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14 クラウレッツ公爵領にて



 西門をくぐり、街道を一路西へ。


 エンに頼んでサーチライト並みのヘッドライトで街道を照らしながら走り続け、さすがにここまでは追っ手も追ってこないだろうってくらい王都から遠く離れた街道脇で、一晩野宿する。

 姫様やクレアさんに野宿は厳しいだろうけど、二人ともヘトヘトで一晩中移動し続けるのは無理そうだったから仕方ない。


 二人が少しでも安心出来るように、エンの明かりは一晩灯し続けることにして、目に見える見張りはモスに、目に見えない見張りはデーモとキリに任せる。

 モスの姿を見れば、盗賊も獣も恐れて近づいてこないだろうしね。

 で、案の定、獣が遠巻きにうろついた程度で、一晩何事も無かったわけだ。


 キリに頼んで睡眠導入して貰って、二人にはぐっすり眠って貰ったんだけど、やっぱり精神的にも肉体的にも相当疲れてたんだろうな。二人が目を覚ましたのは、翌朝、日が昇ってかなり経ってからだった。

 そうしてようやく起きた二人を連れて、昨日と同じ要領で少し速度を落として休憩を入れながら走って、昼頃にはクラウレッツ公爵の屋敷へと無事に到着した。


「殿下、ご無事で何よりです」

 カイゼル髭が似合うダンディーなおっさんが、姫様に(うやうや)しく頭を下げる。


「……ラムズ、そなたの父、クラウレッツ公はとても勇敢な武人であった。トロルの軍勢を相手に一歩も引くことなく王都を守り散っていった。その忠義に報いることなく落ち延び生き恥をさらした私を、そなたは許せぬだろうな」

「滅相もございません。殿下さえご無事であれば、父の愛したこの国が滅びることはございません。兵を集め、王都を奪還し、必ずやトロルどもを我が国から叩き出してやりましょう。さすれば父も浮かばれるというものです」

「……そうだな……済まぬ、弱音を吐いた」


 そうか、目の前のこのラムズっておっさんは次期公爵で、本当のクラウレッツ公爵は王都南に広がってたあの戦場で、すでに亡くなってるんだな。

 次期公爵にとって、王都奪還が弔い合戦になるなら、きっと姫様をしっかりサポートしてくれるに違いない。

 これは、頼もしい味方の所に逃げてこられたな。


「ところで殿下、そちらの平民は?」

 次期公爵が、訝しそうに俺に目を向けてくる。


「うむ、あやつはエメル。ああ見えて、かなりの腕を持つ精霊魔術師だ。王城より落ち延びた折り、トロルどもに襲われているところを助けられたのでな。ここまでの護衛を頼んだ」

「そうでしたか」


 次期公爵は頷くと、平民相手だからか打って変わって尊大な態度で俺に向き直った。


「平民。よくぞ殿下をお守りした。かかる事態につき、すぐにとはいかぬが、後ほど十分な褒美を取らせよう」

「いえ、気にしないでいいですよ。俺が姫様を守りたかっただけですから。だから、姫様の護衛でもなんでも、王都奪還作戦には俺も参加しますから」

「姫様を守りたかった?」


 何故かそこで次期公爵が首を傾げる。

 姫様も、ちょっと困ったように苦笑した。

 うーん、やっぱりただの貧乏農家の次男坊が、いきなり姫様の護衛になるのは無理なのかな?


「僭越ながら」

 クレアさんが、次期公爵に何事か耳打ちする。

「ふむ、そういうことか…………ふむ、ふむ……にわかには信じられんが、もしそれが事実であれば……」


 クレアさん、何を言ったんだろう?

 今度は次期公爵が妙に納得いった顔で頷いた後、なんか考え込んでるし。

 もしかしてクレアさん、身分に関係なく護衛になれるよう、俺の実力をアピールしてくれたとか?


「よかろう。護衛に配置するかはさておき、殿下のお役に立ちたいのであれば、殿下も認めるその精霊魔法の腕を存分に発揮して見せるがいい」

 おっ、これはつまり、チャンスを貰えるってことでいいんだよな?


