114 叙爵そして陞爵
◆
「まあ、まあまあ! エメル様、大変凛々しくていらっしゃいます!」
「そ、そう? なんか照れるな……」
フィーナ姫が頬を染めて瞳を潤ませて、うっとりと俺を見つめてくる。
正直、滅茶苦茶恥ずかしい!
だってさ、男爵の正装だよ!
ただの貧乏農家の次男坊が、お貴族様の格好をしてるなんて、着る服を間違ってるとしか思えないだろう?
「馬子にも衣装ですね」
「衣装に着られてますね」
微笑ましそうなメリザさんと、苦笑気味のレミーさんの感想が、多分一般的な感覚だと思う。
「あら、そんなことはないでしょう。こんなに凛々しく素晴らしいお姿に、わたしは惚れ直してしまいました」
これ、本気なんだもんなぁ。
そんなうっとり夢見心地で言われたら、余計に恥ずかしいって!
「恋は盲目とはよく言ったものです」
うん、クレアさんの言う通りだと思う。
……でも、フィーナ姫ほどの美少女に、それも好きな子にこんなにも手放しで褒められたら滅茶苦茶嬉しくて、つい顔がにやけちゃうけどさ!
「姫様、どうですか?」
フィーナ姫の熱い視線が照れ臭くて、さっきから黙ったままの姫様にも感想を聞いてみる。
「……!」
なんか、はっと我に返った、みたいな顔をしたと思ったら、ドレスの裾を握ると目を伏せるようにして逸らしてしまった。
「えっと……似合ってませんか?」
「そ、そうではない……その、姉上の言う通りだと思う。とてもよく似合っていて……か、格好いい、と思う……」
言いながら顔を真っ赤にして照れるのが、滅茶苦茶可愛いんだけど!?
「アイゼ様も、盲目になられているようですね」
クレアさんの突っ込みに、耳まで真っ赤になっちゃって!
最近姫様って、ドレスを着て姫様の格好をしてる時は、以前より素直に思ったことを言ってくれるようになったみたいで、もう可愛いったら!
「ふふっ、三人とも男性を見る目がありませんね。ねえアイゼ」
「そ、そうですね。エメルほどの男は、そういないと言うのに」
ああもう二人とも、そこまで言われたら俺の方こそ顔が熱くなっちゃうんだけど!
「もう、ご馳走様、お腹いっぱいです」
レミーさんが呆れたように言うと、フィーナ姫が幸せそうに微笑んで、姫様はますます真っ赤になってしまう。
「ではお二方、こちらを」
クレアさんが柔らかで豪華そうな布が敷かれたお盆を持ってくると、そこにはパイロットの徽章っぽい鳥が翼を広げたようなデザインの、赤銅色の全く同じ勲章が二つ、そして、五つの頂点を持つ銀の星を青と白のリボンで飾られた勲章が一つ、金メダルみたいな金色の太陽のようなデザインのそれを花びらのように赤い布で飾られた勲章が一つ、合計四つの勲章が乗っていた。
その一つ一つを、姫様とフィーナ姫が手に取り見せてくれる。
「こちらの花のような勲章は、珠栄陽花一等勲章です。王国の発展のために多大な功績を挙げた者に贈られます。今回は、王都奪還と多大な復興資金の寄附によるものです」
「この銀の星の勲章は、大宝守輝星一等勲章だ。王家の者を守るために多大な功績を挙げた者に贈られる。今回は、私と姉上を救ったことと、第二次王都防衛戦の功績によるものだな」
「こちらの二つは、騎剣一等勲章です。トロルロード討伐の功績によるものになります」
騎剣一等勲章を姫様とフィーナ姫が一つずつ、手ずから俺の左胸に飾ってくれた。
「ありがとうございます、なんか……照れますね」
急に左胸に重さが増して、照れるやら落ち着かないやら。
「残りの二つは、叙爵式および陞爵式にてそなたに授与する」
「でも勲章って、トロルロード討伐分はともかく、褒賞を決める会議では、そんな話はしてませんでしたよね?」
「はい。ですがウグジス侯爵が、エメル様が褒賞金を寄附したことで事実上褒賞がなくなってしまったので、王都復興の貢献を称えるためにも、代わりに勲章はどうかと申し出てきたのです」
ああ、あの財務大臣か。
「それで、コルトン伯と話し合った結果、珠栄陽花一等勲章が良いという話になったのだが、ならば第二次王都防衛戦の功績においても勲章が与えられなければバランスが取れないと言うのでな。私もそう思ったから大宝守輝星一等勲章もとなったのだ」
なんだか、思った以上に褒賞が大げさなことになっちゃってるな。
「遠慮せず、貰っておくといい」
「わたしとアイゼを娶る殿方に箔が付いて、とても良いことだと思います」
「なるほど、だとしたら、ありがたく戴きます」
少しでも箔を付けて、二人に相応しい男になりたいからな。
「「「おめでとうございますエメル様」」」
「ありがとうメリザさん、クレアさん、レミーさん」
校内の読書感想文コンクールなんかでも、賞状一つ貰ったことがなかったからな。
すごく照れるけど……目に見える形で俺の働きが認められたって分かって、滅茶苦茶嬉しい!
