9, 初ライブ
「おはようございます!」
「ん?ああ、おはよう」
「おはよう美羽!八島も!」
「おはよう光!」
「お、おう……おはよう」
今日はライブ当日。昼食後集合した俺たちはこれからリハーサルをし、そこから少し練習、本番と言った進行をする。だが、今日の光は何か様子がおかしかった。
「なんですかそんなにジロジロ見て。セクハラ?」
「違うわ!」
元気だった。元気すぎた。まるで、俺たちがバンドを結成する前の、騒がしい後輩に戻ったかのようだ。俺と気まずくなって口数が減った光が活気付いているのはいいことのはず。それなのに、なぜだか安心できない。根拠のない不安定さを、その姿から感じられてしまう。
「なぁ、昨日の電話、なんだったんだ?」
「電話?そんなのしましたっけ?」
「入ってたよ。夜中だったから出れなかったけど」
その時はほら、いろいろあったから。
「ああ、夜どっかに間違い電話しちゃった気がするなぁ。友達にかけたつもりだったんだけど」
「間違い?」
「よく覚えてないんだよねぇ、バイト先の飲み会でちょっと酔っちゃってたから」
「は?お前未成年だろこの不良女!しかも大事なライブ前に酒って……どこのバイト先だ!文句言ってやる!」
「ああやめてやめて!私そこで生計立ててるんだからクビにされたら困るの!」
「まったく……どんなとこなんだよ?飲食か?」
「ううん。あ、まぁ一応飲食でもあるのかなぁ?」
「なんだよ普通に教えろよ」
「やーだ。来たら困るし」
あざとくウインクなんてして、彼女は自分のギターを取り出して手入れを始めた。緊張の現れであんな調子なのだろうか。俺も初ライブの時は極度の緊張に襲われ、面倒なくらい元気になっていたと聞くし、そういうこともあるのだろう。
「では最後……えーっと、The Gleanersの皆さん、リハーサルの方お願いしまーす!」
「はい!」
俺たちの出番は大トリ。もっとも目立つ最高の位置どりではあるが、失敗すればそれだけに観客に与える悪印象は大きい。絶対に失敗できない場所でもある。
「じゃあ、リハーサル始めます!」
ミュージシャンのリハーサルというと通して演奏するものだとよく勘違いされるが、普通はあまり歌うことはない。むしろ楽器や機器のセッティング、音響の調整などをする方に重きが置かれている。それらをしっかりやらないとライブが崩壊するし、それらをしっかりとやっていれば、特にワンマンでない場合、歌う時間がなくなってしまうものなのだ。
「こんなもんかな」
俺と美羽ちゃんは経験者だけあって手順をわかっている。リハーサルはスムーズに終了した。
一度控え室に戻ろうとすると、ステージ脇で見知った男が立っていた。石田さんだ。
「こんにちは。今日はこの場所をお貸しくださりありがとうございます」
「いやいや。でも航くんがそんな風にかしこまるとこなんて高校生の時は見たことがなかったから、それはそれで新鮮だけどね」
「は、はは……」
苦笑いで返す。後ろの3人も同じような顔だ。
「君たちに言っておきたいことがある。今回のこの合同ライブは僕の親会社……つまりプライムレコードが主催している。そして君たちは僕の推薦枠だ。これがどういうことかわかるね?」
「…………」
「もちろん僕の期待に応えろ、という意味ではないよ?一番奥にいるスーツの人たちを見てごらん」
石田さんが指を指す先、観客席の最奥に何やら談笑しているスーツ姿の大人たちが見える。
「ここにいるのは、皆プライムレコード社員それぞれが才能ありと認めたアーティストたちだ。君たちは注目度が高いからトリにねじ込むことができたけれど、皆同じだけの価値を秘めていると言っていい。事実僕もみんなの曲を聴いたけど、才能に劣りが見えたグループは一つもなかった」
つまり、石田さんが言いたいことは。
「油断するな、ということですね」
「さすがKOHくん。そういうことだよ」
石田さんは笑顔を見せ、社員が並んでいる観客席の奥へ向かう。ここにいる全員がインディーズバンドとしてメジャーデビューを目指しているんだ。そこに元有名ボーカリストかどうかなんてなんの関係もない。
「そろそろ開場となります。控え室か練習室でのご待機をお願いします」
「はい。航さん、行くよ」
「ああ」
俺の手を引く美羽ちゃんの手は熱い。彼女もきっと、この舞台で歌った日々を思い出しているのだろう。俺はもう失敗しない。その意思を込めて、その手を握り返した。
