6, チャンス
就業のチャイムが、ようやく鳴った。
「よし、終わったな!」
「あ、おい航!ちょっと待てよ!」
授業が終わり、すぐに練習へ向かおうとしたところ隆に呼び止められた。隆の後ろには女子が三人固まって俺の方をチラチラ見ている。なんだこの身に覚えのない状況は。
そのうちの1人、茶髪にウェーブのかかったお嬢様風スタイルの子が前に出た。三人のリーダーなのだろう。
「ねぇ、西井くんってさ……昔FEETECのボーカルやってたって本当なの?」
「う……まぁそうだけど……」
隆を軽く睨む。ちょっと申し訳そうに笑って手を合わせて来た。このやろう。
こう言う珍しいもの見たさで話しかけられるのは正直迷惑だ。笑いものにもなりたくない。高校の時インディーズ未満だった時はなにガチになってんだって関係のない人間によくなじられたものだ。でも……
「あの……私たち昔からFEETECのファンで、最近KOHさんが復活したって動画で知って……その、ファンなんです!サインください!」
「……は?」
「だ、だめ?」
「いや、いいけど……」
差し出されたノートに名前を書く。サインなんて何年ぶりだろう。
「隣にいた女性のボーカルもこの大学の人なんですか?」
「え、まぁ一応」
「うわぁすごい!その人にも是非お会いしたいです!」
目を輝かせてくれている。これは光にもファンができた、と言うことでいいのか?だとすればいいことだ。だが……周りの人が奇異の目線で俺達を見ている。学祭まで練習時間がない中、あまりたくさん話しかけられるのは慣れている俺と美羽ちゃんと違い、光と八島はプレッシャーに感じるかもしれない。
「ごめん、そう言うのはこれからやらないようにしていこうと思ってる」
「あ……そうですよね、ごめんなさい……」
露骨に落ち込まれてしまった。だがここで逆転の一手。
「でも、学祭でライブをやるんだ。そこでならサインでもなんでも大丈夫だから、是非来て欲しいな」
名前も知らない茶髪ウェーブの女子大学生の手を取って可能な限りイケメンボイスで言ってみた。これがボーカリストの本気……!
「は、はい……」
女子大生は顔を赤くして手を握り返してきた。うーん、ノリで突っ走っちゃったけど、これはたから見たら俺が口説いたみたいに見えなくもなさそうで怖いな。
「じゃ、そう言うわけで宣伝もしてくれると嬉しいな」
「うん!絶対友達もたくさん連れて行くね!航くん!」
航くん……?まぁいい、計画通りだ。逆境(?)を好機に変える力もプロには求められている。だがこうしてモテモテなのは正直気分がいいな。バンドマンはモテる。これ、世の中の常識。もうしばらく俺にメロメロな女の子の手でもにぎにぎして……
「お、おい航!」
「なんだよ隆、男が俺に触るな」
ちょっとした冗談のつもりで肩に置かれた隆の手を払おうとして、そのあまりに細く、それでいて握り慣れた感触の手に違和感を覚える。
「ちょっとお話があるんだけどいいかな、こ・う・く・ん?」
「遅いと思って教室まで来てみたら人目も憚らず女の子とイッチャコッラと……不潔ですね、航さん?」
「い゛っ!!?」
肩を思いっきりつねられた。痛い半端なく痛い。そこにいたのは、笑ってはいるが怒りが言葉と態度に出てしまっているグリーナーズ美少女戦士2人。と言うかちょっと手に触れただけで美羽ちゃんだってわかった俺すご痛たたたたたたたたた!!