こうなったらさ、この勲章に相応しい、そして姫様とフィーナ姫に相応しい男を目指して、アクセル全開でやるっきゃないよな!
◆
それから三日後。
俺の叙爵式および陞爵式が行われた。
しかも、騎士爵への叙爵および男爵への陞爵の式典としては、アイゼ様とフィーナ姫という王家から二人も参列という、異例の豪華さで。
って言っても豪華なのはそれだけで、式典に使われた会場は、男爵などの下級貴族のための分相応な会場だったけど。
まあ、所詮は平民の成り上がりの式典だからな、そんなもんだろう。
ともあれ、参列者は王室派の一部の宮廷貴族って少人数だけだったけど、玉座の前に花道を作るように二列に並んで、その後ろの壁際には近衛騎士が等間隔で並ぶ。
たとえ規模が小さかろうと、参列者が少なかろうと、国が主催する立派な式典だ。
会場の規模から真っ赤な絨毯はなかったけど、扉が開かれて、花道を進み、ひな壇のように高くなってる玉座の前に跪く。
厳かな表情で玉座の正面に立つのはアイゼ様だ。
まだ正式に戴冠してないから、前に立つだけで座らないらしい。
その隣にはフィーナ姫が立ってて、自分のことのように嬉しそうな微笑みを浮かべてくれてる。
そして俺は首を垂れた。
「これより、叙爵式を執り行う」
宮内大臣の司会で、叙爵式が始まった。
これが伯爵や侯爵の上級貴族への陞爵となると、楽団の生演奏付きで式典を盛り上げてくれるらしいけど、下級貴族への叙爵、陞爵となると、そういうのはないらしい。
まあ、さすがに緊張するって言うか、そんなところに気を回してる余裕はないけど。
「特務騎士エメル、これよりアイゼスオート・ジブリミダル・マイゼガント殿下よりお言葉がある。面を上げ、心して傾聴せよ」
跪いたまま顔を上げる。
「特務騎士エメルよ、そなたをメイワード騎士爵に叙爵する。この時よりマイゼル王国の貴族の一員として、良く我が国のために尽くし、平和と発展に寄与せよ」
「はっ、メイワード騎士爵位を謹んでお受けいたします。マイゼル王国の貴族の一員として忠誠を捧げ、この身命を賭し、王国のため、そして両殿下のために尽くすことを誓います」
一語一句間違えないように気を付けながら、後、声が上擦ったり裏返ったりしないように、アニメなんかでよく見たこの手のシーンに登場する主人公になったつもりで、跪いたまま、宣誓する。
本当はこの後、まだ少しやり取りなんかがあるらしいけど、今回は省略して、叙爵式は終了だ。
「続けて、陞爵式を執り行う」
宮内大臣の司会で、続けて陞爵式だ。
宮内省の別の役人、どうやらこの手の国家主催の式典なんかを取り仕切る部署の役人らしいけど、俺が陞爵するに相応しいと見なされた功績を、もったい付けた言い回しで、参列者に説明していく。
こうやって、参列者に陞爵が妥当なことを喧伝するらしい。
「メイワード騎士爵エメル殿の陞爵に異議ある者はこの場で申し立てよ」
役人の言葉に、異議を申し立てる者は誰もいない。
なぜなら、参列者は全員、承知の上で参列してるから。
ちなみに叙爵式の時に異議の確認をしないのは、そもそも異議がある奴は式典をボイコットするし、異議を認めて叙爵が流れるようなら、最初からたかが下級貴族の叙爵式なんて開かれないからだそうだ。
さらに言うなら、アイゼ様、フィーナ姫、王族二人のお声掛かりで、直々に叙爵、陞爵が行われるんだから、異議を申し立てることは王族批判に等しいわけで、そんなことは滅多にないらしい。
「異議のないことを認め、メイワード騎士爵エメル殿が陞爵に相応しい事を認めるものである」
役人の言葉の後、再びアイゼ様の出番だ。
