148 防衛と言う名の占領 2
二十メートル程の距離を空けて、数名の騎士達は足を止めた。
村を囲う柵を挟んで、両者が対峙する。
「デルイット伯爵家の騎士とお見受けする。ここは王家直轄地の村。王家の領地に無断で侵入するとは、いかような了見か」
本来であれば、問答無用で攻撃しても構わない状況だが、代表してグレッグが前に出てその真意を厳しく問い質す。
しかし、騎士達は見咎められ、厳しく問い質されたことに対し、特段焦ったり狼狽えたりすることなく、むしろ正義は我にありと言わんばかりに堂々と声を張り上げた。
「侵入とは人聞きが悪い。我が主君デルイット伯爵は、この度の第三次侵攻部隊迎撃作戦において、王家に助力し防衛部隊に参加せんと、我らを派遣したのだ」
二つの意味で、グレッグは眉をひそめた。
一つ目は、騎士達が名乗りも上げず、その言葉に迷いも躊躇いもないことだ。
名乗りを上げなかったのは、グレッグ達を見下し舐めていると言うこと。
迷いも躊躇いもないのは、例えば道に迷ったなどではなく、端からこの村を目的地としてやってきており、これらの問いかけを想定して答えを用意していたから、淀みなく答えられたと言うこと。
二つ目は、敢えて名乗らなかったグレッグを咎めず、名乗りを求めなかったことだ。
それはつまり、グレッグ達が何者であるかを知っていると言うこと。
グレッグ達が着ているのは、既存の役人の制服をベースに、エメルが日本のアニメや漫画から影響を受けたデザインを加えた、農地生産改良室の職員である証となる制服だ。
領地に引っ込んでいる貴族の私兵である騎士達が、その制服を見て所属が分かるわけがない。
村人と勘違いしたなら今の態度を咎めるなり、この直轄地を治める代官の部下や役人であるか確かめるなり、それ相応の態度を取るはず。
しかし、それを問うて確認するまでもないと言うことは、自分達の情報が彼らに通達されており、自分達も目標の一つである可能性がある、と言うことだ。
ならば捕えられる前に、無事に逃げおおせなくてはならない。
そうとなれば、後は相手が動くまでに、どれだけ情報を引き出せるかだ。
グレッグは後ろ手に、合図と共に逃走すると、他の三人にハンドサインを送る。
様々な状況を想定して決めておくようにとエメルに言われて、特務部隊じゃあるまいにと内心思っていたが、まさか本当に使用することになるとはと、エメルの先見の明に内心で感謝していた。
それらの思惑をおくびにも出さず、グレッグは問答を続ける。
「そうであるならば、何故街道を使い王都へ向かわない。わざわざ林を抜けて直轄地の村へと立ち寄る必要などないだろう」
「この領地の村々は、農政改革の事業における重要な拠点だと聞き及んでいる。トロルどもが迎撃部隊を突破し王都へ攻め上がり、その勢いに乗じ、王都にほど近いこの領地を荒らしては、この重要な事業が頓挫する恐れがある。我が主君はそれを案じて、この領地の防衛を決断されたのだ」
「そのような話は両殿下は元より、エメル室長からも、軍部からも、代官からも聞いていない」
「では、何か行き違いがあったのだろう」
「そうであれば、まずは王家に話を通し、正式な通達がなされてからにして貰いたい。一貴族が王家に無断で行うなど許されざる背信だ。この場はお引き取り願おう」
「そうはいかん。我らも任務である以上、主君の命には従わなくてはならん」
「その主君の命とやらが、正式な手続きを経ていない以上、他領の兵をこの領地へ駐屯させるわけにはいかない」
「貴君にそれを決定する権限はない」
「貴君こそ、王家の直轄地で、王家の許可なく兵を駐屯させる権限はない」
「ふぅ……埒が明かんな」
「それはこちらの台詞だ」
やれやれと薄笑いを浮かべる騎士達に、グレッグは引き出せる情報はここまでかと、一つ目の逃走の合図を送る。
離れた場所で隠れて会話を聞いていた一人が、一目散にこの場を離脱した。
可能であれば自分達も逃げるつもりだが、最悪捕らえられようとも足止めに徹することで、確実に一人は情報を持ち帰れる。
後は、少しでも長く時間を稼ぐだけだ。
「まあいい。では勝手に任務を続行させて貰おう。貴君達には大人しくこちらに来て貰おうか」
「捕虜にでもするつもりか?」
「トロル相手に万が一がないよう、身柄を保護するだけだ」
「断る。保護して貰う理由も、捕虜になるつもりもない」
「そうか、では仕方ない」
騎士達が抜刀する。
「抜いたな? 王家への反逆の意思ありとみなし、貴君達を反乱軍と認定する」
「どうとでも呼ぶがいい。捕らえろ!」
その騎士を合図に、グレッグ達を捕らえようと、前に進み出てきていた騎士達と、後方に控えていた騎士と兵士達が、一斉に動き出す。