「さ、早く部室に行こうねぇ?」
「行きますよ先輩」
肩をつねられたまま部室に引っ張っていかれる。その様子を唖然とした様子で見ている女子三人と隆。これがいわゆるお約束というやつなのだろうか。いや、絶対に違うと思う。
その日、部室での練習は2人の機嫌が悪すぎて終始ピリピリしていた。いい意味で言えばミスが許されない緊張感があったとも言えるけど。それにしても……
「八島、お前……」
「すっごいうまくなった!」
先に光が言ってしまった。その通りだ。ここ数日、彼は見違えるほど腕が上がっている。
二曲目、『君と見る空』はFEETEC解散直前に俺が作詞作曲した曲で、当時から彼女だった美羽ちゃんだけは知っている曲だった。それを不意に美羽ちゃんが思い出しみんなに話した結果、二曲目に曲をやろうと言うことに決まった。一曲目の『NEXT』がFEETECのカバーだっただけに、今回は実質オリジナル曲。完全新譜で難易度も簡単なわけではないが、八島はまだ荒削りながらもしっかりと叩けていた。自主練をしていると言うし、その成果が着実に現れ出しているのだ。八島はドラムセットから立ち上がって美羽ちゃんの前まで歩く。
「どうかな、美羽?」
「まぁ、最初よりは断然いいかも。でもまだまだ全然ダメなところのほうがいい。前が酷すぎただけだから」
「……わかったよ」
ここまで言われれば少しは落ち込みそうなものだが、八島は清々しい笑顔をしている。
「なんかあの2人仲良くなった気がしません?」
「た、確かに……」
光が俺との距離を縮め、アドバイスをされる八島と叱る美羽ちゃんの様子を見ながら小声で話しかけて来た。
「どっかの彼氏がさっきみたいによそ見しまくってると、取られちゃうかもよ?」
「よそ見なんかしてないよ。美羽ちゃんしか見てない。美羽ちゃんらぶ。愛してる」
「言ってて恥ずかしくない?」
「美羽ちゃんラブ!!!!」
「航うるさい!!」
「すみません!!」
恥ずかしくないと証明するために大声で愛を叫んだら、当の本人に怒られてしまった。
冗談はさておき、頃合いか。ここらで一度試しておいたほうがいい。
「悪い、ちょっと外す」
「え?あ、航さん!」
「あと今日の練習は早めに切り上げるから、そのこと2人に伝えといて!」
そうして俺は前々から連絡をもらっていた人に廊下で電話をかけた。
「で、練習を切ってどこに行くのかと思ったら、どうしてファミレスなの?」
美羽ちゃんは不機嫌なままだ。さっき別の女の子と親しげに話していたのがそこまで気に食わなかったのだろうか。まぁ、それについては後で必死に弁明するとして。
俺が三人を引き連れてやって来たのは大学のそばにあるファミレス。学生の利用が多く、俺も何度か利用したことがある。俺が電話で呼び出した"ある人"との待ち合わせは正直どこでもよかったのだが、昔俺が話した場所もファミレスだったから同じにしようと思ったのだ。もっとも、前に会って話した時は完全に後ろ向きな話だったけど。
「あ」
入り口に現れた彼を見つけ、手を振って場所を告げる。久しく会っていなかったけれど、当時と変わらない容貌のまま俺たちの席まで歩いてくる。
「って、ええ!?石田さん!?」
「やぁ、こんにちは皆さん。美羽ちゃんは久しぶり。航くんは電話でたまに話していたけど、直接会うのは久しぶりだね」
スーツ姿で短い黒髪を整髪料できっちり立てた、その高身長もあってカッコいい大人の男性。それが今日待ち合わせをしていた男、石田伸一、年齢29である。そんな彼をここに呼んだのは笑顔を向けられてちょっと顔を赤くした美羽ちゃんを見るためでもうっとりと彼を見つめる光のためでも同じ男として尊敬の眼差しを向ける八島のためでもない。お前ら……
「再会と初めましてが重なって色々話したいことはあるけど、申し訳ないんだがあまり時間がない。本題に入らせてもらうよ」
「あの、航さん。そもそもこのかっこいい人は誰なんですか?」
「ああ、僕は君たちのことを知っているけど、僕のことは知らなくて当然か。じゃあ簡単に自己紹介だけ」
俺の隣にいた美羽ちゃんは向かい側に座り、石田さんが俺の隣に座った。話す体制が整うと、石田さんは向かい側の八島、光、美羽ちゃんに向けて名刺を差し出した。
「プライムレコード石田伸一……って、あの超大手レコード会社の!?」
光はあからさまにオーバーなリアクションを取る。八島も態度には出ないが驚いてはいる様子だ。ただ美羽ちゃんだけは、思案顔で俺の顔を見つめていた。
