ゴーティマの回想
ゴーティマは、次の修行のために、リンたちを訓練場に連れて行く道すがら、ふと昔を思い出していた。
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ゴーティマが強くなりたいと思ったきっかけは、3歳の時に、大嫌いだったいたずらっ子にタコ足めくりされて、大泣きしたことであった。
タコ族と言えども、そのぐらいの年齢でのタコ足めくりは、流石にノーカンなのだが、それでも、幼いゴーティマにとっては、あんな奴のお嫁呼ばわりされて、他の子供たちからからかわれるのは、許せない恥辱であった。
あんな恥ずかしい思いは二度としたくないと思い、ひたすら防御魔法の勉強をしているうちに、やがては、本来防御の技である結界を、攻撃の技に転換する術すら身に着けてしまった。
それは、時に彼女がまだ5歳だった頃のことであり、既にこの時点で、彼女は、突出した天才と言ってもよいレベルであった。
そのような素質を持ったタコ族の少女の噂が、当時はまだ存在していたマハク聖寺院の耳に入るのは時間の問題で、6歳の時、様子見に着たマハク使いにその場で誘われた彼女は、故郷を離れ、聖惑星テンプルのマハク聖寺院に入り、マハクの道を究めることとなったのであった。
そして、マハクの道を学んで、身に着けたのが、彼女にしか使えない高い水準の気配遮断であった。
結局、彼女にとっては、マハクの道もまた、第一義的には護身術だったからである。
実は、気配遮断が結果として、世界の魔力とのより高いレベルでの同化を可能にし、力を高める術でもあったのだが、40歳にしてマスターとして教える側に立った彼女も、まだそのことを知ることはなかった。
この頃は、まだ一部のグランドマスターなどは、気配遮断したうえでの彼女の気配を感じ取ることができていたが、齢100にもなると、気配遮断した状態の彼女に一発で気付ける人は、遂にいなくなった。
ここに至って、聖寺院は、彼女にグランドマスターの称号を授け、最高位のマハク使いとして、宇宙に名を轟かせることとなったのである。
そんな彼女が、170歳ぐらいの頃に、強い魔力を感じてチキュウへ出向いた時に、そこで出会った少年が、後の大英雄アマカケであった。
かの大英雄も、一発では、気配遮断した自分のことを感知はできなかった。
だが、彼をマハク聖寺院に誘って戻る道中、可愛さのあまり今一度気配を消してわしゃわしゃと撫でまわそうとしたところ、
「おい、よしてくれよ。恥ずかしいだろうが」
という一言と共に、彼女は、差し出した腕をつかまれてしまったのだった。
二度目で見破ることですら、今生きるマハク使いの中では、一握りの先輩グランドマスターにしかできないことだったはずなので、彼女は大いに驚いた。
そして、彼女は、彼に、やがては自身をも超えるであろう素質を見出したのであった。
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「ゴーティマ、ボーッとしてるようだけど、大丈夫か?」
そう声をかけた、かの大英雄の面影を残す少年、リンを見て、彼女は我に返る。
「思い出してな、昔のことを。カッコよかったんだぞ、あの大英雄アマカケは。話そう、今度、彼のことを、我が」
「是非聞きたいわ。リンよりもいい男だったのかしら?」
ゴーティマは、赤面して、それには答えず、代わりに言った。
「…着いたぞ、訓練場に。教えよう、魔剣無しで戦う、マハクの高等技術を」
そして、自分が、その大英雄よりも、今目の前にいるリンに、更に強く惹かれていることに気付いて、またもや回想モードに入っていくのであった。
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「センセイは、先に逃げてくれ。ここは、俺が足止めするからさ」
「ならぬ。守る、想い人を、最後まで」
「センセイ。今のままでは、マハクの道は魔族のマコク使いどもに潰される。だから、センセイは、生きて、生き延びて、伝えるんだ。
俺は、遂にセンセイの秘術である気配遮断をモノにはできなかったのだから。これは、センセイにしかできないことなんだ」
「…呼んでくれ、一度でいい、ゴーティマ、と。引き受けよう、そうすれば、お主の思いを」
すると、彼は、ゴーティマの目を真正面から見て、言う。
「分かった。…ゴーティマ。連邦軍総司令官として命令する。マハクの道を、後世まで伝えてくれ」
「死なないでくれ、お主も。…愛しているぞ、あのタコ足めくりをされたときから、ずっと」
「それは知ってるよ。そして、俺は、あなたをその想い相応に尊敬しているし、信頼もしている。
けど、あの時は驚いたなあ。結界を切り裂いた魔剣の風が、たまたまめくっただけだったんだ。
しかも、それがよりによって、タコ族の女性に対する求愛行動になっているなんて、学校教育はからっきしだった俺は、すっかり忘れていたんだ」
「お主らしいな、最後まで。行くぞ、我は。また、会う日まで」
「そうだな…。また、会う日まで。その時は、…」
「言うな。知っている、我も。フィアンセがいることを、お主に」
そして、ゴーティマは、精一杯笑顔を作って、彼のもとを去った。
あふれる涙を見せないように、逃げるようにして。
それが、彼女が、大英雄アマカケと交わした、最後の会話だった。
そして、彼女は、匿ってくれた故郷ネプルへと逃げ延び、そのネプルが自治権を維持できる力を持っていたことも幸いし、何とか彼の思いを受け継いで弟子たちを育てつつ、この1000年を生き延びたのであった。