「逃げるぞ!」
グレッグのそれを二つ目の合図にして、グレッグ達三人は踵を返して走り出した。
そして先頭を走る騎士達が柵を乗り越えようとしたタイミングで、グレッグ以外の二人が走りながら振り返り後ろに手を向ける。
「ファイアボール!」
柵を乗り越えようとしている騎士達に向けて、ファイアボールが飛ぶ。
ファイアボールは術者の狙い通り柵のわずか手前で爆発し、爆炎を撒き散らした。
「ピット!」
そして遅れて飛ぶ、もう一つの魔法。
「おのれ!」
爆炎を避けて飛び退いたり、慌ててひっくり返ったりした騎士達が起き上がり、怒りながら柵を乗り越え――
「うわっ!?」
――落とし穴に嵌まり転倒する。
落とし穴と言っても、片足が踝より少し上くらいまで嵌まる程度の深さしかない。
しかし、爆炎が目くらましになり、またそれにより出遅れた焦りに慌てて追いかけて走っている最中の、予想外の落とし穴だ。
その程度の小さな物でも効果は十分で、足を取られて転倒し、場合によっては捻挫もする。
しかも、それだけ浅く小さな穴なので、少ない精霊力で、同時に複数設置することが可能だった。
おかげで、先行した騎士達が起き上がり追いかけ、後方から走ってきた騎士と兵士達が、そうと知らずにまた落ちて転倒する。
そうして倒れた者達が邪魔になり、追撃に手間取っていた。
「ははっ、こんなちゃちな魔法でも、効果絶大だな。さすが室長、面白い使い方を考えつくもんだ」
「同感だが、喜ぶのは後だ。急場しのぎでしかないんだからな」
そして、村の中央広場に馬が三頭、ちゃんと鞍を付けて用意されていた。
その場には、馬を用意してくれた村人と、村長が待っている。
背後から聞こえてくる騎士達の怒声に、状況説明は不要だった。
「お役人様、お一人はすでに王都へ向けて出発されました」
「ありがとう村長、感謝する。それからみんなも」
村人達に手伝われ馬へと乗りながら、グレッグは礼を言う。
「い、いえ……」
「済まない。必ず兵を連れて助けに戻る。だから私達を信じて待っていてくれ」
「はい、お待ちしております」
本当は村長も他の村人も不安そうな顔を隠しきれていなかった。
それでも、信じて待つと言ってくれたことに、グレッグは胸が熱くなる。
ちゃんと自分達は村人達と信頼関係を築けていたのだと。
「行くぞ!」
馬に鞭を入れ、三人は全力で村を脱出する。
背後から聞こえる騎士達の怒声が遠ざかり、街道を全力で王都へと走らせる。
「ふぅ……ハラハラしたけど、案外楽勝だったな」
「それもこれもエメル室長が色々とアドバイスしてくれて、準備万端整えられていたおかげだ。それがなかったら、私達は今ごろ囚われの身だっただろう」
「まったくだ。これだけ知恵が回るのに、まだ十四歳だってんだから、ほんと規格外だよ、あの人は」
逃げ切れたおかげで少しばかり余裕が出て軽口を叩くが、状況は決して楽観視は出来ない。
農政改革の実験場でもある村を奪われ、その秘密を知る村人百数十人を人質に取られてしまったのだから。
そして、村人達には必ず助けに戻ると言ったが、南の国境付近でトロルと戦闘が起きている以上、どれほどの兵力を王都から割けるのか全く分からない。
「他の奴らも、無事に逃げ切れてるかな?」
「この村だけとは考えられないからな。無事を祈るしかない」
その頃、別の村では――
「パーナ先に行け!」
「で、でも……!」
「元精霊魔術師部隊って言っても、人間相手に殺し合いなんてしたことないんだろう!? トロル相手でも無理って奴が、人間を相手に出来るもんか!」
「っ……済みません、先に行きます!」
一人先に馬に乗って、村を脱出するパーナ。
「アイスポール!」
「ピット!」
背中に足止め用の魔法を使う二人の声を聞きながら、パーナは馬を走らせる。
火属性は爆炎そのものが牽制にも使えるが、巻き込めば殺傷してしまうため、たとえ牽制のためとは言え、パーナには人に向けてファイアボールを撃てなかったのだ。
村を抜けて、わずかにチラリと背後を振り向けば、足止めしていた二人も、かなり遅れてだが馬を走らせて追ってくる姿が見えた。
「はぁ~~……良かったぁ~~……」
もしこれで二人が捕らえられていたら、自責で押し潰されてしまっただろう。
他の三人が言うには、恐らく他の村も同時に襲われているはずで、つまり無理に全員を生かしておく必要などない、情報を引き出すのは一人で十分、と言うことだったから。
先行した一人の背中はいつまで経っても見えないため、待ち伏せもなくちゃんと逃げられたんだろうと、もう一度胸を撫で下ろす。
とはいえ、安心するのはまだ早い。
「早く王都に戻って報告して、村のみんなを助けに戻らないと……!」