「いいですよ、度肝を抜くくらい大活躍してやりますから」

 ドンとこいとばかりに、胸を叩く。


 次期公爵は当然とばかりに鷹揚(おうよう)に頷くと、改めて姫様に向き直った。


「殿下、お召し物のご用意を致しますので、お召し替えを」

「うむ、そうだな。頼む」



◆◆



「ラムズ、これは一体どういうことだ?」

 当面の私室代わりにと準備された、王族を迎え入れられる最上級の客室へ入って、そこに用意されていた着替えに、ラムズを問い詰める。


「申し訳ありません殿下。さすがに王族の方のお召し物はご用意できませんでしたので、公爵クラスのドレスとなってしまいました。ご了承いただけますと幸いです」

「そういうことを言っているのではない」


 なんで男の僕の着替えに、原色に近い黄色を基本に白いフリルをふんだんにあしらった、実に可愛らしいドレスが用意されているのか。


「これならば『姫様のお役に立ちたい』と望むあの平民も奮起し、さぞ殿下のために役立ってくれることでしょう」

「……そういうことか」


 理屈は分かる。

 あれほどの力を持つエメルを繋ぎ止めておくには、非常に有効な手だと思う。

 でも……。


 どうするべきか考えている間に、ラムズが一礼して部屋を出て行ってしまう。


「アイゼ様、お召し替えの前にまずはご入浴を」

 ラムズに不敬だと抗議もせず、テキパキと入浴準備を進めるクレア。


「クレア……お前の差し金か」

「王都を奪還しこの国に平和を取り戻すまでの、しばしのご辛抱です。エメル様のお力は恐らく一軍に勝るでしょう。これほど頼もしい援軍はありません」

「それはそうだが……」

「準備が整いました。アイゼ様、どうぞこちらへ」


 燃える王都から落ち延び、一晩中かけて移動してきたから、汗と埃と(すす)で汚れてしまっている。

 入浴している間に、どうすべきか考えればいいか。


 部屋に備え付けられていた風呂には、すでにお湯が張られていて、すぐに入ることが出来た。

 ラムズが準備させていたんだろう。


 クラウレッツ公爵家の侍女に、僕の身体に触れるなどの身の回りの世話をさせるわけにはいかないから、一人で大変そうだけどクレアに全てやって貰うしかない。

 汚れをお湯で洗い流し、髪と身体を洗って、マッサージして、髪に香油を……。


「待てクレア、マッサージや香油を使う必要はないだろう?」

「姫君として振る舞われるのでしたら必要です。髪や肌の手入れをして綺麗にしておかなくては、むしろ不自然ですから」

「いや、しかし私はまだどうするか決めて――」

「アイゼ様、問答無用です」


 ――本当に、問答無用で磨かれてしまった。


 恥ずかしくて死にそうなことに、女性用の下着まで身に着けさせられて、その上からドレスを着せられてしまう。

 さらに丹念に化粧をされて、その上で汚れを落として綺麗に手入れをしたウィッグまで被らされてしまった。


「……アイゼ様、大変お美しく、フィーナシャイア様に劣らぬ美姫として国が傾いてしまいそうです」

「お前はうっとりと何を馬鹿なことを言っているのだ」


 男の僕が姉上に劣らぬ美姫になるわけがない。

 似合わなければすぐにこの馬鹿げた策を取りやめればいい。


 そう思って姿見の前に立って――


「――!?」


 ドキリとして、思わず息を呑んでしまう。

 姿見には姉上が映っていた。

 正しくは、今より少し幼くした数年前の姉上だ。


「これが私……本当に……?」

 鏡に映る僕が僕に思えなくて、思わず姿見に手を触れると、同じように姿見の中の姉上が僕の手に手を重ねてくる。


「アイゼ様とフィーナシャイア様は大変そっくりなお顔立ちのご姉弟で有名でしたが、私もまさかこれほどとは思いませんでした。大変お綺麗です、アイゼ様」

 クレアの、掛け値なしの本気の称賛に、またしてもドキリとしてしまう。


 ドレスこそ公爵クラスの物ではあるけど、長い金髪のウィッグもそのままに、まるで僕が姉上に……本物の姫になってしまったみたいだ。

