ゴーティマの深層
ゴーティマは、1000年前、アマカケと別れたあの場所にいた。
目の前に立つのは、一人の少年。見覚えがありそうだが、顔はよく見えない。
リンに似ている気もするが、それにしては、大人っぽい、まるで、あの大英雄のように。
ゴーティマが問う。
「誰なのだ、お主は」
「君のよく知っている人。君の愛してきた人。
そして、君の思いが、決して届くことのない人」
「リン、なのか?」
「さあね。でも、君がいくら愛したところで、別の人を愛してしまう人だ。
強さ故に、何も考えずに君のタコ足をめくってしまう人。
それ故に、君が惚れてしまう人。
でも、いつでも、別の人を想っている人。
歴史は繰り返される。そう思わないかい?」
ゴーティマは、落ち着きを保ったまま、返す。
「勝つさ、今回は」
「確かに、この戦争には勝てるかもしれない。アマカケの時みたいに、一人だけ残して死なせてしまうことは、ないかもしれない。
でも、君は、分かっているはずだ。恋愛という意味では、決して勝てないことを。
そもそもリンは、今でもサラを愛している。それに、もし彼の気が万一移ることがあったとしても、その相手は、サラの代わりとして創造されたサラシャか、サラの従姉妹でサラの面影が感じられるラウラの、どちらかだろう。
君の出番は、永久に回ってこない」
ゴーティマに、微かに動揺の色が走る。
「ないな、そんなことは」
少年は、ゴーティマに顔を近づける。鋭いまなざしが、彼女を射抜く。
狼狽する彼女のことは気にせずに、少年は続ける。
「どうかな?リンは、まだまだ若い少年だ。いくら若作りしたところで、齢1200歳にもなるおばあちゃんを、誰が好きになると思う?」
彼女は、押し黙る。
「タコ足めくりされただけですぐになびいてしまう、浮気性のタコ族に、一夫一妻文化を支持しているニンゲン族の男が、なびくと思うか?
それに、分かりにくい倒置法。タコ族の母語の構造に近いからって、1200年経っても魔法語を倒置でしか話せないんじゃ、分かりにくいことぐらい、君だって、分かっているだろ?」
少年は、彼女が普段意識しないように押し込めていたことを、次々と話していく。
「それに、その謎のお姉さまキャラ。1200歳のお姉さまなんて、姉御と呼んでくれるガーゼインですら、内心引いているんじゃないかな?」
ゴーティマは、耐え切れなくなる。
「知らぬ、誰かは、お主は。だが、感じる、強力な魔力を。敵だな、お主は」
「さあね。でも、君が怒りを覚えるのなら、きっと間違ってはいないと思うよ」
「しかり。敵だ、お主は」
ゴーティマが、震える。
ゴーティマの魔剣が起動される。
緑色の髪が垂れかかり、その表情は見えないが、うつむいたままの彼女は、泣いているように見える。
それを知ってか知らずしてか、少年は、笑って、同じ本数の魔剣を起動させる。
「君は、まず真の姿で戦うことから始めようか。そんな若くてか弱い、偽りの姿だったら、本当に実力もそれ相応になってしまうだろ?
この世界では、真の姿で戦おうと問題はない。むしろ、そうしないと生き残れない。
君も、そのことは、感じ取っているだろ?
さあ、僕に、その真の姿、醜い姿を、思う存分晒すがよい」
ゴーティマは、答えず、魔剣の刃を少年に向かわせると同時に、結界の刃も放つ。
少年は、笑いながら、それを受け止める。
決着を急ぐかのように、激しく魔剣を振るうゴーティマ。
いつしか、攻撃に流される魔力が増加し、彼女自身も気付かないうちに、真の姿へと戻っていく。
それを受け止める少年の微笑。穏やかに見えながらも、冷たさを秘めていて、かつ容易には倒せないということを感じさせるものに見える。
それでも、ゴーティマは、何かに駆り立てられるように、刃を振るっていく。
マハクの青黒い魔剣同士が、交わる。





