ヒントとオトの深層
レイ、ゴーティマ、ラウラ、そしてサラシャの複製体達の同士討ちが、激しさを増していく。
彼らを苦しめているのは、その実精神世界での戦であるから、中には激しく泣いている者もいる。
この世界においては目くらめっぽうであるはずの攻撃と防御が、まるで予定調和的に互いにぶつかり合う形に調整されて、戦の形を成している。
その様子を見て、リンが、サラシャに思念を送る。
『さすがに、脱出のヒントぐらいは流し込んだ方がいいかな。
魔法の解除そのものは、これだけの数が対象だとかなり面倒だし、それをやる間に自力でみんな戻ってくると信じているからやらないけど、一斉に思念を流すことぐらいはしてみるか』
『そうですね』
さっきまでサラシャに抱き着いていたサラシャフォーは、また別の理由で賛同の意を伝える。
『いいですね。これで、万年副ヒロインたちとの格の差を見せつけることができますから』
サラシャが、そんなサラシャフォーの頭を撫でまわす。
『フォーったら、そんな風に意地悪ぶったところで、本当は優しい頑張り屋さんなのは、みんな知ってるんですよ』
『サラシャ様、恥ずかしいです。おやめ下さい』
サラシャフォーが、まだ心持ち潤んだ瞳のまま、頬を染める。
『うふふ。フォーは可愛いですね』
『サラシャ様、からかわないでください』
そんな風に、複製体とオリジナル、見た目がそっくりな二人がじゃれ合っているのを見ながら、リンは自分の考えを伝える。
『それじゃ、流すね。』
そして、リンは、目をつぶる。
戦場に、思念が流れる。
それを受け、殆どの人たちは、戦いの手を止め、まるで何かを見つめ直すように黙考し始める。
だが、たった一人、それでも抵抗するかのように、必死に戦っている男がいた。
彼は、現宇宙魔皇を名乗る兄に、泣いたり叫んだりしながら、必死に挑んでいく。
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オトが気付いたときに立っていたのは、昔フィンとよく遊んでいた、皇国首都惑星ダヴィリオーニの、とある一角だった。
目の前に立っている男の顔が見えずとも、オトは、それが兄であることを確信した。
「お前は、フィンだな。兄さん。何故父さんと、妹を殺したんだ?」
「反乱軍の増長の責任を取ってもらったのだ。魔宙皇国の支配制度においては、皇室以外は成果主義と実力主義が徹底されている。私は、その例外であった皇族にも、これを適用しただけだ」
オトは、その返事を聞いて怒りを隠さない。
「確かに、皇族にも実力主義を適用するのには賛成だ。兄さんさえいなければ、私がトップだからな。
だが、殺してまでトップになる気は、今まではなかった。父さんも、妹も、家族じゃないか。家族を殺してまでトップになったところで、この皇国を発展させられるとは思わなかった。
だから、私はこれまでは家族殺しを犯さなかった。
だが、状況が変わった。
先代の宇宙魔皇を暗殺した謀反人が、宇宙魔皇を名乗っているのだから。親殺しにして反逆罪。
兄さんは、魔皇の僭称者でしかない。だから、私は、お前を殺す」
オトが魔剣を起動させる。
男は、笑う。
「フハハハ。私が倒せるとでもいうのかな?」
「魔雷」
魔法の雷が男に迫る。
だが、男は、手を一振りして、それを霧散させる。
「愚かな弟は、やっぱり甘いな。吸い込まれるがいい。魔重球」
「魔宙隔離」
男が生み出した魔重球を、オトが隔離する。
「フハハハ。なら、これはどうかな?魔宙攪乱」
オトは、攪乱されている領域とフィンの間のある領域に意識を向け、言う。
「魔宙切断」
「ほう、攪乱のために流れる魔力の流れを断ち切って魔宙攪乱を停止したか。少しは成長したんだな、弟よ」
「黙れ!いつだって、兄さんに私は負けてきた。マコク使いとしての力も、遊びも、知性も、何もかも。
だから、今日こそは、お前を倒すんだ」
オトがそういうと、男は、余裕を持って返す。
「ほう。やれるものならやってみるがよい、愚かな弟よ。フハハハ」
オトは返事せず、無数の魔剣を起動させ、魔黒球なども放ちながら、男に接近する。
男は、それらの攻撃を最小限の動きでかわす。
そんな男を見て、オトは一気に思うことを吐き出す。
「兄さん、あの時のことを覚えているかい?
二人で父さんがくれたアイスを食べていた時、私は、運よくもう一本のアイスがもらえる当たりの棒を引き当てた。
にもかかわらず、そのおまけのもう一本のアイスを、私が口に入れる前に、兄さんが奪ってしまった。
その時のことを、兄さんは覚えているかい?
私は、鮮明に覚えている。せっかく私がもらったものが、無残にも兄さんに奪われていくことの悔しさ、やりきれなさ、そして、恨み。
幼いころから、兄さんは、ずっと私から、様々なものを奪ってきた。食べ物だけじゃない。遊具に、友人に、金銭。何もかも、兄さんより多く持つことは許されなかった。
ただ兄さんよりも遅く生まれて、力がなかったというだけのことで。ひどい話だろう?
でも、そんな兄さんさえいなければ、私は、幸福な第一皇子、そして未来の宇宙魔皇になれたのに!」
オトの攻撃が激しさを増す。
魔重球なども飛び出していく。
しかし、男は、それらの攻撃を、的確な方法で受け流したり、避けたりする。
オトは、無力感を感じて、唇を噛む。
「どうしてなんだよ…」
そして、その悔しさが涙となってこみ上げる。
オトの攻撃に見える苛立ちが増していく。
「この!この!この!倒れろ!倒れろ!」
もはや、オトの出す声は、願望交じりの悲鳴に近い。
しかし、どんなに攻撃を重ねても、男には届きそうにない。
やがて、どれだけ攻撃したか分からなくなる頃、体力や集中力がつきかけ、意思が折れかける。
そんな時、彼の中に、何者かの思念が流れ込む。
『フィンがこの戦場の全ての敵に一斉にかけた魔術は、深層心理顕現というものだ。
君たちが戦っている相手は、君たちの深層心理であって、現実世界で暴れることは、同士討ちにしかならない。
自分の世界に深く入り、戦うのをやめよ。戦うことは必要だが、戦い方が間違っている限り、君たちは戻れない』





