第2話 剣と魔法の世界へようこそ
あなたは世界を救うために目を覚ました――。
大森林の中、あなたは少女に揺り起こされる。「千年……あなたさまの目覚めを、お待ちしておりました」。少女は告げる。あなたこそが、世界を救う勇者なのだと。
しかしあなたには目覚める前の一切の記憶がなかった。魔王を倒す手がかりを得るため、あなたは記憶を取り戻そうと旅を始める。
世界を巡り終え、すべての記憶を取り戻したとき。あなたはこの世界を――××ことになるだろう。
「せい、や!!」
ぬちゃっと気色の悪い音を立てて、アンデットが崩れ落ちる。今回の依頼は墓地のモンスターのせん滅作である。俺と東一は鎧を身に着け、敵を切り裂いていく。
「オ、ッラァ!!」
「ァ、ぎ、ぃ……」
不気味な鳴き声をアンデットが発すると、炎の球が飛んでくる。どうやらリッチが紛れ込んでいたようだ。
俺が外套を翻すと、炎系モンスターの皮で作られたそれは、炎の熱を完全に遮断した。
「とどめだ!」
銀の剣を胴にねじ込むと、リッチは二度目の死の眠りについた。腐った体液のついた剣を振るい、木にすりつけたあとに外套で拭う。
「いやあ、しかし、気になるな……」
「あん? 何がだよ」
「管理者権限の噂だよ。知ってるか? ――ランクが上がったら、違う世界へ行けるって話」
天を見上げると、満天の星空が広がっている。電気の普及していない“この世界”では、見事な天の川を拝むことが出来る。
俺たちは、管理者権限を与えられている。
これを使えば、自身の世界と紐づけられた、似た階位の異なる世界へと飛ぶことが出来る。俺たち乙女ゲームの世界は、どうやらこの剣と魔法の世界へと飛べるらしい。
俺たちは仕事――というのも何かおかしいが――があるから、“あなた”の相手を務めている間は、ここには来ることが出来ないが、“あなた”の居ない期間には自由にここを訪れることが出来た。
いわゆる、イベントというのだろうか。土日にも、“あなた”とデートをしたりする相手が居るが、その間は他の名持ちは暇だし、そういった空いた時間などにみんなここで遊んでいるのだ。
他にも、『有給の申請』をすれば、一時的にイベントを休むこともできる。
参考までに、と悟朗から受け取った乙女ゲームをクリアしてみたが、キャラクターとのイベントはランダムだったりすることもある。たぶん、このランダムイベントというべき時期に、俺たちの『有給』があるのだろう。
『有給』中の俺たちは、たいていこの世界で、名無しの一冒険者として遊んだり戦ったりしているから、そりゃあイベントは起こらない。なんなら世界にそもそも存在しない。
「管理者権限って、不思議だよな。やっぱり、世界の管理ってことなのか……」
「さあな。哲学書でいうとこの、『なぜ私たちは思考ができるのだろうか?』とか、『この地球はほんの五分前に出来た可能性がある』みたいな話だろ、そんなもん」
世界の内側に居る間はわからないことだ、と東一は言い切ると、剣を眼前にかざすと、真剣な目で見つめる。
「だいぶん劣化してきたな……。刃こぼれが酷い。鍛冶してもらうには、これからしばらく受け取りにいけねぇし。……新しいのに変えるか」
「俺たちもずいぶん戦ったもんだなあ……」
レベルを確認すると、78と出る。ステータスも高く、歴戦の猛者と言っても差し支えなかった。
「最初の方は苦労したよな。この世界では、俺たちは名無しだから、何の補正もねーし。『ボーナス』がなかったら、難しかっただろうな」
「ありがたいことに俺たちは人気者らしいし、『ボーナス』は結構もらえたからなぁ」
俺、こと二階堂陽太と、新城東一は、乙女ゲームの世界で攻略対象として選ばれることが多い。どうやら、人気のキャラクターらしいのだ。
『有給』も『ボーナス』も、“あなた”の相手を最後まで勤め上げた功績によって得られるものだ。
そして俺たちに渡される『ボーナス』は、俺たちの世界では大して役に立たないものだった。
ここに、俺たちがこの世界へ入りびたる理由がある。
俺たちの『ボーナス』は、なんと――経験値、だったのだ。
は? ってなるよな。わかるぞ。
『有給』はまだわかる。休みは欲しいもんな。俺だって、一日中サッカーをしたい日も、お昼まで寝ていたい日もある。
だが、経験値とは。まあ、お金なんてもらっても、乙女ゲームの世界でお金が必要なのは“あなた”だけなのだが……。
どうやら乙女ゲームの世界と剣と魔法の世界は、かなり密接な関係があるらしい。報酬が経験値だなんて、明らかに、俺たちをこちらの世界へ招く意図が透けて見えていた。
そこで。いろいろと調べてみたところ、どうやらこの世界での『ボーナス』はお金らしく、この世界の住民が休日に向かうのは、街づくりゲームの世界らしい。ぶっちゃけ、かなり人気だ。この世界、物騒だから。
市長が作った公園でたむろったり、魔物のいない日本海で遊んだり。市長が急な課税をしてきたとき、払えないとはじき出されたりするらしいが。
ちなみに、街づくりゲームでいうところのエイリアンや火災イベントなどの、住民の人数が急激に減少する原因は、たぶんこっちの世界で魔物に殺された名無しが大量に出た際などの調整だと思う。
この世界での『ボーナス』の入手方法は、冒険者ランクを上げていくことだ。ストーリー的に、勇者が冒険者ランクを上げる度にストーリーイベントが起こるらしいので、それと同じようになっているらしい。
俺たちは今Aランクだ。あと一つランクを上げれば、イベントはないが一応クリアの扱いになる。
俺が管理者権限のことを気にしているのも、それが理由だった。
――ゲームをクリアし、管理者権限のランクが上がった者は、異なる世界へと訪れる権利を与えられる。
そんな噂が、まことしやかに囁かれているのを、最近よく耳にするのだ。