完璧だ。
練習室で二曲を通し、俺はその完成度の高さに震えた。光と美羽ちゃんは元々高い技術を持っていたが、今は本当にプロレベルに育ったと言っていい。これで俺のギターがそれを崩さなければ問題ないだろう。歌唱力の次元で言えばこの場の女性ボーカリストの誰よりも光が上手い。心配だった荒さは完全になくなり、元の声の良さも相まって、今の彼女は美しさと可愛らしさを兼ね備えたスーパーボーカリストだ。こちらもまた、俺が崩さなければ問題ないだろう。そして八島。一番の心配の種ではあったものの目まぐるしい成長を見せ、この場にいるドラマーの平均値には届いたと言っていい。少なくともバンドの邪魔はしない。それに、伸び続ける八島の伸びしろは非常に頼もしくもある。
控え室に戻ると、何組かはライブを終え、息を切らした状態で飲み物を飲みながら談笑していた。するとそのうちの1人が俺たちに気づいたらしく、こちらに向かって歩いて来る。
「あの、俺、FEETECの時からKOHさんに憧れてバンド始めたんです!その……握手してくれませんか!?」
「え、ああ……いいけど……」
てっきりガンでも飛ばされると思っていた俺は拍子抜けだったが、こういうお願いは素直に嬉しい。あの時代の俺にも何か残すことはできたんだって思えるから。
「ありがとうございます!これから出番ですよね!もう本当に楽しみで正直自分の出番より楽しみなくらいでした!」
「いやそれはだめだろ」
「とにかく頑張ってください!他の皆さんも!」
「あ、ありがとう……」
勢いのある高校生男子だったな……そんなバンドの卵に苦笑いを返し、俺たちはステージが映されているモニターを見た。
「そろそろだね……」
「ああ。緊張してるか、光?」
「全然してないし!」
「ガチガチじゃないか」
光の背中を叩くと睨まれた。今はあまり刺激しないほうがいいか。
「それにしても、人気者だねKOHさんは」
「美羽ちゃんだって金髪に戻せばたくさんの人が気づいて声かけて来ると思うよ?」
「あー、清楚系の私に金髪時代なんてなかったなー、あー」
「はは……」
「でも、頑張ろうね」
「…………ああ」
美羽ちゃんは鏡の前に行き化粧を直し始めた。バンドマンに見た目は重要。可愛い美羽ちゃんは広告塔でもあるのだ。それを彼女自身よく理解している。いまいち理解してなさそうな光の化粧もついでに直してくれている。やさしい。
「航さん」
「ん?どうした八島?トイレか?ああ、そっちなら今はやめとけ。終わったら存分にな」
「違いますよ!その……終わったら話があるんで、少し付き合ってくれませんか?」
「話?まぁ別に用事があるわけじゃないからいいけど……あ、さっき存分にとは言ったが俺で解消していいとは一言も……」
「失礼します」
「連れないやつ」
そう言いながらも俺と八島は拳を付き合わせた。俺たちには、これで十分だろう。
「The Gleanersさん、出番です!準備お願いします!」
時間だ。俺たちは舞台袖に立つ。ここまでのライブで十分に観客は温まり、俺たちのライブを心待ちにしてくれている。
「円陣でも組もうか」
「……そうだね」
「いいですね」
「……うん」
なんとなく言った言葉にみんな応え、組んだ円陣。両隣に光と美羽ちゃんの早い鼓動を感じる。八島もきっと同じだろう。もちろん、俺もだ。
「俺たちがここに立てているのは、運が良かったからだ」
でも、だからこそ俺はプレッシャーをかける。
「しかもブランク持ちであったり経験の浅い俺たちが急に結成したバンドだ。もしかしたら、ここにいるどのバンドよりクオリティは低いかもしれない」
上を目指すということは、ここよりもずっと大きな舞台で勝ち続けなければならないということだから。
「だけど、この瞬間だけは、自分たちが最高だって信じよう。痛い思い込みだっていい。自分が信じられないものでは決して人を感動させることなんてできない」
ここを踏み台にするくらいの心持ちでいなければならないのだ。
「だから聴かせよう。今日一番のサウンドを!!」
自信満々に笑って見せた。皆俺の顔を見て、笑顔を見せてくれた。それでいい。自信さえあれば、このバンドは最強なのだから。
「The Gleaners!行くぞ!!!!」
「おおっ!!!!」
心を一つに、俺たちはステージへ立つ――――!
