150 反乱軍への対策
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「――報告は以上です、将軍」
軍議室で関係者全員に改めて報告を済ませ、俺に一礼する農地生産改良室の副室長グレッグ・バーザン。
直轄地の村がデルイット伯爵領軍に占領された。
その一報が入り、軍部は騒然となった。
その報告が間違いでない事は、次々と到着し同様の報告をする、先行して王都へ帰還したと言う農地生産改良室の職員によって証明された。
残りの職員達も追撃を逃れ、二十人全員が無事に帰還出来たのは不幸中の幸いだ。
その後、グレッグが職員全員から聞き取りを行い報告をまとめている間に、軍議室にイグルレッツ侯爵と軍の幹部達、クラウレッツ公爵、そしてデルイット伯爵の次男ナサイグ・リンガムなどの関係者を集め、そこで改めて報告して貰った。
「そうですか、父と兄はそこまでの暴挙に……皆様、父と兄が申し訳ありません」
ナサイグが苦い顔で恐縮し、この場の全員に頭を下げる。
彼からは事前に、デルイット伯爵が兵を集めているらしいこと、まず間違いなく横槍を入れてくるだろうことは聞いていた。
だから、まさか一気に占領に動く暴挙に出るとは、と言う驚きはあったが、寝耳に水で狼狽えるような話ではない。
そのために、事があれば動く算段も付けていた。
とはいえ、こう言ってはなんだが、側室が産んだ次男でなんの権限もない彼が頭を下げたところで、公的な効力は何も発揮しない。
不正の帳簿や犯罪の証拠などを提出してデルイット伯爵家を告発し、監査室の調査にも協力的で、その際、救国の英雄エメル殿の庇護を受ける立場になったと報告は受けているから、デルイット伯爵やその嫡男と同列に扱われ罪に問われることはない。
しかし、それでもデルイット伯爵家の者として、なんらかの罪には問われるだろう。
そのことは本人も覚悟しているのか神妙な態度で、あれこれ言い訳がましく無罪を主張するなどの、みっともない姿を晒さないのは潔い。
「デルイット伯の目的を考えれば、すぐに村人達をどうこうはしないだろう。貴重な情報源であり、替えのきかない労働力だからな」
イグルレッツ侯爵の言う通りだろう。
俺も賛同して頷くと、グレッグもナサイグも、小さく胸を撫で下ろす。
「それにしても、報告は受けていたが、まさか本気でこのタイミングで動くとはな。デルイット伯爵は王家に刃向かうどころか、我が国を滅ぼす気か」
「クラウレッツ公爵の仰る通りですな。王家は元より軍部になんの話も通さず、王家の直轄地へ軍を進めるなど、王家への反逆に他ならない。ましてやトロルとの我が国の存亡を賭けた決戦の最中とあれば、どのような言い訳を並べようと、死罪は免れ得ないでしょうな」
ナサイグからは、助命を請う言葉はなかった。
むしろそうすべきだと言わんばかりに頷く。
デルイット伯爵家の家庭の事情に首を突っ込むつもりはないから、それに対して何かを言うことはないが。
「それで将軍、すぐに動かせる部隊はどれほどだ?」
イグルレッツ侯爵の確認に、わずかに思案する。
「報告によると予想される兵力は最低でも二千……デルイット伯爵派はどの家も、その地位と領地の広さに比べて多すぎるほどの兵を抱えていて、軍縮の対象になっていましたからな。惜しみなく、可能な限りの兵を投入してくるでしょう。だとすると、多く見積もって三千と言うところでしょうか」
この予想に、ナサイグが賛同して頷く。
やはり、その程度の兵力は集められるようだ。
「であれば、最低でも四千は動かしたいところですな。しかし、現状、王都から四千も動かし守りを薄くするのは、さすがに厳しい」
「村を占領するのはおよそ二百程度。各個撃破が可能と考えれば、大部隊である必要はないのでは?」
考え込む俺に、グレッグが提言してくる。
平時であり、なおかつ直轄地の奪還に時間を掛けていいのであれば、倍の四百も動かせば、じっくり一つずつ取り戻していけるのだが。
「戦時中に後背から不意打ちし反乱を起こした者達を、じっくり時間を掛けて潰していくわけにはいかんのだ。やるからには一気に叩き潰さねば。呼応する貴族家が合流したり、別の地域で別の貴族家が蜂起したりしては、収拾が付かなくなる」
「なるほど……言われてみれば」
いくらエメル殿が頼りにしている右腕であっても、軍事には疎い元農水省の役人では、やはりそこまで考えが及ばなかったか。
いや、この評価は辛口で不適当か。
本来であれば、これが普通だろう。
エメル殿が賢すぎるのだ。
「エメル殿が戻れば、王都と両殿下の守りは任せて全軍を上げて鎮圧できるのだがな。作戦上、最短でも後五日か六日は戻らないだろう。何より、終戦へ向けてそちらに集中して貰いたい。と言っても、呼び戻したくとも今からでは到底連絡は付かないが」
国境ではすでに戦端が開かれている頃合いだろう。
早馬を走らせても、砦に到着する頃には、エメル殿はガンドラルド王国の王都にいるはずだ。
「何より、村人達の無事や、農政改革の機密を考えると、エメル殿が帰還するのを悠長に待つわけにもいくまい」
