133 第三次侵攻部隊 迎撃作戦 3
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「閣下、トロルどもが布陣する国境付近上空に、爆炎二つ、確認しました」
上空を監視させていた兵の報告を受けるまでもなく、私にもそれは見えていた。
視認よりわずかに遅れて、ドーンドーンと爆音が二つ耳に届く。
それこそ何キロも離れたこの場所まで届くのだから、恐らくは第二次王都防衛戦の『すくりーん』で見たファイアボールを上回る規模の爆発なのだろう。
「グルンバルドン公」
「うむ。全軍前進、これよりトロルどもを殲滅に向かう」
「はっ。全軍前進!」
号令と共に、トロルどもの本陣後方に位置する、輜重部隊および奴隷輸送部隊を目指して、草原を突き進む。
そして進軍開始して数分。
「閣下、爆炎が三つ上がりました!」
その報告に国境付近上空に目を向ければ、確かに爆炎が三つ、その鮮やかな赤を空に散らして消えようとしていた。
そして、ドーンドーンドーンと爆音が三つ耳に届いた。
「は、早すぎる……何かの間違いでは!?」
見学組に参加していなかった者達がどよめくが、この私を含めて見学組に参加した者達からは苦い笑いが漏れる。
「いや、恐らく間違いではない。あの男、メイワード男爵は二万六千匹ものトロルどもを十五分程で文字通り全滅させたのだ。それが一万四千匹程度となれば、物の五分もあれば十分と言うことなのだろう」
「お、お言葉ですが閣下、二万六千匹ものトロルどもをたった十五分で全滅させたのが事実として、この度の相手はトロルどもの主力部隊ですぞ? たとえ兵数が少なくとも、その戦力たるや数倍は上回るもの。それを雑兵と同様に全滅せしむるなど……」
「つまり、メイワード男爵にとって、敵の強さなど関係ない……いや、トロル兵であろうとトロル騎士であろうと、その程度の力の差など考慮に値しない、あの男の前では等しく無力であると言うことなのだろう」
「恐らく、グルンバルドン公の仰る通りかと。メイワード男爵にとって敵は強さで計るものではなく、文字通り数の多少で計るものなのでしょう」
どよめいていた者達は、にわかには信じられないと言う顔をしているが、この私の言葉を疑う無意味さを分かっているのだろう、行軍する我が領軍を振り返り、ゴクリと大きく生唾を飲み込んだ。
そう、メイワード男爵が本気になれば、我が領軍一万六千など、物の五分もあれば全滅すると言うことなのだ。
まったく、何十年とガンドラルド王国との国境線を守りトロルどもと戦ってきた、この私、グルンバルドン公爵の矜持を傷つけてくれる男だ。
「前方、目標の敵部隊見えてきました!」
あの男の言う通り、全てを任せていれば、恐らくこうして敵の姿を目にした頃には、あれらの敵も全滅して全てが終わっていただろう。
まさしく我らの出番など不要なのだ。
しかし、それでは駄目だ。
あの男一人に頼り切り、国防の全てをあの男の胸三寸で決められてしまう事態を作り出してはならない。
自らの国を、領地を、民を守るのに、あの男の顔色を窺わなければならないなど、国家体制としてあまりにも不健全であり、不正と腐敗の温床になる。
何より、あの男が死んだ後はどうするのだ?
あの男に頼り切った結果、トロル一匹倒せない脆弱な軍が残されたでは、笑い話にもならない。
だからこそ、効率や犠牲の多少ではなく、自らの手で守るという気概と精神を持ち続けなくてはならないのだ。
「我が領軍の騎士、兵士達よ、奮戦せよ! メイワード男爵にグルンバルドン公爵領軍ここにありと、我らの力を見せつけるのだ!」
私の檄に応えて鬨の声が上がる。
トロルどもがようやく我らに気付いて、慌ただしく動き始めたようだ。
「メイワード男爵ばかりに美味しいところを持って行かれるな! グルンバルドン公に恥を掻かせるような戦いをした者は許さんからな!」
家臣達の檄に、一層気合いの入った鬨の声が上がる。
士気は高い。
第一次侵攻で敗北を喫し、第二次侵攻では手出し無用であったが事実上手出しのしようがなかった。
そして三度侵攻の憂き目に遭い、それらの雪辱を果たす時が来たのだ。
誰もが覚悟を決めている。
それでこそ我が領軍だ。
◆
「よし、合図も終了っと」
青空に消えていく、三つの爆炎。
事前に決めていた合図は四つ。
爆炎四つが、戦闘が起きずにトロルどもが降伏した場合。
まあ、これは一番あり得なかったから、合図に一番時間が掛かる四つだったわけだ。
爆炎三つが、戦闘が勝利で終了した場合。
爆炎二つが、戦闘を開始した場合。
爆炎一つが、俺が敗北などして撤退する万が一の場合。
逃げるのに悠長に合図をしてる場合じゃないだろうから、一つだったわけだ。
実に大雑把だけど、結局、戦闘開始と終了しか使わないだろうって思ってたから、問題なしだ。
「位置的に、グルンバルドン公爵はまだ戦いを始めてもないだろうから、これから何時間かは待ちになるのかな……」
その間、暇だよな。
かといって、俺が手伝いに行くわけにもいかないしな。
グルンバルドン公爵の考えは俺も賛成だから、余計な手出しは無用だろう。
俺も、俺に頼り切りになられて、小さな小競り合いにまでいちいち呼び出されたらたまったもんじゃないからな。
「さて……向こうから伝令が来るまで、どうしてようか」
エレーナを振り返ると……なんだか憔悴した顔してるな?