「―――――――――――!!!!」
熱狂。観客は惜しみない拍手と声援を俺たちに送ってくれた。俺たちのライブは見事成功したと言っていい。
「はぁ、はぁ……」
息を切らせたまま舞台袖に移動する。そして戻ってきた瞬間に俺は……
「なによあの歌は!!!?」
光に、今美羽ちゃんが言ったことと、全く同じことを言おうとした。
「……ごめん……」
「どうしてだ?」
「航さん……」
「どうして、あんな歌になっちゃったんだよ、なぁ?」
ステージの上で一曲目を歌い始めた、その時だけは良かった。しかし数十秒たっただけで光の歌からは"圧"が完全に消えてしまっていた。彼女ならではの色を失い、ただ淡々と歌うだけ。音程を外しているわけでも声量がないわけでもない。ただ、退屈だった。これではうまく調整したボーカロイドの方がマシというもの。
「……ごめんなさい」
「っ……」
責めればいいのか?それとも励ませばいいのか?顔を真っ白にして、汗をダラダラと垂らして震える彼女に、どう接するのが正解なんだろう。
「すみません、ちょっと……化粧室に行ってきます」
ただ、純粋に残念だった。彼女のファンとして、彼女の歌をライブの場で一番聞きたいと思っていたのは、俺だったんだから。やけに小さく見える光の背中を見つめて、俺は深くため息をついた。
「とりあえず、一度控え室戻りましょうよ。今じゃみんな熱くなりそうだし」
冷静に、優しげな声で八島はそう言った。一度冷静になろう。今のままじゃ、俺は言わなくていいことも言ってしまいそうだから。
「航くん」
「……石田さん……」
「ちょっと話があるんだけど、いいかな?あれ、光ちゃんはいないのかい?」
「光なら、トイレに……」
「うん、わかった。2人は先に控え室に行っててもらえるかな?」
「はい」
「わかりました」
そうして、美羽ちゃんと八島は控え室へ。俺は舞台裏にある廊下のベンチまで移動し、座るように言われた。
「はい。まずはお疲れ」
「……ありがとうございます」
渡されたスポーツドリンクはよく冷えていて、疲れた喉に染み渡った。光をかき消すくらいの力で歌ったから、喉の負担は相当なものだったのだ。
「光ちゃんは、会場に当てられちゃったのかな?」
「いえ、あいつはそういうタイプじゃないです……ライブ経験だってないわけじゃないだろうし……」
「じゃあ、どうしてあんなパフォーマンスになってしまったんだろうね。あれじゃオーディション一次落選レベルだよ」
「……すみません」
「君が悪いわけじゃない……かどうかはわからないから、そこについては何も言えないよ。ただ……今日のライブ成果でデビューの打診を上に掛け合うのは正直難しいかな」
「……はい」
わかっていたことだ。驚きはない。それに挽回のチャンスがないわけでもない。ここで折れずに次の学祭でしっかりとアピールし、積み重ねて行く。高校生の時にだってできたことだ。今でできないはずがない。
「でも……君だけだったら、きっとすぐにデビューできるよ」
「え?」
そう、次のことへ無理やり思考を入れ替え、現実逃避していた俺を引き戻す石田さんの一言。
「今日のライブを見て確信した。君にはやっぱり、才能がある」
そう言われて、心拍数が上がるのを感じた。自分の才能を、音楽に精通している石田さんが認めてくれるということは、やはり嬉しい。
「過去、バンドメンバーがみんな辞めると言い出した時にも言った言葉を、もう一度だけ言わせて欲しい」
「それは……」
「君1人でKOHとして。いや、名前なんてなんでもいい。1人でシンガーソングライターとして活躍してはみないか?」
「っ……」
「実を言うとね、君が引退した後も定期的に連絡していたのは、このことを勧める機会を伺っていたからなんだ」
「…………」
「君には才能があって根性もある。こういう言い方をしたくはないのだけれど、この際だから正直に言う」
