サラシャツーは踊り、踊らせる
青と緑の湖水惑星、スコッツをバックにして、転移の穴が、もう一つ開く。
飛び出してきたのは、サラシャと、彼女にそっくりな美少女の集団である。
余程の趣味の持ち主が見るのでもない限り、さすがにここまで大量に美少女が並べられてしまえば、美少女の価値も暴落してしまいそうなものだが、彼女たちは、そんなことは恐らく気にもしていないだろう。
複製体達たちの心は、サラシャ、そしてそのマスターにして創造者であるリンにだけ、捧げられているからである。
その一人が、サラシャに思念を送る。
『サラシャ様、露払いは、このわたくしにさせていただけますか?』
サラシャは、ニッコリとほほ笑んで答える。
『いいでしょう。やってみてください、サラシャツー』
サラシャツーと呼ばれた複製体は、小躍りして喜びを表現し、戦場へと向かって行く。
それを見ながら、サラシャは他の複製体達に思念を送る。
『さて、私達は、ラフートでも吹いて、戦場を盛り上げるとしましょうか。思考を思念として送ることができるのと同じ要領で、こうして、ラフートを思念で奏でれば、本来音が伝わらない宇宙空間の戦場をも、鳴らすことができます。
今はサラシャツーの出番ですから、彼女に会ったテーマを一曲、即興で作り、奏でるとしましょう』
複製体達は、一斉に思念を返す。
『『了解』』
そして、サラシャたちは、おもむろに、予め腰に差していたラフートを口に加えた。
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戦場にたどり着いたサラシャツーは、念ずる。
『魔宙隔離』
戦場が、丸ごと隔離され、バックに見えるスコッツがわずかに霞む。
オトの分身体が、異常を察知する。
『何だ?』
『ご心配なく。オト様、わたくしはあなたの敵ではございません。慎重に使うべき大技を発動させるつもりなので、一旦この戦場を隔離したのです』
サラシャツーがそう伝えたとき、今度は、ラフートの多重奏による、壮大で、神々しくさえある音楽が、戦場を駆ける全ての者の心に入ってくる。
フィンの複製体達が、自身に相対する不気味な音楽を感じ取り、狼狽する。
音楽に動ずることのない魔装機兵たちが、この機とばかりに反撃を開始する。
サラシャツーが、その音色の意味を理解し、彼女の思念が歓喜の叫びをあげる。
『ああ、サラシャ様、お気遣いありがとうございます。戦場を駆けるわたくしは、こんなにも、こんなにも、美しかったのですね!
まるでジョン・〇ィリアムズが奏でるような、壮大な音楽、いや、その思念でしょうか。
わたくしは、なんと美しく、力強いのでしょう…』
歓喜のあまり、目をつぶり、一筋の涙すら滴らせるサラシャツーを見て、オトの分身体が気味悪そうに念ずる。
『色々ツッコミどころはあるけど、まずそのジョン何とかって誰なのだ?』
サラシャツーが、やや興ざめした面持ちで、答える。
『私には、マルチバース級の力があります。異世界からの声も、当然聞こえるのですよ』
『異世界からの声?』
『おや、知らなかったのですか?まあ、いいでしょう。
わたくしの技を見て、そんなこともできるのかとだけ思ってくだされば、今は十分です。
では、行きますね。時間超加速』
オトの分身体と、サラシャツーの周りを選択的な結界が覆う。その外側で、フィンの複製体達が、瞬く間に老化していく。
『GRWAAA』
『NOOOO』
『この貧乳があああああ』
複製体達が、様々な悲鳴を上げる。
サラシャツーが、そのうちの一部についてのみ、一旦時間超加速を止める。
その合間に、残りの複製体達は、宇宙の塵となって消えていく。
サラシャツーが、静かな怒りを秘めた思念を流す。
『サラシャ様、並びにサラシャ様のマスターの想い人の容姿と能力を受け継いでいるこのわたくしに対して、今、聞き捨てならないセリフを言いましたね。
あなたたちは、楽には死なせませんよ。
シーシュポスやプロメテウスのように、無意味な繰り返しにさいなまれるがよい。時間循環、記録開始』
局所的に、時間を循環させるべく更なる隔離が発生する。
オトが、呆れたように漏らす。
『魔宙隔離を、こんなに幾重にも同時展開させるとは…』
『だから言ったでしょう。わたくしには、マルチバース級の力があると。魔重球』
隔離された複製体のすぐそばに、魔重球のブラックホールが生成される。
オトの思念が虚しく響く。
『魔宙皇国の皇族でもこんな力はないと思うぞ。一体どういうことなんだよ…』
『簡単です。マルチバース級の力をお見せしているにすぎないので』
『そもそも、マルチバース級という言葉をそんなに簡単に口にすることがどうかしているんだよ、ダハハハ…』
複製体達が、様々な姿になって引き延ばされたり、歪められたりする。
『まるでムンクの叫びのような美しさですね。もう少しちょうどいい形にして…。記憶消去、時間循環、記録終了。循環開始』
すると、複製体達は、何度も、何度も、元の姿になったかと思うと、ブラックホールによって歪められていくことを繰り返す。
記憶を消されている複製体達は、何故そんな目に遭うのかも知らされずに、何度も、何度も同じことを繰り返す。
サラシャツーは、その様子をしばらく眺めていたが、やがて、念じた。
『うふふ。なかなかいいわね。でも、もう、飽きちゃいました。さようなら。
新世界創造、異世界転送』
複製体達は、もはや訳も分からぬまま、何もない、出来立ての宇宙空間に放り込まれる。
幸か不幸か、ビッグバンの高熱にも焼き尽くされることなく生き延び、永久にブラックホールとの狂気のダンスを繰り返し、見知らぬ宇宙を漂う。
投げ込まれた世界の大きさに対して大きすぎたために、加速膨張しながら、それでもなお、死ぬことも、狂気に陥ることも、許されずに。
サラシャの複製体達は、それぞれ微妙に異なる個性を持っています。
殆ど個性を持てないフィンの複製体とは、格が違うのです。
この辺、作り手の技量の差が出るところで…。