「メイワード騎士爵エメルよ、そなたに男爵位を授け、メイワード男爵に陞爵させるものとする。マイゼル王国の貴族として恥じぬ働きをこれからも期待する」
「はっ、メイワード男爵位を謹んでお受けいたします。マイゼル王国の貴族の一員として、これよりなお一層の働きを示し、王国のため、そして両殿下のために尽くすことを誓います」
「うむ」
アイゼ様が鷹揚に頷いて、陞爵式は終了。
だけどまだまだ式は続く。
「続けて、勲章の叙勲式を執り行う」
宮内大臣の言葉に、宮内省の役人が勲章を運んでくる。
俺が立ち上がると、宮内大臣が勲章と功績について説明した。
「メイワード男爵エメルよ、そなたの功績を称え、ここに珠栄陽花一等勲章、並びに大宝守輝星一等勲章を授ける」
そして珠栄陽花一等勲章をフィーナ姫が、大宝守輝星一等勲章をアイゼ様が、手ずから付けてくれる。
褒賞を決める会議では出なかった勲章の叙勲の上、二人が手ずから付けたことで、さすがに参列者達も驚いたらしくて、わずかに場がざわついた。
新しい勲章二つは、先に貰ってた勲章より一回り大きい上に重くて、四つも付けてると、さすがにずっしりとくる。
でも、一部の参列者からは、滅茶苦茶羨ましそうに見られてるんで、ちょっと気分いいかも。
何しろ、ここ何十年か戦争らしい戦争もなく、王国の発展に大きく寄与した人材や出来事も少なく、勲章はほとんど与えられてないそうだ。
つまり、それだけレアな勲章を、一気に四つも貰ったわけだからな。
「これからもこれら勲章に恥じぬ働きを期待する」
「はっ、勲章に恥じぬよう、変わらぬ働きをご覧に入れてみせます」
「うむ」
そして、最後にもう一つ。
「メイワード男爵エメルよ、貴族の末席として列することになったそなたに、マイゼル王国国王代理たる王太子、アイゼスオート・ジブリミダル・マイゼガントより、ゼイガーの家名を与える。今よりエメル・ゼイガーを名乗るが良い」
「はっ、ありがたき幸せ。このメイワード男爵エメル・ゼイガー、アイゼスオート殿下に生涯変わらぬ忠誠を誓います」
そう、なんと俺に家名が付いたんだ。
元日本人としては、名字、つまり家名がないのは、この十四年間妙な気分だったけど、まあさすがに慣れた。
で、元農民としては、逆に今更家名が付いたのは、ちょっと慣れずに落ち着かない。
でも、このゼイガーって家名は、アイゼ様とフィーナ姫が二人で考えてくれたものだからな、そりゃあ特別感が満載だよ!
だって二人の家名、マイゼガントから取って付けてくれたんだから!
これって、滅茶苦茶名誉なことらしいんだ。
前世の日本の戦国時代でも、名を与えたり、家臣に自分の名前の一文字を下賜したりするって、滅茶苦茶すごいことだったわけだしさ。
これには、さすがに参列者達がどよめいて、惜しみない拍手を贈ってくれた。
俺がどれほど王家の二人のために働き、それをアイゼ様とフィーナ姫がどれほど感謝し重要な直臣と捉えてるのか、それを内外に知らしめるってことだもんな。
こうして異例なことや特別感満載の式典が無事に終わり、俺はメイワード男爵エメル・ゼイガーになった。
今回で第四章終了です。
次回から第五章を投稿していきます。
やっぱりトロルとの戦争の決着は第五章となりました。
第五章は貴族になった生活の変化、トロルとの決着の話がメインになりそうです。
あと、以前感想で精霊視点での話も見てみたいというのがあったのですが、それで思い付いた話を、やっとタイミングが合ったので入れています。
精霊レポートみたいな話ですが、楽しんで戴ければと。
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