石田さんはそう言いつつも、少し逡巡した。だが、結局最後には決意したように、俺に告げる。
「君が本気でもう一度上を目指す決意をしたのなら、今のメンバーは足枷でしかない」
言葉が出ない。
流石に腹も立った。一緒に練習し、上を目指すと誓った仲間を、目の前の男は俺の足枷だと言ったのだ。だが、それでもこの人の言うことはいつだって正しかった。その実績が彼を今プライムレコードという超大手レコード会社でここまで自由に動ける権限を与えている。
「石田さん」
でも。それでもさ。
「今日の酷いライブを見せた俺にそんな言葉をかけてくれて、今まで見捨てないでくれて、本当に嬉しくてありがたいと思っています。けれど、その申し出は断らせてください」
「……やはり、か。1人でやっていくことが不安だから、という理由ではないんだね?」
「はい」
「また、三年前と同じことになったらどうするんだい?」
「それは……わかりません。ならないように気をつけることしか僕にはできないから」
「どうして君がそんなことを背負うんだい?自由にやった方が自分の可能性に、音楽に、真摯に向き合えるんじゃないのかい?」
「そうかもしれません。でも、俺はもう手遅れなんです」
「手遅れ……?」
不思議そうな顔をする。そうだ。石田さんは一度だって、あの歌声を生で聴いていないんだ。
「俺は、光と一緒に歌いたい。光と一緒だから、もう一度歌おうと思えたんです」
「それは、感情を抜きにしても?」
「いいえ、感情を込めてです。でも、この俺の感性が認める天才なら、絶対にみんなに受け入れられるって信じています」
「その結果が今日のこれでも、まだ信じ抜けるって?彼女に才能があるのはビデオを見て僕も感じたことだ。でも、同じように才能を持った人間ばかりが集うこの業界でもなお輝いていける力があると、君はそう言えるのかい?」
「言えます」
そこまで言うと石田さんはため息をついて笑った。
「君は本当に頑固だね。でも、それが君の良さでもある」
「ありがとうございます」
皮肉げに返すと彼は肩をすくめ、背を向けた。
「みんなによろしく。あと……学祭、見に行くよ」
「え……!?」
「じゃあね」
「あ、ありがとうございましたっ!!」
それはつまり、もう一度チャンスをくれるということ。プロはチャンスを一度逃せば、もう一度掴むのに何年もかかる。そのもう一度を、彼はまた俺の前に差し出してくれたのだ。
今度こそ、失敗は許されない。
「よしっ!!」
決意を新たに、俺は頬を叩いた。控え室にみんないるはずだ。これからのことをみんなに話して、再スタートを切ろう。そう思っていたのだが……
「あ、航さん!」
「え?どうしたの美羽ちゃん、そんな血相変えて」
「さっき光が来たと思ったらすごい勢いで荷物持って、体調悪い、ごめんねってだけ言い残して帰っちゃったの!」
「またそれは勝手な……」
「違うの!光、すごく泣いてた!でもライブ失敗したからって感じだけじゃなかった!ちゃんと喋れないくらいに泣いてて、それで……」
「わかった。わかったよ美羽ちゃん、落ち着いて」
パニックになってしまった美羽ちゃんを椅子に座らせる。
「今日の光、ちょっとおかしかった。でも今日の直前練習の時はちゃんと歌えてたし、大丈夫だって思ってたんだけど……終わった後責めるようなこと言っちゃったし、私が光を……」
「大丈夫だから。光はそんなにやわじゃないって」
「航さんは女の子のこと全然わかってないからそんなこと言えるんだよ!」
「ご、ごめん……」
「気圧されてどうするんですか」
八島は変わらず冷静に俺の肩に手を置いた。
「本当は早く話しておくべきだったんですけど……今日の光のことで心当たりがあるんです。だから、ちょっとお話しできませんか?」