「僕のことは石田さんでも伸一さんでもなんでもいいよ。じゃあ、さっそく話に入ろうか」
石田さんはカバンの中から一枚の書類を取り出した。
「これって……」
「美羽ちゃんには馴染みが深いものかもね。航くんに言われていい感じのライブハウスを抑えるの、結構大変だったんだ」
そこにあったのはライブハウス借用の申請書類。場所は都内にあってそこそこ人数も入る、まさにいい感じのライブハウスだった。FEETEC時代に何度か使ったことのある場所だけあって慣れてもいる。さすが石田さんだ。
「そうじゃなくて、どういうことなの?」
「学祭に出る前に一度、このバンドが客の前で演奏する場所を作っておきたいと思ったんだ」
「でも、なんの相談もなく……」
「ごめん。確実じゃないことを話して実際はダメでした、みたいなことにしたくなかったんだ。都合よく入り込めるかってところもそうだけど、レベル的に人に披露できるものかどうかってところも」
「そう、単独ライブじゃない。実際に君たちが演奏するのはせいぜい二、三曲だしそこまで気負うことはないだろう。だが、君たちが来ることを公表すれば、ここにくる客のほとんどはFEETECのKOHの歌を聴きにくるファンが占めるだろうね」
「っ……」
これは俺にとってのプレッシャーであり、みんなにとっては自尊心を傷つける言葉だ。このように、ボーカリストは目立ちやすい言わば美味しい立ち位置だ。だからこそ他のポジションが輝ける場所、その人じゃないといけないという個性を発揮できるようなバンドを作っていきたい。だがその発見には練習だけでなく、実践が必要だ。お金を取って人に見せる音楽を経験しなければ掴めないこともある。それを光と八島に積ませたかった。
「ここでの結果と学祭の成果によって、僕は君たちを支援するか否かを決める」
「え……?」
光が驚いている。厳しいことを言われたからではない。むしろ逆だ。
「ここで君たちが音楽業界を登って行く力があると僕に見せてくれれば、僕は君たちを必ずメジャーデビューまで連れて行く、ということだ」
これは、普通の学生バンドに与えられるレベルのチャンスじゃない。ある意味チートのようなものだ。その場の全員が絶句する。
「やれるかい?」
「はい!!」
「必ず!!」
光と八島はここがファミレスであることも忘れて立ち上がり大声で返事をしていた。恥ずかしいから控えてほしいが、それでいい。汚くてもチャンスを掴もうとする泥臭さこそ、この業界で生き抜くにおいて最も重要なことなのだから。
「それじゃあね……はぁ、流石に4人に奢るのはきつかったなぁ……美香、許してくれるかなぁ……」
帰る時だけやけに小さく見えた石田さんの背中をみんなで見送り、7時を過ぎた夜の道を駅に向かって歩く。
「こうしちゃいられない。自主練しなきゃ!」
八島はそう言ってバイクに跨り、すぐに帰って言った。実家が大学に近いって本当にズルすぎるよな。それから大学前駅に着くと一人暮らしの美羽ちゃんともお別れだ。それにしても彼女の母親はいつまでいるのだろうか。少し挨拶したい気もするが……いや、やめよう。緊張して何も喋れなくなりそうだ。
「ねぇ、航さん……」
「ん?」
別れ際、気を遣ったのか光が少し俺たちと距離を置くと、美羽ちゃんは俺のコートの裾を掴んだ。
「私……やっぱり――――――よ……」
「ごめん美羽ちゃん、電車の音で何も聞こえなかった……って、美羽ちゃん?」
謝って、もう一度聞き返そうとして彼女を見ると、そこには顔面蒼白で、信じられないといった顔をした美羽ちゃんがいた。
「どうしたの?」
「聞こえなかったの!?本当に!?」
「う、うん本当だけど……そんなに大事なこと言ってたの?本当に申し訳ないけどもう一度……」
「いいの!大丈夫!なんでもないから!」
「そんな風には見えないけど……」
「いいからもう行って!」
何かすごく焦っている様子で俺を駅に追い立てる。
「じゃあ、また明日、ね?」
「うん、おやすみ美羽!」
「……おやすみ」
「うん、おやすみ」
美羽ちゃんは軽く手を振って自分の家に向かって歩いて行った。
「じゃあ、私たちも帰りましょうか」
「そだな」
「……またなにかデリカシーのないことでも言ったんですか?」
「言ってないわ!」
「本当かなぁ……。あ、それはともかく明後日どういう予定にします?集合とか」
「明後日?」
何かあっただろうか。記憶の中を掘り返す。
「え、忘れたの?」
「……なんだっけ」
「ライブ!エリア・ウィンドのライブがあったでしょ!?」




