スナ族の襲撃
リンは、レイにああ言われたことで、少しムキになっていた。
親友ですら、サラを諦めるというのか。だとしても、たとえ一人になっても…。
その想いのせいで、いつしか、彼らが居住しているオアシス地帯の森林を抜け、魔車をスナ族の住む砂漠まで進めていた。
レイがそのことに気付いて言う。
「リン。あなた、これ以上進んだら危険よ。スナ族がいるわ。戻りましょ」
「今日は魔車の魔結晶に蓄積された魔力が持つ限り、進みたい気分なんだ。スナ族?ちょうどいい腕試しになるじゃないか。やってやるよ」
「レイ、スナ族の使う砂の魔法は、あの魔族ですら扱いに苦労して、彼らのチキュウにおける先住権と砂漠地帯の完全自治権を保証せざるを得なくなったほどなのよ。それがどういうことか、分かっているかしら?」
「だからこそちょうどいいんじゃないか。スナ族を倒せれば、魔族もきっと倒せるはずだ」
「それだけじゃないわ。ここは、魔宙皇国の支配権が及ばない、いわば無法地帯。スナ族の法は、殆ど他族への殺戮と支配だけしかない、とすら言われているのよ」
「だとしても、勝ち残れば問題はないさ」
「…私は、怖いわ」
砂漠と言っても、サハラのように平坦ではない。入り組んだ山と谷。その谷の中を、リンたちは進んでいった。
そして、魔車の目の前の砂が爆発した。
「…来たか」
レイは、そう言って魔車から飛び降りた。
「シェシェシェ、シャーッ!」
スナ族の威嚇する声が聞こえてきた。スナ族は、黒光りする殻に覆われたサソリを直立させたような姿で、辺境の部族の一定割合がそうであるように、皇国公用語である魔法語を話さない。
発声器官が単純で、それ故話せないのでもあるが、発せられる音声は、sh音と母音を組み合わせたもので、ニンゲンの知力では言語と認識するのは困難であった。
しかし、砂漠の砂の扱いには長けており、魔法によって、砂の弾丸、砂の爆弾、砂の雨、など様々な形態に砂を変化させて、縄張りに侵入した他族を攻撃する。
炎魔法しか使えないリンにとっては、燃やし尽くせない砂を使うスナ族は、決して相性のいい相手ではなかった。
レイはそもそも魔法は殆ど使えず、言うまでもなく戦力外であった。
ニンゲンであれば、普通はまともに使えるのは生活魔法ぐらいで、一属性でも戦闘魔法が使えれば、それだけで頭抜けているのだ。それほどまでにニンゲン族は、ぱっとしない部族である。
それでも、リンは唱える。
「八方を焼き尽くせ、魔炎放射」
砂煙を払うかのように八方に放たれる炎。
しかし、効果はないようだった。
「シャーッ!」
スナ族が叫ぶと、空中に砂のハンマーが現れ、リンを追いかけ始めた。
「くっ…」
リンがうめく。
相手のスナ族は、わずか三人。
だが、それでもニンゲンには多すぎるぐらいだった。
最初の一撃は何とかかわしたリン。しかし、ハンマーはリンを追いかける。
「魔炎球!」
詠唱を省略したので、その威力はいつもの半分ほど。だが、それでもまずはハンマーにぶつけてみる。
これも、あっけなくハンマーに当たるだけ当たって消えてしまった。
「あれだけ鍛えても、この程度にしかならないというのか…。無念」
ハンマーは勢いを増し、リンの頭部に遂に当たった。
ゴン。
鈍い音がし、リンは成す術もなく倒れる。
「シェーッ!」
その声はどこぞの漫画の人物を思い起こさせるが、スナ族は体が硬いので、流石にジョン・レノンやゴジラもやったというあのポーズをとることもしない。
そして、掛け声とともに、トドメを刺そうとした。
今度現れたのは、巨大な砂のおもり…。
ゆっくりと、余裕を持ってリンに迫るおもり。
押しつぶされればひとたまりもないだろう。
だが、そのおもりは、リンに接触する寸前で霧散した。
「シャッ?」
そして、スナ族は突然怯えたような声を上げて、逃げていった。
砂煙が消えると、そこには、茶色のローブを纏い、フードを深くかぶった何者かが立っていた。