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11 英雄とお姫様

「……そなたが私を助けてくれたのだな、感謝する」


 まださっきのが恥ずかしいのか俯き気味で、上目遣いになって言ってくれるお礼とか、可愛すぎてやばいだろう!

 俺のこと『格好いい』って言ってくれたし、このお姫様、天使の生まれ変わりなんじゃないかな!?


「ん? その服……まさか平民か? そなた、名前は?」

「俺、エメルって言います。ご覧の通り平民で、貧乏農家の次男坊です」

「そうか、平民に(ふん)市井(しせい)(まぎ)れていた兵ではないのだな」


 もしかして助けに来たのが騎士や兵士じゃなくて、平民でがっかりさせた?

 それとも、平民の分際で無礼だとか?


「エメル、そなたの名は覚えた。そなたは私とクレアの命の恩人だ」

 くっ、なんて柔らかで眩しい笑顔!

 平民の俺の名前を覚えてくれるなんて、やっぱりこのお姫様、絶対に天使の生まれ変わりだよ!


 姫様は、お姉さんの侍女……クレアさんの方へと目を遣る。


「クレア、そなたも無事か」

「はい、私は無事です。アイゼ様もご無事で何よりでした」


 クレアさんはまだ立ち上がれないみたいで、なんとか座り直して体裁を整えると、深々と頭を下げた。


「このような居住まいのままで失礼します。エメル様、アイゼ様をお救い戴きありがとうございました」

「どういたしまして。クレアさんも無事で何よりでした」


「寛大なお心遣いありがとうございます。エメル様、出会ったばかりで不躾とは存じますが、アイゼ様をお守り戴けませんでしょうか。近衛騎士達を失った今、恥ずかしながらエメル様のご厚情に縋るほかないのです」

「エメル、私からも頼む。そなたのトロルを退けるほどの力、私に貸して欲しい」

 一度そこで言葉を切った姫様が、周りで倒れる騎士達を見回す。


「この者達を始め、私を逃がすために犠牲になった多くの者達の忠義に報いるためにも、私はなんとしても生き延びなくてはならぬのだ」

「もちろん任せて下さい、ここからは俺が彼らに代わって姫様を守ります。いや、是非守らせて下さい!」

 俺が力強く頷くと、姫様とクレアさんの表情がほっと緩む。


「そうか、頼りにしている」

 おおっ、お姫様に頼りにされた!?

 微笑み、超可愛い!


「そうと決まれば、いつまでもこのままじっとはしていられぬな。エメル、手を貸してくれぬか」

 差し出された姫様の手を取って、立ち上がるのを手伝う。


「あっ……!」

「危ない!」

 不意によろけた姫様を咄嗟に抱き留める。


「……す、済まぬ」

「い、いえ、全然!」

 むしろ役得です!


 姫様の小さく華奢な身体。小さく柔らかな手。照れて真っ赤になって、俺を見上げた後、恥ずかしげに俯いてしまう仕草。

 どれもこれもが愛くるしい!

 そんな場合じゃないって分かってても、力一杯抱き締めたい衝動に理性のブレーキが壊れそうだよ!


 でもそれだけじゃない。

 抱き留めた身体から伝わってくる、微かな震え。

 そうだよ、殺されそうになったばかりで、平気なわけがない。

 それなのに、お姫様として気丈に振る舞ってたんだ。

 なんて健気なんだ!


 守ってあげたい。

 この世のあらゆる悪意から、俺が姫様を守ってあげたい。


 うん……俺、決めた。

 姫様のことは、命に代えても俺が守ってみせる!


「大丈夫ですよ姫様、俺が支えますからしっかり掴まっていて下さい」

「エメル苦しい……少し加減せぬか、そのように強く抱き寄せなくとも一人で立てる」

「もっと俺のこと、頼ってくれていいんですよ?」

「これは頼る頼らないという話ではなく――」

「ゴホン、アイゼ様、エメル様、いつまで抱き合っておられるのでしょうか」


 そうだった、この場にはクレアさんもいたんだった!

 姫様を抱き締めてるところを見られたなんて、なんか顔が熱くなっちゃうよ!


「だ、抱き合ってるだなんてそんなっ、俺達は別にっ!」

「そ、そうだ、何故私がエメルと抱き合わなくてはならぬ!」


 慌てて俺の胸を押して離れようとするけど、姫様はぐらついて倒れそうになってしまって、やっぱりまだ一人じゃしっかり立てないらしい。

 これは……憧れのアレをする絶好のチャンスじゃないか!?


「姫様、失礼します」

 少女漫画のイケメンよろしく、姫様をさっとお姫様抱っこする。


「なっ、何を!?」

「何って、もちろんお姫様抱っこですよ。お姫様を抱き上げるならお姫様抱っこ以外あり得ないですよね」

 男にこんな風にされるの初めてなのか慣れてないのか、さっき以上に真っ赤になって硬くなっちゃって、超絶可愛い!


