それぞれの初夜
ベンの家の夕食は質素だった。
「オアシス地帯から離れた孤絶した庵のここだと、自然素材を簡単に調理したものしか出せない。が、そんなに悪くはない味だと思う」
そう言って差し出されたのは、サンドビートルという、全長20cmの甲虫の蒸し焼きに、わずかな香草を添えたもの。
「加工栄養食に慣れていたら、食感には違和感を覚えるかもしれないけどね」
「…確かに、初めて食べる味です。ですが、不思議と身に沁み行く感じは心地よいですね。レイ、君はどう思う?」
「香草との相性が素晴らしいわ。それに…調和している」
「世界の魔力の流れに逆らっていないからだと思う。ですよね、ベンさん?」
「そこは、少しは私の料理の腕にも触れて欲しかったものだ…。
というのはさておき、リンたちはいい点を突いているね。加工栄養食の、人工合成された栄養素を食らう都会の人々は、自然な食物網から隔離されている。
一方で、自然食材を食うことで、我々は自然な食物網の一部として生きていることになる。だから、自然食材を食べて、そこに調和を感じることができるのであれば、それはマハク使いとしての大きな前進だと言えよう。
しかし、既に瞑想せずとも魔力の流れを感じ取れるのかね?」
「朧気ながら、ですが」
「何となく、というところですね。瞑想していた時ほどはっきりと、ではありませんけど」
「…アマカケの血を継ぐ者と、その者と共に修業する者。相乗効果によって学習が加速しているようだな。
いやはや、君たちは末恐ろしいほどの素質を持っているようだ。
明日は、早速外界で、マハクの力が使えるか試してもらうとしよう。世界の魔力を感じ取れれば、実際に使いこなすことも、さほど難しいことではないからね」
そんなことを話しているうちに、食事は終わった。
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砂の寝床の中で、レイは考える。
私は、また二番手なのかしら、と。
瞑想しながら、そして食事をしながら、レイははっきり感じたのだ。リンの能力の高さを。
レイは、その聡明さによって、リンよりも早く、マハク、そして魔法の本質を推測はできた。しかし、リンは、レイよりも早く感じ取った。そして、それ故に、恐らく既にものにしている。
レイは、ニンゲン族としては聡明な部類だったが、サラには勝てず、魔法の使い手としては、戦闘魔法が使えるリンに勝てなかった。
どちらでも二番手。そして、今日もまた…。
自らの力の及ばぬこと、そして、パッとしないニンゲン族の中でも、あまりに無力で器用貧乏な類であること、その悔しさから、彼女の頬を一筋の涙が伝った。
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リンは、感じる。
マハクの道は、ほぼ万能に近い究極の力。そして、マコクとは、裏表の関係にある。
恐らくは、両方を使いこなせれば、最強の存在として、サラを奪った魔族にも、それなりに余裕を持って立ち向かえるだろう。
魔力の流れも、さっきの食事中よりも、更にはっきりと感じられるようになってきた。
感じ取ることそれ自体によって、感じ取る能力が向上するのであれば、そして、同じ原理によって、使いこなせば使いこなすほど能力が向上するのであれば、その限界は世界そのものの限界に等しいだろう。
その中で、自分はどこまで至れるだろうか…。
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ベンは、ほぼ悟っていた。
リンは直感で、レイはその知性で、恐らく明日にも自分自身を超えるマハク使いになるだろう。
二人は、紛れもなく、天才だ。そして、魔宙皇国に対する、新たな希望となるだろう、と。