第8話 襲来
スティング神が降臨した。その一報に国王クレム四世は、こう紡いだ。
「我らがスティング神もまた、勇者を祝福しておるようじゃ」
兵士たちは歓喜に湧いた。自分たちが子供の頃から聞かされていた神が、姿を現したのだ。多少なりとも信仰心がある者ならば、喜びを覚えて当然だろう。
一方、王居にてクレム国王から報酬を受け取っていた勉太は、何か言いようのない不安に駆られていた。
「どうしたの?」
「いや……」
近藤は何も気にしていないようだ。ならば自分の気のせいか。勉太はそう思った。
「勉太殿。参りましょう!」
いつの間にか国王たちは歓迎の雰囲気になっていた。これでは勉太たちも断るわけにはいかないだろう。
「まさか勇者に続いてスティング神までもが現れるとは……」
「勇者こそ、スティング神の使いなのかもしれぬな」
「やめてよー!あたしたちは神様とか関係無いって!」
「我が国を救ってくれたことには代わりないですからな。はてさて後世にはどう伝わるやら」
「……!!」
兵士たちと近藤の気さくな会話を聞いて、勉太はハッとした。これだ、自分の感じていた不安は。
自分たち勇者とスティング神、どちらもクレム王国を救った救世主として讃えられている。
同じ?同じだって?そんなわけがない。
というのも、スティング神は今回、何もしていないのだ。クレム王国が危機に瀕していたにも関わらず、姿を現さなかった。一体なぜ?
そして同時に浮かび上がるもう一つの疑問、なぜ今になって姿を現したのだ?
勉太の不安は徐々に強まっていく。
「おおっ!あれはまさに……!」
兵士の一人が声を上げると、国王たちの目線が一点に注がれる。そこには、巨大な雀蜂の背中がゆっくりと上昇していく光景があった。
「スティング神!」
呼ばれた名前に応えるように、ゆっくりと蜂が振り返る。
「キャアアアアアアッ!!」
近藤の悲鳴に耳を塞ぐ者はいなかった。国王たちは眼前に起きている状況を把握することに必死だったのだ。
雀蜂が顎に挟んでいるのは何だ?全身をばたつかせて、喉を鳴らしながら藻掻いている。あれはやはり……!
ブチン!
挟まれたものが二つに離れた。
近藤は知っている。昨日、勉太が掴んで投げ捨てた物と同じだ。蜥蜴人のそれと、同じ形をしている。
つまりあれは頭と、体だ!
「逃げろォォォォッ!!」
勉太が叫ぶ。
国王たちもようやく理解した、これは命の危機だと!
ブブブブブブ!
透き通った羽を不快に奏でながら、スティング神が動く。
「近藤!」
名前を呼ばれた時には、近藤は既に走り出していた。『 一 斉蜂起』を通して、言葉よりも早く意志が伝わっているのだ。安田と相澤を呼んできてくれと。
「スティング神……!」
よたよたと走り去る国王を守ろうと、兵士たちは震える手で剣を抜く。そこに戦意は無かった。
言葉にせずとも皆が分かっているのだ。この状況、蜥蜴人にすら音を上げた自分たちに、一体何ができるというのか。
「馬鹿が……!」
勉太は悪態をついた。負けると分かって逃げない兵士たち、あるいはこの昆虫を神と呼んだ先祖に対して。
対峙して分かる真っ黒な殺意。蜥蜴人など及びもつかない。クレム王国の真の危機がそこにはあった。
引き千切られた死体が勉太の脳裏に浮かぶ。
「だが!」
勉太が地を蹴る。その目に迷いは無い。
この数日間、蜥蜴人を何体も葬ってきた。喉を切り、顔を潰し、首を刎ねてきた。彼らの死に様を自分自身にこれでもかと見せつけ、命の重みを忘れようとしてきた。
全てはこの時のため。この一歩を踏み出すために!
行ける、と勉太は思った。『 一 斉蜂起』の強化は肉体だけでなく、感覚にも及ぶ。高速で動きながらも、勉太はスティング神の動向を把握できているのだ。機動力という意味では、自身の方が遥かに速い。
一気に懐まで飛び込む。スティング神と目が合ったのが分かる。
人間だから地面を駆けるとでも思ったか?自分は空中にいるから安全だとでも?ナイフを持つ右手に力が入る。お前の首も刎ねてやる、たとえ神であろうと!
「くらえ!」
ビュン!
「え……!?」
振るった右手は空を切った。
スティング神が姿勢を変えたのだ。上体反らしのように顔を後ろに下げ、ナイフを避けた。さらにスティング神は肉体を回転させ、臀部の針を勉太に向ける。
ギィン!
針の側面にナイフをぶつける。勉太としては切り落とすつもりだったが、予想以上の硬度に軌道を変えるだけで精一杯だった。
何と鋭利な針だろう、と勉太は思った。敵に毒を注入するための針ではないのか。これでは容易く貫いてしまうだろうに。
勉太は着地と同時に、スティング神と距離を取る。
まだ彼は冷静だった。今の攻防を経て、得られた内容を分析する。
やはりスピードにおいては自分に分がある。だが、闇雲に突っ込むのは危険だ。いくらこちらの方が速くとも、人間は空中では動けないのだ。
それに、あいつにはナイフの軌道が見えていた。蜂の動体視力など知る由もないが、人間とは比較にならないほど高いのは分かった。
「勉太!」
近藤が二人を連れて戻ってきた。
「あぁ、やはり僕一人では難しい相手だったよ。四人で行くぞ、僕らは最高のチームなのだから!」