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見境なし精霊王と呼ばれた俺の成り上がりハーレム戦記 ~力が正義で弱肉強食、戦争内政なんでもこなして惚れたお姫様はみんな俺の嫁~  作者: 浦和篤樹
第五章 トロルと決戦で忙しいので密偵令嬢はハーレムにいりません

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135 ゲーオルカの登城

◆◆



 午前中の執務を終えて、館で昼食を取り、姉上と共にリビングでゆっくりと休む。


「そろそろ作戦を開始している頃合いですね」

 頬に手を添えて、ほぅと小さく溜息を吐く姉上。


 我が姉上ながら、相変わらず一枚の絵画のようにお美しい。

 憂いを帯びて伏せられた瞳に、弟の僕ですらドキリとしてしまいそうだ。


「エメル様はご無事でしょうか」


 トロルどもとの戦いで怪我をしていないだろうか、無事に勝てているだろうか、その心配はあるんだろうけど、どちらかと言うとエメルと会えなくて寂しい、そう言っているみたいだ。


 その気持ちはすごくよく分かる。


 王城へ戻ってしばらくしてから、食事は常にエメルと共にするようになった。

 職務は変わらず特務騎士で、近衛騎士達とシフトを組んで護衛をしてくれていたから、シフト以外の日は共に過ごせる時間は多くなかったけど、毎日顔を合わせ、シフトの日はほぼ一日中共に過ごしていたから。

 エメルと顔を合わせなかった日など、農地生産改良室の仕事で農村に出向いたり、叙爵の報告で実家に里帰りしたり、数えるほどしかない。


 毎日顔を合わせていたエメル(恋人)と会えない、それだけで、胸の奥がキュッとなる。


 僕もエメルがいないのだから、公務が終わった後、わざわざドレスに着替える必要はないんだけど、着替えて待っていたらエメルが早く帰ってきてくれそうな気がして……。

 エメルと出会ったばかりの頃は、ドレスに着替えるなんて恥ずかしくて、着替えずに済むなら着替えたくなかったのに。


 それが今では……。


「エメルなら大丈夫でしょう。きっと傷一つ負わず、元気に戻って来てくれます。予定通りなら、すでに戦端が開かれていると思いますが、あのエメルのことだから、もうとっくに勝って、グルンバルドン公の戦いが終わるまで暇を持て余しているかも知れません」

「ふふっ、そうかも知れませんね」

 その光景があまりにも容易に想像出来て、姉上と顔を見合わせて笑う。


「エメル様が戻られたら、また空の散歩に連れて行って戴きましょう」

「ああ、いいですね、それは」


 出立する時、護衛としてダークムン子爵家の三女、エレーナ・ラグドラを、火の精霊レドの後ろに乗せて飛び立っていった。

 姉上はそのことを言っているのだろう。


 そんな約束をしたわけじゃないけど、僕と姉上以外の誰かがエメルと共に二人で、それも抱き付いて乗るのは、こう、モヤモヤする。


「出来れば近場だけではなく、少しばかり遠出をしてみたいですね」

「いいですね。今回の戦いに勝てば、戦争は一区切り付いて終戦となるでしょう。トロルどもが降伏の条件を呑めば忙しくなるでしょうから、その前にでも――」


 ふと、部屋の外が騒がしくなる。

 ここは僕達、王族が暮らす館で、許可のない者は立ち入れないし、侍女やメイド、近衛騎士達で、無作法に騒ぐような者達はいない。


 何かあったのだろうかと姉上と顔を見合わせていると、ノックも入室を求める許可もなく、不意にドアが開かれた。


「ふん、ここがリビングか。まあ、悪くはないじゃないか」


 突然入って来たその男はぐるりと部屋を見回して、それから僕と姉上に目を留めた。

 王族の許可もなく、挨拶もなく、傍若無人に振る舞うその男は……。


「ゲーオルカ・アグラス、そなた、これはなんの真似だ」


 アーグラムン公爵の直系の孫、ゲーオルカ・アグラス。

 最後に会ったのは、姉上の誕生会が開かれた時が最後だったはず。

 その時も、祝いを述べる他の貴族達同様に、わずかに言葉を交わした程度。


 その後しばらくしてトロルどもとの戦争が始まって、その間の半年、ただの一度も登城しなかった。

 第二次王都防衛戦の時ですら、その意図はともかく王都近郊まで兵を引き連れてきておきながら、顔見せもせず領地へとそのまま引き返していったんだ。


 それを今更、なんの要件で、しかも不遜な態度を取っているのか。


「申し訳ありません殿下。面会の申請をして戴いて、許可を戴いてからと申し上げたのですが……」

 恐らくは止めに入っていたんだろう、僕と姉上の侍女達と近衛騎士が、申し訳なさそうに頭を下げる。


 分かっていますと、姉上が頷く。

 止められなかったことは、後で咎めないと駄目だけど、そもそもが、手順も作法も無視した、およそ最大派閥の領袖(りょうしゅう)たるアーグラムン公爵家の者として相応しくない振る舞いをしているゲーオルカが悪い。


 僕も姉上もソファーから立ち上がることなく、僕達は座ったまま、ゲーオルカは立たせたまま、その力関係を示したまま軽く睨み付ける。

 だけど、十七歳といえど女性で決して背が高い方ではない姉上と、まだ十三歳で同世代の中では小柄な僕が座ったままだと、十九歳で同世代の中でも背の高いゲーオルカでは、まるで僕達を見下ろしているようだ。