 あまりこういう言い方はしたくないけど、姉上にそっくりな分、そこらのご令嬢達より僕の方がよっぽど……。


「これでしたらエメル様も喜んで下さること間違いありません」

 何故だろう、エメルが浮かれて大はしゃぎする姿しか思い浮かばない。


「……確かにこれなら見た目だけは誤魔化せるとは思うが、姫としての立ち居振る舞いなど出来ぬから、すぐにボロが出るのではないか?」

「良いお手本が常にお側にいらっしゃったかと思いますが、いかがでしょう?」

「姉上か……」


 確かに姉上は弟の僕から見ても、気品があって、優雅で、可憐で、愛らしくて、大国の姫君に勝るとも劣らない、お姫様の中のお姫様だと思う。

 あのエメルなら、姉上に微笑まれたら一人でも王都奪還に飛び出して行きそうだ。


「しかし……事が成った暁に、事実を知ったエメルがトロル以上の脅威とならなければよいが……」

「それは……アイゼ様次第かと」


 僕は男なのに、ドレスを着て姫として振る舞って、男のエメルを誘惑し虜にしろと?

 そして正体を明かしてもエメルが許してくれるほどに、親しく緊密な関係を築けと?


「クレア、お前でなければ不敬罪に問うところだ」

「お咎めでしたら、後でいかようにでも。ですが今は、他に手はありません」


 そうなんだ……僕も今は、他に有効な手立てを思い付かない。


 南の平原での王都防衛戦。王都市街戦。王城防衛戦。

 休む間もなく畳み掛けられた戦いで相当数の兵を失った今、兵を集めるだけでも苦労するだろう。

 しかも質など望むべくもない。


 しかしエメルであれば、文字通り一騎当千だ。

 たった一人で騎士団一つに相当する働きを期待出来る。


 王都奪還作戦では、少なくともこれ以上の戦争の継続は愚策で、兵を引いて和平条約を結ぶのが得策と、トロルどもに僕達の力を示さなくてはならない。

 そうしてこの国に平和を取り戻すためには、もはやエメル程の人材を外して考えることなど論外だ。

 エメルがいれば、本気で王都の奪還が可能かも知れないのだから。


「お支度も調いましたので、そろそろ参りましょう。エメル様が首を長くして待っておられるはずです」





「ふおおおお!? やばい! 可愛い! 滅茶苦茶可愛い!」

 メイド服から綺麗なドレスに着替えて戻って来た姫様は、もう光り輝いてるってくらい可憐で眩しくて、心臓がバクバクする!


「そ、そのように食い入るように見つめてくれるな……恥ずかしいだろう」


 俺が可愛いを連呼してるせいか、恥ずかしそうに頬を赤らめてるのもまた、たまらなく純情可憐って感じで可愛すぎて、俺、萌え死にしそう!

 なんでこの世界にスマホがないんだ!?

 連写して最高の一枚を壁紙にするのに!


「俺……今なら姫様のために世界中を敵に回しても戦えます!」

「これは頼もしい限りだ。是非ともその勢いでトロルどもを我が国から叩き出して貰いたいものだ」


 次期公爵の顔を見ると、半分くらい揶揄(やゆ)が交じってるけど、まあいい。

 ハッキリ言って、次期公爵が俺のことどう思おうが関係ないし。

 姫様が俺のことを頼りにしてくれればそれで十分だ。


「アイゼ様」


 クレアさんが姫様に目配せすると、何やら少し迷うように視線を泳がせる姫様。

 逡巡した後、何故かプルプル震えながら真っ赤な顔になって、そっと俺の手を取ると、可憐で愛らしく微笑みかけてくれた。


「そなたの意気、頼もしく思う。頼りにしているぞ」

「はい! もう任せておいて下さい! トロルなんか俺が全滅させてやりますよ!」


 ああ、なんて尊いんだ!

 天使の微笑みに、俺もう昇天しちゃうかも!


 いやもう、俄然やる気が湧いてきたね。

 トロルなんて雑魚、敵じゃないし、絶対に王都を奪還して姫様に喜んで貰おう!



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