ニンゲン族のリン・アマカケ
新作です。
行けるところまで、一話最大2000字程度の軽めの分量のものを、朝・昼・夜の一日3話ずつ投稿しようと思っております。
「劫火にて全てを焼き尽くせ。魔炎球」
リン・アマカケは、そう唱えた。
今の敵は魔物。この世界では、貴重な食糧源となる、魔力を帯びた動物だ。
その姿は、鹿に似ているといって良かった。草食性で、比較的大人しいが、体力はそれなりにある。
魔炎、すなわち魔力の炎で焼いて食べると、上等な黒毛和牛のような味がするので、中々美味い。
しかし、彼にとっては、この鹿のような魔物は、狩りの対象というよりはむしろ、鍛錬の相手であった。
真の敵は、恋人サラを連れ去った魔族。
より具体的には、この辺境の星、チキュウを統べる、チキュウ魔王であった。
他族と異なり、これと言って秀でた点のないニンゲン族の彼にとっては、いくら辺境とはいえ、星一つを統べる魔族の長を倒すためには、強くなる必要があったのだ。
だから、あの日以来、こうして、あらゆる魔物を相手に鍛錬を重ねていた。
しかし、魔力がSFばりに発達し、宇宙の全ての法則を貫いているこの世界においては、高い魔力を誇る魔族を倒せるという予感は、いくら魔物を相手にしていても、遂に得られることはなかった。
何よりも、ニンゲン族は、体力はオオカミ族やトラ族に劣り、魔力と支配力では、この宇宙を統べる魔族、そして空を駆ける竜族に劣り、知力でさえも、タコ族やエルフ族に劣るという有様の、パッとしない部族。
魔術で戦えばすぐに魔力切れを起こしてしまうし、体を動かしても魔弾に撃ち落とされるし、知力を以て抗おうにも、向こうに策士がいれば簡単に絡め取られてしまう。
器用貧乏にして、無力。それこそが、ニンゲン族の特徴であった。
だが、それでも、サラを…愛する人を取り返したい。
その想いだけで、リンは鍛錬をしているのであった。
「確かにあなたはニンゲンとしては強いのかもしれない。でも、これではいつまで経っても並みの魔族すら倒せるか怪しいわね。
サラを失った悲しみは、私だって同じ。でも、そろそろ前を向かなければいけない時期じゃないかしら」
そう言ったのは、サラの親友のレイであった。
サラが魔族好みの黒髪スレンダー美少女であるのに対し、レイは、金髪碧眼で豊満…一般には、ニンゲン族やエルフ族が好みとするタイプの美少女であった。
だが、リン・アマカケは、ニンゲンでありながら、サラを愛した。将来をも約束する仲であったのだ。
何故なら、彼女は、彼を救ってくれた、女神のごとき存在であったから。
否、それだけではあるまい。
気高く、美しく、…この世界に日本があったら、三次元を対象とするストレートの男は、皆一目惚れしたであろう、圧倒的美貌。
美貌に似つかわしい、よく通る美声。
自身の全てを受け止め、受け入れてくれる、底の知れない包容力。
そして、ニンゲン族の中では最上の部類に入る知性。
しかし、それだけでもない。
リンは、サラの全てが好きだった。理屈ではない。
良いと思う要素をどこまでも意識的に拾ったところで、それらを再構成した何者かに惚れるということも、その存在をここまで愛するということも、できなかったであろう。
盲目的で、崇高な。
軽い友達気分に毛の生えた程度の付き合いが多いこの世界では珍しい、一途で、純粋な愛。
サラはそのような、あるいは命がけとすら言えるような愛を受け止め、応えてくれた。
それは、親友と言えども分かる世界ではないだろう。だから、リンはこう答える。
「彼女だって私を信じて待ってくれているはず。だから、私は、なんとしても、この無力を覆さなければならないのだ」
しかし、リンはまだ知らなかった。宇宙を統べる魔族、魔宙皇国との戦いは、辺境の星での恋人奪還だけでは終わらないということを…。