15 姫様の騎士として
クラウレッツ公爵領に到着したその日、俺にも部屋を用意してくれるって言うんで、遠慮なく世話になることにした。
何しろ一日が濃かったし、さすがに少し疲れてたからな。
それでビックリしたのは、平民の俺にまでちゃんとした客室が用意されたことだ。
てっきり、平民の下働きが暮らしてる部屋にでも案内されるのかと思ったのに。
食事も平民には一生縁がないような豪華で美味い料理が出て、ご用があればいつでもお呼び下さいって、隣室にお世話役の侍女まで控えてる持て成しぶりだ。
ただし、食事は客室に運ばれてきて俺一人きりでだったけど。
なんでも姫様は次期公爵一家の歓待を受けたそうで、いくら客人待遇でも平民の俺が同じテーブルに着くわけにはいかなかったってわけだ。
まあ俺としても、お貴族様達相手に会話やマナーを気にしながらなんてごめんだから、別にそれはいいんだけど。
不満なのは、結局その日はそれ以上姫様と会えなかったことだ。
どうやら姫様は次期公爵と今後についての色々な話があって、悠長に俺の相手をしてる暇がなかったらしい。
そうして明けて翌日。
「お早うございますエメル様。ゆっくりお休みになられましたか?」
朝飯後、わざわざクレアさんが顔を出してくれた。
「クレアさんお早うございます。生まれて初めてのベッドで朝までぐっすりでしたよ」
「それはようございました」
にこやかに対応してくれて、昨日の今日でもう用済みだからご苦労さん、って問答無用で放り出されなくて良かったよ。
「実はエメル様に折り入ってご相談したいことがございまして、しばしお時間を戴けないでしょうか」
どうやら、クレアさんが来てくれたのは、それが本題らしい。
「任せて下さい。それで俺はどこで何をすればいいんですか?」
「えっ? まだ何も説明していませんが」
内容も聞かずに二つ返事でオーケーした上、すぐに席を立って扉に向かって歩き出したから面食らったらしい。
足を止めてクレアさんを振り返る。
「だって姫様がらみですよね? ならオーケー以外ないですよ」
「そ、そうですか。アイゼ様に代わりお礼申し上げます」
ってわけで、早速姫様がしばらく逗留することになった部屋へと、クレアさんに案内されてやってきた。
廊下を歩きながらクレアさんが教えてくれた相談内容ってのは、当分の間、姫様を護衛して欲しいってことだった。
姫様が執務中は可能な限り側に居て、もし姫様が屋敷の外に出る時は必ず一緒に行動すること。
それから、次期公爵が放った偵察兵から報告を受けるときや、もし他の貴族が姫様に会いに来たときなんかも、絶対に側を離れないこと。
などなど、食事や寝るとき以外は、ほとんど四六時中べったり側に居ることになる。
もうさ、そんなの役得でしかないよな?
だってずっと側で姫様を眺めてられるんだもんさ。
ちなみに、農民の服だと姫様の側に立つにはみすぼらしいからって言われて、新品の騎士服に着替えさせられた。
これってつまり、俺は姫様の部下なんだよ、側で警護を任されるほど信頼されてるよ、だから引き抜きみたいな余計なちょっかいかけないでね、ってな感じに周囲に見せつけて既成事実を積み上げて、俺を囲い込みたいってことなんだろうな。
期間も、当分の間って、期限を定めずどうとでもやりようがあるものだし。
もうさ、そんなんしなくても、姫様になら一生付いて行くのに。
だって何度でも言うけど、ずっと側で姫様を眺めてられるなんて役得だろう?
だから意気揚々、ノックして入室許可を貰ったクレアさんに続いて、やたらと広くて豪華な部屋へと入る。
「うむ、来てくれたかエメル」
本日の姫様は、原色に近い水色のドレスで、幾重にも飾られた白いドレープがちょっぴり豪華な、年相応の可愛らしいドレスだ。
うん、役得役得。
「まずは座ってくれ」
「はい、失礼します」
姫様がソファーに座った後、正面のソファーを勧められて俺も腰を下ろす。
と、クレアさんが小さく咳払いをした。
俺、何か間違ったことしちゃったか?