 そう感じてしまうのは、ゲーオルカがあからさまに僕達を見下している目をしているからだろう。


「別に大したことじゃない。いずれこの館に住むようになるんだ。だからその下見に来たまでだ」

 揶揄するような笑みを浮かべて、隠しもせずに僕達を格下扱いする。


 勝手に王族のプライベートスペースへ上がり込み、名乗りもせず、挨拶もせず、この態度。

 たとえ公爵家の者であろうと、不敬で厳罰に処されるに十分な態度だ。


「今すぐ撤回し謝罪なさい。反逆罪に問いますよ」


 凛として姉上がきつく言うけど、ゲーオルカはどこ吹く風とばかりに嘲笑(あざわら)う。


「事実だろう? 王太子は王位継承権を剥奪(・・)され、あろうことか元平民の嫁に、挙げ句には穢れた(・・・)王女までも元平民にお情けで引き取られて、王権の委譲なんて馬鹿な真似をするんだ。そんなとち狂った元平民に熱を上げている頭のおかしい王族に従う謂われがどこにある?」


「無礼ですよ! 撤回し謝罪なさい!」

「それが王族への態度か、ゲーオルカ・アグラス。そなた、これ以上王族を侮辱するようであれば、処刑されても文句は言えぬぞ」


「はっ、もっと頭を使ったらどうだ? 王権は今最も力を持つ我がアーグラムン公爵家へ委譲するしかない。そう、いずれこの僕が王として立つんだ。その時、この国の片隅で平穏無事に暮らしたいなら、この僕に対して今から取るべき態度ってものがあるだろう」


 おかしい……。


 アーグラムン公爵が王位に就く野心を持っているとの話は聞いていた。

 その孫のゲーオルカも、だ。


 だけど、ここまであからさまに無礼な態度を取って咎められるような真似をするほど、愚かではなかったはず。


「誰がアーグラムン公爵家へ王権を委譲するなどと言いました。仮にそうなるとしても、今はまだわたし達は王族で主君、あなたは爵位を継いですらいない貴族家の人間で家臣です。分を(わきま)えなさい!」


 そう、その時が来るまで、雌伏しておくべきだ。

 それを何故、急にこんな敵対的な態度で野心を剥き出しにしてきた?


「なんの『力』もない王家が、随分と強気じゃないか。それはあの元平民を張り子の英雄(・・・・・・)として祭り上げたからか?」

張り子の英雄(・・・・・・)? そなた、何を言っている?」


 あの(・・)戦いを見てまだ現実を分かっていない……いや、アーグラムン公爵領軍は遅刻(・・)して、『すくりーん』の魔法で見ていないんだった。

 だとしても、戦場跡を見て情報を集めれば、もはや張り子の英雄(・・・・・・)なんて的外れな評価は出てこないはずだ。

 それなのに、何故ここまで強気で勝ち誇れる?


「だけど残念だったな。お前達が頼みの綱として強気の根拠とするあの元平民は、もう戻ってくることはない」

「っ!? どういう意味ですか」

「そなたまさか……エメルに何かしたのか!?」


「いいや、僕は(・・)何もしていないさ。ただ、今ごろトロルに殺されて(・・・・・・・・)いるだろうからな。たかが人間一人が、トロルの主力部隊一万四千匹に勝てるわけがない(・・・・・・・・)だろう」


 まさか……エレーナ・ラグドラか!?

 エレーナにエメルを殺させて、トロルに殺された(・・・・・・・・)ことにするつもりなのか!?

 そんな真似をして、トロルを降伏させることが出来なかったら、終戦どころか我が国は滅ぼされてしまう!

 それを分かってやっているのか!?


 いや、そんなことよりエメルだ!

 エメルは無事なのか!?

 エメルにもしものことがあったら僕は……!


「もしエメル様に何かあれば、わたしはあなた達を絶対に許しませんよ!」

 姉上がこれまで一度も見た事がない怒りを露わにして立ち上がる。


何もしていない僕(・・・・・・・・)を、どう許さないと? それに、いつまでそんな強気でいられるかな?」


 なんなんだ、この余裕の強気の態度は。

 今すぐ近衛騎士達に命じて、不敬罪で捉えて処罰するのは簡単だけど……なんだろう、この嫌な予感は。

 まずはこの態度の根拠を聞き出さないと。


 ゲーオルカを問い詰めようと口を開きかけたところで、開け放たれたままのドアの向こう、廊下をバタバタと走ってくる足音が響いてきた。


 今度は一体なんなんだ?


 やがて足音の主、侍従長が真っ青な顔で部屋に飛び込んでくる。


「突然の無礼で失礼いたします! 緊急事態で――」

 言いかけて、部屋の中の張り詰めた空気とゲーオルカの不遜な態度に気付いて、侍従長が報告を躊躇う。


「僕のことは気にせず報告したらどうだ?」

 薄ら笑いを浮かべてそう言うってことは、報告の内容を知っている?

 だとしたら、ゲーオルカを下がらせることに意味はない。


 あの冷静沈着で礼儀に煩い侍従長がこうも慌て取り乱しているのだから、相当な事態に違いない。


「良い、続けよ」

 侍従長は一瞬躊躇うも、すぐさま報告を続けた。


「緊急事態にございます。デルイット伯爵派の複数の貴族家が挙兵、王家直轄地に進軍を開始した(よし)にございます」

「なっ……!?」


 思わず立ち上がってしまった僕に、ゲーオルカが笑みを深めていた。



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