「そうですね……彼らがどのような方法で村人達から情報を引き出そうとするか。それがあまり酷い結果になると、他の領地で農政改革に賛同し協力してくれる村がなくなってしまいます」
「それは非常に不味いな。あれは王家の威信と、この国の未来を左右する最重要の事業だ。失敗したとあれば、騎士エメルの立場も悪くなるだろう」
イグルレッツ侯爵の言う通りだ。
やはり、無理をしてでも、大部隊を動かす必要がありそうだ。
「本音を言えば、エメル殿が失敗するとは思えませんから、王都の守りは不要で、どれだけ兵を動かそうと特に大きな問題はないとは思われます。しかし、だからと言って王都を無防備にするわけにはいきませんからな。やはり動かせる兵は、いいところ二千と言ったところでしょうか」
「それならば、わたくしの領軍がいる。殿下方に仇成す思い上がった反逆者どもを、わたくしの手で叩きのめしたいところだが、事は王家の直轄地のことであるからな。わたくしが出しゃばるわけにもいくまい。であれば、王都の守りは任せて貰いたい。将軍は王都の守りを気にすることなく、必要な分だけ兵を動かすといいだろう」
王家の直轄地を反逆した貴族家が占領したのだから、それを討伐するのは、王家の下に付く国軍でなければならない。
もし他の貴族家の領軍の力を頼ったとあっては、王家には反逆者を処断する力もないのかと舐められ、無用な貴族家の反乱を呼び込みかねない。
「そうですな。ここはクラウレッツ公爵のお言葉に甘えさせて戴きましょう」
後日、何かしら軍部からクラウレッツ公爵にこの借りを返さなければならないのが面倒ではあるが。
しかしクラウレッツ公爵は、愚直なまでに王家に忠誠を誓っているからな。
同じ王室派として信頼して王都と両殿下の守りを任せられるし、返礼もそれ程のものでなくてもいいだろう。
「では将軍、王国軍四千を動かすことを許可しよう」
「ありがとうございます閣下」
「しかし、基本方針はそれでいいとして、万が一の場合も想定しておく必要はある」
イグルレッツ侯爵の言う通り、万が一の最悪の場合の備えは必要だ。
「そうですな。あり得ない話ではありますが、万が一エメル殿が失敗し、主力部隊に突破されて王都へ攻め上がられては、ただでさえ今の兵力では対応しきれないのに、さらに兵がいない状況ではお手上げです」
「ならば将軍、どう考える?」
「そうですな……南方の偵察と連絡を密にして、いざ主力部隊が迫ってきているのを察知したら、潔く王都は放棄して軍を引き、両殿下はクラウレッツ公爵に委ねて領地へと戻って貰い、防備を固めて貰うというのはいかがですかな?」
王都の放棄という言葉に、イグルレッツ侯爵も幹部達も、グレッグもナサイグも、大きくどよめく。
そんな中で、クラウレッツ公爵だけが、わずかに眉を動かしただけだった。
「わたくしはそれでも構わないが、その場合、トロルどもはどうするつもりだ」
さすがは一度、王都陥落時にアイゼスオート殿下を保護し、奪還作戦を指揮していただけはある。
エメル殿が奪還したおかげでその作戦は発動しなかったが、それを言うのは意地の悪い評価だろうからな。
「その場合、反乱軍鎮圧に動いていた部隊は引いた軍と合流し、クラウレッツ公爵領へ向かったトロルの部隊を挟撃して殲滅に努めましょう」
王都を占領した部隊が各地へ侵攻すれば、王都から引いた軍をまとめて、侵攻部隊を各個撃破していけばいい。
その時、クラウレッツ公爵領軍とも挟撃し、包囲殲滅出来るのが理想だ。
「それでも対処が難しい場合は、トロルどもをアーグラムン公爵領へ誘導し、アーグラムン公爵を巻き込みましょう。その間に、両殿下にはクラウレッツ公爵と共に北のディーター侯爵領へ、最悪の場合は国境を越えて西のナード王国へと亡命して戴く他ないでしょうな」
イグルレッツ侯爵が唸り、クラウレッツ公爵も渋面を作るが、他に妙案はないようだった。
アーグラムン公爵と繋がりのあるフォレート王国は論外。
一度、フィーナシャイア殿下と婚姻の話が持ち上がりながらも、一方的に白紙撤回された北のゾルティエ帝国領レガス王国も、可能な限り避けたい。
であれば、クラウレッツ公爵派の領地が隣接する同盟国、ナード王国しか選択肢がないだろう。
もっとも彼の国も、ガンドラルド王国の侵略を受けて南部の領地を奪われたばかりなのは記憶に新しい。
頼らずに済むのであれば頼りたくはないが、その時、我が国に援軍要請して、こちらも派兵したのであるから、両殿下を無下に扱うことはないだろう。
「しかし、それらも全て、万が一の場合のこと。そこまでの事態になることはないでしょう」
「確かに、あの騎士エメルがトロルごときに後れを取るとは思えんからな」
イグルレッツ侯爵の言葉に、クラウレッツ公爵は渋い顔をして、積極的に同意したくないようだ。
全く、クラウレッツ公爵も素直ではないな。
ともあれ、不確定要素が多すぎるが、現状考え得る策としてはこんなところだろう。
「では将軍、早速鎮圧部隊の準備を。殿下方には私の方から伝えてこう」
「はっ!」