「もしかして、怖かった?」
俺のことが。
「は、い……あ、いや、そんなことは……」
慌てて否定するけど、まあ俺が怖いんだろう。
エレーナの立場を考えると、それも仕方ないか。
「そ、それよりも男爵様」
エレーナがあからさまに誤魔化して、死屍累々の戦場を見渡す。
「これ、どうするの?」
「あ~……そうだった、ほったらかしってわけにはいかないか」
肉を喰らいに獣や魔物が集まってくるかも知れないし、疫病の原因にもなる。
「トロルロードの首一つだけ残して、後は全部焼いて埋めないと駄目だな」
「それは…………男爵様と私の二人だけで?」
うん、エレーナの顔が引きつってる。
一万四千匹のトロルを穴掘って放り込んで焼いて埋めて、なんて二人だけでやったら何年掛かるんだって話だよな。
「これはみんなに……特にモスとデーモに頑張って貰わないと駄目かな」
『ブモゥ』
『なんなりと、我が主』
「うん、よろしく頼むよ」
「私は何をする?」
「エレーナは……出番はないかな? 休憩してていいよ」
「休憩と言われても……さっきから何もしてないから」
「じゃあ、周辺の見張りをよろしく。獣や魔物が死体に釣られて来るかも知れないし、そのうち伝令が来るはずだから」
「は、はあ……」
悪いけど、本当に出番はないんだよ。
「じゃあモス、デーモ、こんな時のために第二次王都防衛戦の後で考案した魔法、実践といこう。グラビティフィールド、それから、クリエイトゴーレムだ」
モスとデーモの合体魔法で、範囲内にある物体の重力を軽減することで、重たい物でも軽々と動かせるようにする。
その上で、壊れた鎧、盾、武器を材料に、クリエイトゴーレムでトロルと同じサイズの四メートルあるアイアンゴーレムを複数作り出す。
アイアンゴーレムの自重はかなりの物のはずだけど、グラビティフィールドのおかげで軽々と動けるはずだ。
今は力仕事をさせたいから中身もぎっしり詰まったゴーレムにしたけど、別の用途なら中空にして軽量化して動かす方がいいかもな。
それはさておき。
「じゃあモス、続けて地面に大穴を掘ってくれ」
直径数十メートル、深さも数メートルある大穴が開く。
掘った土は一旦脇に寄せておいて、その大穴に死体を放り込むわけだな。
「次はエン、キリ、モスの合体魔法で、リモートコントロールだ」
その名の通り、エンがゴーレム前方の光景をカメラで捉えるようにキリに伝達、それを見たキリが個別にどう動かすかを考えモスに伝達、モスはその通りに個別にゴーレムを遠隔操作するって言う魔法だな。
いずれゴーレムには自律行動させたいけど、その方法はまだ思案中。
ともあれ、アイアンゴーレムに死体を拾わせて、その大穴に次々と放り込ませる。
「じゃあレド、頼む」
レドが火炎放射器のように高火力の炎を吐いて、死体を燃やしていく。
「ふぅ……これ、戦うよりよっぽど時間と手間と精霊力使うな……」
額に浮いた汗を拭って、レドが焼いてくれてる間に次の穴を掘って……を繰り返す。
「ぁ……あの男爵様……?」
「うん?」
振り返ると、さっき以上に真っ青な憔悴した顔をしてるエレーナが真後ろに立っていた。
「これは……?」
「ああ、便利だろう? ゴーレムって動く人形だな」
「……ゴーレム?」
この世界には色々な異種族や魔物なんかがいるけど、ゴーレムとかリビングアーマーとかインテリジェンスソードとか、その手の無機物が動いたり思考したり喋ったりする魔物は存在しない。
だから、巨大な鉄の人型が、勝手に動き回って仕事をしてるように見えて、多分ショックを受けてるんだろうな。
「これ……戦えるんですか?」
「あ~~……やってやれないことはないかな? でも、実戦に耐えられるレベルじゃないんだよね」
こういった力仕事ならともかく、エン、キリ、モスの三体がかりで維持させて上げる戦果を考えると、コスパが悪い。
三体それぞれに暴れて貰った方が、手っ取り早くて安上がりだ。
「まあ、今のところ実戦投入する予定は――」
『我が君!!』
――不意の切羽詰まったキリの叫び。
背筋がゾクっとして背後を振り返ると、初めて見る冷たい目をしたエレーナの振りかざした剣が、俺に向かって振り下ろされていた。




