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ラブカクテルス その98

作者: 風 雷人

いらっしゃいませ。

どうぞこちらへ。

本日はいかがなさいますか?

甘い香りのバイオレットフィズ?

それとも、危険な香りのテキーラサンライズ?

はたまた、大人の香りのマティーニ?


わかりました。本日のスペシャルですね。

少々お待ちください。


本日のカクテルの名前はグルグルでございます。


ごゆっくりどうぞ。



僕には特殊な力が昔からある。

物心ついた頃のある時に気が付いた。

でも小さい時から母親にそれが、それは行儀が悪いのでしないように、と注意されていたので人前ではやったことがなかった。

だからそれまでは誰もがそれをすることができると思っていたから、それが特殊だなんてこれっポッちも考えてみたことさえなかった。

しかしそんなある日、あれは小学校に上がった辺りの頃についつい癖の様になっていたそれを何気なくやってしまったことから騒ぎになり、そしてそれを堺に僕の周りの環境はガラリと変わった。

僕はただ癖で、机の上にある教科書と筆箱をグルグル回した。

ただそれだけのこと。

でも普通の子と違って、それらには触れずに、考えて動かしただけの話だが。

それに気付いた隣の席の女の子が、くるくる回り始めた教科書や筆箱を見て悲鳴を挙げて僕は驚き、でもそのけたたましい悲鳴のお陰で皆の視線は僕に集まり騒ぎになったのだった。

今思えば、あの時僕も彼女と同じ様に驚きながら、なんで教科書と筆箱が回っているんだって驚いた振りをしていれば、超怪奇現象辺りで済んでいたかも知れなかったけど、さすがにそんな小さい子供にそんな知恵がある訳もなく、こんな結末になった。

それから両親は騒ぎが大きくなる前に離れた場所に引越しをし、僕も当然転校になった。

その時初めて母親から自分の力の存在を説明され、人前ではそれを絶対に使わないようにと約束するよう、泣いて頼まれた。

僕も母親の涙に吊られて一緒に泣いたことをよく覚えている。

しかしそれからはしばらく、そのショックの大きさから力は使わなくはなったものの、中学生になってから直ぐに僕は、それらの件がきっかけで大人しい性格になってしまったからか、いじめられるようになり、ひどい仕打ちを受けそうになった瞬間、その相手を遂に回してしまったのだった。

しかしその時の僕の力と言ったら、しばらく封印していたせいもあったからなのか凄い勢いで、結果は相手が大怪我。

僕は恐がられるように段々なって孤立していき、友達もなく、思い出もない、そんな中学生活を送る羽目になった。

僕はその能力を、生んでくれた親を、そして自分を呪い、反抗期も重なって、手が付けられない乱暴者になってしまった。

困り果てた親はノイローゼのようになって家庭は崩壊寸前だった。

僕は何も悪くないのに。

誰もそれをわかってくれない。

生きていても仕方ない。

僕はそう強く思い始めた。

しかしそんな時にそれは起こった。


僕は引きこもりを始めて部屋から出ない日々を送っていた。

世間なんて知らない。

だからテレビなんて見なかった。

同情や馴れ合い。

どうせそんな中に答えなんてない。

だからパソコンなんてやろうとも思わなかった。

本当に何もしない生活。

たまに寝すぎて頭が痛くて堪らないことと闘い、起きている時間はできるだけ何も考えないように努め、空腹になればその腹からの訴えを無視し続け、何日で餓死するかを楽しんだ。

しかしそんなある日、いきなりしばらく開くことを忘れたかのようなこの部屋の扉が開いた。

そして慌てて入ってきたのは母だった。

僕は潜っていた布団から少し顔を出して、その姿を確認した瞬間、母はその布団を思いきり引っ張り剥がした。

そしていきなり襲ってきた寒さに体を丸める僕の腕を母は思いきり引っ張りながら、早く来なさいと凄い勢いで布団から僕を引きずり出すと、そのままリビングに連れ出した。

寝たきりだったせいで力も出せずに抵抗も出来ない僕に、母はテレビを指差してそれを見るように言うと、そのままの興奮した様子を続けた。

そして久しぶりに観たような気がするテレビには、そんな僕でさえ驚くものが映っていたのだった。

動物園の虎の柵。

その上の木にぶら下がる少年。

落ちたんだ。

テレビカメラのアングルからして、その状況と距離感が即座に理解できた。

これは大変だ。

きっと5、6歳くらいであろうその少年は今にも折れそうな、か弱い幹にしがみついて泣き叫んでいる。

その下には三頭の虎が、まるで野性に戻り、いつ噛みついてもおかしくない興奮

状態で跳び跳ねながら待ち構えている。

その獰猛な様子から、飼育員は近づくことができないらしく、麻酔銃を用意しているが、少年の腕の限界の方が早いとキャスターが訴え、皆は固唾を飲んで見守り、声を掛けて励ましていた。

