マハクの実践
翌朝。また別の砂漠動物を主食にした朝食を取り終えた三人は、ベンの家から少し離れた広い砂地に出た。
そこで、ベンは言う。
「今日は、早速マハクの力を使ってもらいたいと思う。マハクの力を使えば、色々なことができる。
例えば、あの魔車を、こんな風にして…」
すると、魔車は空中に持ち上がった。それを見て、リンが言う。
「魔力の流れをうまく調整すれば、あんなこともできるんですね。まるで、超能力じゃないですか」
「世俗の所謂超能力は、本物である場合は、マハクかマコクに片足踏み込んだ程度の技術ではある。
だが、多分この魔車のサイズのものを自在に扱うことは、それでも厳しいだろう」
それを聞いて、先ほどから少し考え込んでいたレイが言う。
「なるほど。ちなみに、持ち上げる以外にもいろいろできそうですね。
こんな風にすれば、魔車の魔力の補充とか」
レイは魔車のある部分をイメージして、その部分に手からエネルギーを流し込むような動作をした。
「さすがだな、レイ。でも、私も負けちゃあいられない。
…感じる。あの魔車の形は、そもそも無駄が多い。…こうして、…ああして、…」
リンは、目をつぶって何やら独り言を言う。
すると、魔車の外装は、まるで液体金属にでもなったかのように滑らかに形を変えていき、出来上がったのは、水陸空兼用の、小型飛行機とでもいうべき何かであった。
「こうすれば、地球上を自在に動けるようになるはず。小型魔空船の完成、ってな訳。
これもマハクの力ですよね、ベンさん?」
そう言って、リンがベンの方へと振り向くと、ベンは、口をあんぐりと開けていた。
「…」
「ベンさん?」
「あ、ああ。だが、ここまでのことは、私でもできない。君は、どうやったらこれができたんだ?」
「魔力の流れを感じ取ったところ、聞こえたんです。こうして欲しい、こうすればもっと良くなる、という、原子の声が。
その声に沿って原子を切り離したり、繋げ直したりしただけですよ?」
リンは、こともなげにそう言った。すると、ベンは、少し落ち着きを取り戻して、言った。
「さすがは天才にしてアマカケの末裔、というところだな。普通、原子の結合にまで手を加える能力は、優秀なマハク使いが一生かかってやっと手が届くかどうか、というレベルだと伝えられているのに…。
まあ、いい。気を取り直して、今度は魔剣の手ほどきでもしよう。一旦食事休憩も兼ねて、家に戻るぞ」
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魔宙皇国首都惑星、ダヴィリオーニ。
数千メートル級の超高層ビルに覆われた首都惑星の中でも、唯一一万メートルを超える高さに達していることによって、ひときわ異彩を放つ、宇宙魔皇公邸。
そこで、機械化手術を施され、顔面の左側と下半分を、鋼鉄の無機質なマスクで覆われた男は、角の生え、角度によって七色に変化する髪の生えた美少年の前に、跪いていた。
男は言う。
「大陛下、今日はどんなご用件でしょうか?」
「チキュウという辺境の惑星から発せられる、原子級のマハク使いの力を感知した。
記録をたどる限り、これは700年ぶりの出来事だ。
原子級にとどまっていれば、朕が出ればどうにでもできるだろうが、そこまでする必要もあるかも含めて、貴君に調査に出向いてもらいたいのだ。サイバネティック監視辺境伯殿。
万一にでも、魔宙皇国に反旗を翻す動きがあるのなら、遠慮なくサン・キラーを送り込んで、タイヨウ系ごと吹き飛ばしてくれて構わない。
頼んだぞ?」
「仰せのままに」
「ああ、それと、タイヨウ大魔王もチキュウ魔王も、ついこの間就任したばかりの、新人だったはずだ。だから、適宜彼らのサポートも頼むぞ」
「仰せのままに」
サイバネティック伯は思う。
エルフ族の自分は、現在253歳。機械化手術によって寿命を恐らく500年ほどにまで伸ばしたが、700年ぶりの出来事となると、その全寿命の中でも一度、あるかないかのことだと分かる。
無詠唱にこだわる邪流魔術の一派出身で、かつて大陛下に挑んで、破れたものの気に入られ、現在はマコク使いの監視辺境伯となった身のサイバネティック伯。
最低でもクオーク級の力はあると思われる陛下にとっては、全く相手にならないだろうが、それでも原子級の力と言えば、自身も、この150年間マコクの道を究めて、ようやく手にしたばかりというほどのものである。
その力を、今や殆ど滅びたマハクの道によって手にした者。
興味はあるが、今までになく厳しい任務になりそうだと思い、彼はため息をつくのだった。