内心慌ててたら、クレアさんが何やら姫様に目配せをしてて、あからさまに姫様が狼狽える。
どうやら俺がしでかしたわけじゃなさそうだけど……なんだ?
何かあるのか?
なんて思ってたら……。
「ひ、姫様!?」
正面に座ってた姫様が、意を決したように立ち上がると、わざわざ俺の隣に座り直したんだけど!?
しかも、だ。
またもやクレアさんが咳払いすると、顔を真っ赤にしてプルプル震えながら、人一人分以上間を空けて座ってたのに、俺のすぐ隣まで距離を詰めて座り直すし!
顔を伏せるようにして逸らしちゃってて表情は見えないけど、耳まで真っ赤になってるのがよく見える。
膝の上に置かれた手も、ギュッと握り締めてて、すごく緊張してるみたいだ。
いやもう、『ありのまま今起こった事を話すぜ――何を言っているのか分からねぇと思うが――』的な衝撃だよ!
そうして姫様が俺の近くに座り直したところで、クレアさんが紅茶を注いだカップを置く。当然、並んで座り直した俺達の前に。
姫様は顔を逸らしたまま震える手で紅茶を一口飲んだ後、やっぱり顔を逸らしたまま話しかけてきた。
「エメルよ、命を救ってくれたそなたに十分に報いないまま、無理な頼みをして申し訳なかった。それなのに、そなたが快く引き受けてくれて助かった、感謝する」
……俺はもしかしたら、とんでもない勘違いをしてたのかも知れない。
護衛として側に置いたこと、それは俺を囲い込むためだって思ってた。
もちろんそれもあるのは間違いないと思う。
だけどそれは建前で、本当の狙いは全く別にあるんじゃないか?
もしかしたら……。
姫様、俺のことが好きなんじゃね!?
それで、俺にずっと側に居て欲しいんじゃね!?
燃える王都でトロルに襲われたお姫様。
それを颯爽と救った男。
よくよく考えてみれば、それって、主人公とメインヒロインの出会いイベントそのものだよな!?
そんな状況で男女が出会えば、恋に落ちても不思議じゃない!
いや、むしろそうなるのが王道だろう!?
それで姫様は俺のことを……。
これって、お姫様と平民の禁断の恋!?
それに、戦時下で家族と離れて一人ぼっち、しかもお父さんとお母さんは敵地になってしまった王城に残り、一緒に落ち延びたお姉さんは安否不明。
どれだけ姫様がしっかりしてても、内心では心細くて当然だ。
だから俺が側に居てくれたら心強い……ってことなんじゃないか!?
やばい!
これ、どうしたらいいんだ!?
彼女欲しい、お嫁さん欲しい、って常々思ってたけど、いざ女の子の方からアプローチされたら、どうしたらいいかさっぱり分からないんだけど!?
前世でやったギャルゲーとかエロゲーとかで、主人公は平民でメインヒロインはお姫様なんて作品は腐るほどあって、そんなのいくらでもプレイしたって言うのに!
シナリオや選択肢がないと、手も足も出ないなんて……!
これが彼女いない歴前世と今世合わせた年齢の、童貞野郎の限界なのか!?
「エメル?」
姫様が戸惑うように振り返ったんで、慌てて頷く。
「だ、大丈夫です! ひ、姫様のためですから! お、俺が側に居ますからもう大丈夫ですよ!」
おおぅ! 噛んでしまった!
姫様の赤く染まった顔が可愛くて、眩しくて、直視出来ないんだけど!?
でも、目に焼き付けたくて目を逸らせないんだけど!?
「エメルよ、私は――」
それから姫様が色々と話しかけてくれたんだけど、俺はどう受け答えしたのかさっぱり覚えてなくて、我に返ったらもう夜で、自分に宛てがわれた客室に戻っていた。
「くぅ~~~~~っ!」
ベッドにダイブして転がり身悶える。
俺、明日からどんな顔して姫様に会えばいいんだろう!?
エロゲーを参考にするなら、二人きりになったら雰囲気を盛り上げて、俺から抱き締めてキスして、そのまま押し倒して最後まで致しちゃえばいいのか!?
女の子と雰囲気を盛り上げるってどうすればいいんだ!?
って言うか、エロゲーを参考にしちゃって本当にいいのか!?
ああ、どうすればいいのか誰か教えてくれ!