「こ、このような恥ずかしい真似せずとも一人で立てる。早く下ろし――」

「こっちで声がシタ」

「ゲヒヒ、人間見つけタ」

「――っ!?」

 俺達の話し声を聞きつけたらしく、すぐ側の路地からトロルが二匹顔を出して、下卑た笑いを浮かべた。


「いけません! エメル様、アイゼ様を連れて早くお逃げ下さい!」


「逃がすワけ、ないダろう!」

 二匹のトロルが地響きと共に駆け寄ってきて、棍棒を振り上げた瞬間、真空の刃を二発飛ばす。


「エアカッター!」

 あっさりと左右に真っ二つになって倒れるトロル達。


「大丈夫ですよ、大事な姫様には指一本触れさせませんから」

 姫様を安心させるため、思い切り優しく微笑みかける。

 咄嗟に俺にしがみついて青ざめ震えていた姫様の顔が見る間に真っ赤に染まって、慌てて手を引っ込めてしまった。


「ずっとしがみついてていいんですよ?」

「い、今のは違うぞ、決して、その……とにかく違うぞ!?」

「はい、違うんですね、分かりました」

「ええい、ニヤニヤするでない!」

 拗ねてそっぽを向いちゃって、ああもう可愛い過ぎ! 俺を萌え死にさせる気か!?


「おおよそ事情は理解しました。アイゼ様、ここはエメル様のご好意に甘えましょう。エメル様の今のお力を見る限り、アイゼ様をお守りするにはそれが一番安全です」

 クレアさんの鬼気迫る真剣な表情に、ちょっと冷静になる。

 本気でグズグズしてられないみたいだし、浮かれた頭は切り替えよう。


「それで、西門から出ればいいんですか? その先は?」

「西門を出た後はそのまま街道を西へ、クラウレッツ公爵領へと向かって下さい」

 クレアさんの説明を、姫様が補足してくれる。

「そこで兵を集め反撃の態勢を整える。このままトロルどもの好きにさせるわけにはいかぬからな」


「分かりました。ところで、王様とか王妃様とか大丈夫なんですか? 他に落ち延びてる王族の人は? 王城の方まで助けに行きますか?」

「いや、姉上はすでに東門から落ち延び、東のアーグラムン公爵領へ向かっているはず。父上と母上……国王陛下と王妃殿下はトロルどもと交渉するため、敢えて城に残られた。陛下が交渉で時間を稼いでいる間に兵を集め、王都を包囲し圧力をかけ、可能であれば奪還するのが私の使命だ」

 なるほど、王都の失陥はもう覆せないから、それを戦略的な勝利条件にするのか。


「つまり和平交渉で少しでも不利な条件を覆すため、すぐに戦術的勝利が必要なんですね。それに落ち延びた姫様達に対する人質で、王様や王妃様を今すぐどうこうする可能性は低い、と。むしろ下手に今助けに戻ったら人質に取られて投降するしかなくなって、万事休すですね……うん、これは急いでそのなんとか公爵領へ行かないと」

「その通りだが……今の話だけでそこまで読めるとは、そなた本当に平民か?」


 だって、この手のパターンは何十回も見てきたからな。

 それはさておき。


「急いで行きましょうか、また追っ手が来る前に。クレアさん、走れますか?」

「はい、走れます。もし遅れるようなことがあれば、そのまま見捨てて構いません。アイゼ様のお命が第一です」

 気丈にも震える足を叱咤(しった)して、一人で立ち上がり背筋を伸ばすクレアさん。


 でもこれ、どう見ても走れそうにない。

 多分、一人でも逃げられるってところを俺達に見せて、足手まといの自分は見捨てていけ、そう言ってるんだろう。


「分かりました。でも見捨てませんから安心して下さい」

 クレアさんが見捨てて構わないって言ったとき、姫様がすごく泣きそうな顔をした。

 姫様にとって、きっとすごく大事な侍女なんだろう。

 お供の騎士達も一人残らず倒れてしまったし、これ以上誰も犠牲にしたくないんだ。

 第一俺も、こんな勇敢な女の人を見捨てる真似なんてしたくない。


 とはいえ俺の両手はすでに塞がってるし、さてどうするか……なんて、執れる手段は一つだけだよな。

 うん、姫様達にならいいよな、よし見せちゃえ。


「クレアさんはこいつに乗って下さい。顕現せよ、我が契約せし土の精霊、モス!」

 事前の練習通り(・・・・・・・)、俺の台詞を合図に、地面から土塊(つちくれ)がボコボコと出現して小山になって、それがバンと飛び散ると、そこに俺の背丈ほどの高さの、牛の魔物ベヒモスの姿をした土の精霊モスが現れる。


『ブモォォ!』

 ちなみに、飛び散った土塊は、宙に溶けるように消えて周りに迷惑はかけない。

 さらに言うと、台詞も含めて一切の演出は不要で、キリが姫様達を見つけたときのように、俺や契約精霊自身の判断で現れたり消えたり自由自在だ。

 でも、ハッタリって言うか、こういうのって演出が大事だよね。


「ま、魔物!?」

 突然現れたモスに、息を呑んで目を見開く姫様とクレアさん。


「大丈夫ですよ、こいつは魔物じゃなくて、俺の契約精霊ですから」

「これがそなたの契約精霊だと……このように巨大な!?」

「こんな大きな契約精霊なんて見たことも聞いたこともありません……」

「あ、やっぱり大きいですか?」

「そなた……一体何者だ?」

「何者って、ただの貧乏農家の次男坊ですよ?」

 まあ、ただの……って言い切るには、多少無理があるかもだけど。


「まあその辺りは今は気にしないで、クレアさん乗っちゃって下さい。土の精霊だけあって守りが一番堅いんで」

 しゃがんだモスにクレアさんを急かして乗せる。


「さあ、行きますよ姫様。モス、付いてこい」

『ブモゥ』



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