そんな様子の映像に母は叫んだ。

僕にあの虎を回しなさいと。

僕は、えっ?っと思ったが、母は真剣な眼差しを僕に送り続けながら、あなたしか助けられる人はいないわ。と、迫力ある口調の言葉で僕をぶった。

そして肩を抱きながら、あなたならできると、その手に力を入れた。

僕は大して、なんの正義感も持ってはいなかったが、テレビを見て心で唱えた。

回れ。

テレビを通してやったことなどなかったし、うまくいくかなんて当然わからなかったが、虎達は突然グルグルと回り出し、やがてフラフラになりながら三頭ともくねっと倒れた。

画面の向こう側はざわつき出しながらも、虎が動かないのを確認すると、一気に声援が沸き上がり、レポーターも興奮し、やがて少年は助け出された。

歓声が渦を巻いたところで母が僕を抱きしめてくる。

母は泣いている。

しかしそれが少年の無事にほっとしたからなのか、違う意味があるのかはよくわからなかったが、僕は母をしばらくそのままにしてあげることにした。


母は僕にリビングで食事をするように言い、僕は黙って賛成した。

そしてその食事を摂る僕に、あなたの力はきっと人を助けるためにあるに違いないから、いい加減に自分と和解してと、空腹で掻き込む僕に優しく語りかけた。

僕はなんだかわからないが、何かが自分の中で、小さいが、ろうそくの灯りのような温かさを心に感じさせているのに気が付いた。

そして母の言う通りに、自分を受け入れることを考え始めたのだった。



これまた久しぶりに感じる部屋内以外の空気。

なんだか大袈裟だが懐かしく思える。

しかし外で呼吸をすることが、こんなにも気持ちいいなんて。

大した事のない自分の家を出た玄関先で僕は、何度も何度も深呼吸をした。

そして先ずは走り出した。

マラソン。

自分と対話するには一番の方法である。

僕は自分と向き合うのにどうする事が一番いいことなのかを、かなりマイペースな歩調で軽快に走りながら考えた。

とりあえずは自分を自分でコントロールすることを始めなければならないと思った。

そして自分の力をもっと知る事が重要だと。

息を切らせてたどり着いたのは河原だった。

僕は周りを見回して誰もいない事を確認すると、まず手始めに川の中にいる魚を想像して回してみることにした。

しかし幾らやっても川にはなんの変化も起きない。

どうやら実際に目で見ているものしか回すことはできないらしい。

そこで今度は河原に捨てられているボロボロの車を回してみることにした。

僕は軽く念じた。

回れ。

すると車はなんのためらいもなしに回り出す。

僕はそれをゆっくりになるように念じてみると、意外にも車はちゃんとゆっくりな回りをし出した。

今度は速く、今度はいきなり止めてみたり、それから転がすように回してみたりと、色々試してみると、かなりテキパキとそれらは反応する。

僕はそれに思わずニヤケた。

なんか、この力って凄い。

まるでなんかのヒーローみたいだ。

なんだかわからない自信が僕の中に湧いてきているのを感じた。

僕は本当の自分を今認め、覚醒した、そんな気になった。

そしてこの力をどんな事に使い、これからの僕がどうなるのかがとても楽しみになった。

しかし、物事そううまくいかない、というより運が悪い星の元に生まれたというのだろうか、僕にはまた悲劇が訪れることになっていた。

自分と仲直りした方がいいと言っていた、最大の僕の理解者である母がその日、

家帰ると倒れていて、そのまま亡くなっていたのだった。

僕は知らなかった。

母が病に侵され、死期がそこまで母を追い詰めていた事を。

知る筈がない。

あんなにヒネくれて引きこもりをしていた間、自分の事すら興味もなかったのに、ましてや母の事なんて。

僕はその母の亡骸を抱きながら泣いた。

なんでこんな事になるんだ。

なぜ僕はこんなに苦しい想いばかりしないといけないんだ。

あんな力なんてあっても母さえも救う事ができなかった。

あんな力、なければよかったのにっ!

あんな力なんて、

力?

僕は冷静になった。

そしてある事を思い出した。

確かな話ではないが、やってみる価値はある。

僕は立ち上がり、家の外へ出た。

そして方角を確かめて地面を見つめた。

そして唱えた。

回れ。

すると一瞬、辺りが静かになった気がしたかと思うと、空にある雲がとても早く流れ出し、その空は目まぐるしい勢いで夜昼夜昼と変わり、そして冬秋夏春と季節をも逆転して世界が動き始めた。

腕時計も逆にどんどん回り出している。

そう。僕は地球を逆転して時間を戻し出したのだった。

うまくいくかはわからなかったが、なんとか時間は戻っているみたいだ。

それらが嘘ではない証拠に、僕はだんだん若返り、中学生から小学生、そして幼稚園児、そして赤ちゃんへと身体は変わっていった。

これで母さんは生き返り、僕も振り出しに戻れる。

薄れる意識の中で僕は止まれと唱えた。


すると僕は赤い赤い、そして温かいお湯の中にいた。

僕は胎児に戻り、母の胎内にいるようだ。

なんて心地いいんだ。

僕の意識はだんだんと眠りに落ちるように遠退いていく。

次に生まれる時はまた同じ繰り返しになるのだろうか?

しかしそんな心配も虚しく、僕は深い深い眠りに落ちのだった。



おしまい。


いかがでしたか?

今日のオススメのカクテルの味は。

またのご来店、心をよりお待ち申し上げております。では。

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