思い出のラフート
リンが最後の角を曲がり、扉を開けると、彼女はまだラフートを吹いていた。
彼がその音色に聞き入っていると、一区切りして、サラは言った。
「やっと来たのね。遅かったじゃないの」
そして、再びラフートに口を付け、音色を奏でながら、彼女は浮遊魔法を使って浮き上がった。
「サラ、君は相変わらず綺麗だな。そして、その音色を奏でながら戦おうって訳だね」
サラは答えない。だが、頭の中に、声が響く。
『そうでもしないと、耐えられないもの』
「やっぱり、どうしても戦うしかないのか?」
『そう言いながら、既にあなたは戦っているじゃないの』
「ん?」
『魔剣だけがマハク・マコクの道ではない。あなたも、それは知っているはずよ。そして、こうして私が結界で斬りかかろうとするのを、あなたは見事にさばいているじゃないの』
サラは、悲しみを含んだ笑みを浮かべた。
『さすがだわ』
音色は、いよいよ美しさを増していく。
「そう言われると、嬉しいね、サラ」
『リン…』
「何だい?」
『こうして話していると、昔を思い出すわね』
「ああ…」
『あなたと出会ったころ、あなたは、とても苦しんでいたわね』
「そうだな」
『でも、それは、あなたに突出した才能があればこそだった。だからこそ、私はあの時思ったんだ。お友達になりたいな、って』
「うん」
『でも、いつの間にか、私にとってあなたは、ただのお友達以上になっていた。互いに何も知らなかったあの頃の私達は、互いに、突出した才能によって、惹かれていった。
でも、それだけじゃなかった。
レイは確かに親友だけど、あの子でも埋められなかった、私の孤独感。それを、ただ一人埋めてくれたのが、あなただったのよ。
だから、私は、あなたを愛した。でも、それだけでもないのよね
私は、あなたの全てが好きなのよ。たとえ、敵なんだとしても、今だって、こんなに凛々しい姿で…あなただって、美しいのよ』
サラの瞳から、一筋の涙がこぼれる。
「それは私だって同じさ。君がいなければ、私は彼らの陰湿な攻撃に耐えきれず、もう生きていなかったかもしれない。
でも、君は、彼らとは違って、私を、私であるが故に認めてくれた。
君は、商業魔宙船の客室乗務員だった君のお母さんに連れられて、チキュウに来る前は宇宙の様々な文化圏を飛び回っていて、同い年の誰よりも、この広い宇宙を知っていた。
だからこそ、私を受け入れることが出来たんだと思う。でも、だからこそ、君もまた寂しさを感じてるな、って思った。
私は、君に救われた。今度は、私の番。
もっと仲良くなりたいな、もっと君のことを知りたいな。
そう思っているうちに、私も、君の全てを愛していた。いや、今でも、こんなに想っているのに。
……笛の音色が、悲しいね」
『でも、まだ吹いていたいわ』
「そうだね。私も、まだ聞いていたい…。昔は、何も考えなくてよかったのにね」
二人は、結界の刃を交えながら、そして対話しながら、それぞれ、回想に入っていった。
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ドラグーン伯を倒したレイとゴーティマは、強力な気配を感じる方角へと進んでいった。
「何よ、これ…」
「世界だな、二人だけの」
そこには、浮遊するリンとサラがおり、いかなる第三者の侵入も拒む、強力な結界が展開していた。
リンが何やら語ると、サラが笛を吹いたまま頷く。
「ここまで、二人の愛は強かったのね。美しいわ」
「戦っているな、しかし。ああ見えて」
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二人の強力な気配は、マハクもマコクも使えない、ガーゼインですら感じ取ることができた。一人ブラックタイガーの艦長室に閉じこもっていた彼女は、ポツリと言った。
「本当に、アタイらの出る幕はないようね。アイツ、誰かこれまた強い女の子とイチャイチャしちまって…。あれが、サラって子なの?敵わないよ、あんなの。でもさ…。あんな風に女を愛せる男なんて、好きになるしかないじゃないってのさ」
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首都惑星。ダヴィリオーニ。
宇宙魔皇は、強い魔力を察知する。
「始まったようだ。だが、動きが読めぬ。強い魔力を放出するだけして、中の動きを読み取らせぬ、絶対の結界。二人だけの空間。
まさか、サラがここまで彼を想っていたとはな…」
彼は悟る。いざとなったら、自分の娘は、彼のためなら死ねるだろう、と。
「今から手出しして止めさせることは…できるか?」
そして、彼は、自身の力をもってしても、それが可能な自信を持てないことに気付いた。
「あの二人は、既に最低でも魔宙級の実力者になっているようだ。文句なしに。美しい。だが…」
そう言えば、どこかで誰かが言ってましたね。戦いは、語り合いだと。
二人の行く末は、私に制御できるか…。バッドになるかハッピーになるか、正直私にも読めなくなっています。





