仇になったか?
いや、そうでなければ、まだ決着は付いていなかった。
気付けば、天幕に差し込む日の光は茜色に染まってきている。
今から準備を整えても、進発は日が沈んでからになり、夜間行軍となるか……。
「では急ぎ兵達に野営の準備をさせ休ませろ! 負傷兵は置いていく! 主な捕虜は領都の守備隊に引き渡し取り調べをさせておけ! 残りの捕虜の騎士達は全てこの場で処断! 民兵の捕虜を護送する兵だけを残し、明朝動ける者達だけで急ぎ王都へ帰還する!」
「「「はっ!」」」
すぐさま全員が動き出し、俺の命令を伝達するため天幕の外で飛び出して行く。
「待て将軍!? 今一度冷静に話し合おう! そうだ、ワシに付け! 金か!? 女か!? 軍務大臣の地位か!? ワシが全てを手に入れた暁には、貴殿を取り立てて、男の栄華を約束してやろう!」
「俺様は悪くない! 親父とアーグラムン公爵にそそのかされ騙されただけだ! 助けてくれ! 他の奴らはどうなってもいい! 俺様だけは助けてくれ!!」
「ブライグ殿そんな!?」
「将軍、我らにこそ慈悲を! 我らはアーグラムン公爵のことなど知らなかった!」
「そうだ! 我らこそデルイット伯爵とブライグ殿にそそのかされ騙されたのだ!」
「黙れ貴様ら! このワシを売るつもりか!?」
どいつもこいつも……!
「そのわめくブタどもをさっさと連れて行け、目障りだ!」
「はっ!」
「将軍! 今ならまだ間に合う! 考え直せ! ワシに付けワシに――!」
「おい!? 待て! 俺様はデルイット伯爵家嫡男――!」
騎士達に引きずられながら天幕から連れ出されて、聞くに堪えないわめき声が遠ざかって行く。
色々言いたいことはあるが、今はそれどころではない。
一人でも馬を駆って戻りたい逸る気持ちを、無理矢理落ち着かせる。
「アイゼスオート殿下、フィーナシャイア殿下……」
どうかご無事でいて下さい……!




