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5, 落ち穂拾い

「はぁ……」

 退屈な授業も終わり、ついに放課後、サークルの時間となった。

 俺と光のユニット結成が決まった夜。俺は終電にギリギリで間に合い、無事帰宅。興奮冷めやらぬまま美羽ちゃんに電話した。

 始まりは2人だが、俺が音楽を再開するのなら彼女と一緒にやらないという選択肢はなかった。その場で返事はもらえなかったが、きっと一緒にやってくれると信じるしかない。

「行こう」

 不安はあるが、このまま教室にいても何も始まらない。動かねば。緊張しながら部室まで歩く。幸いここまでは誰とも出会わなかった。問題はこの先だ。

「どうも……」

「あ、来た来た!あんたちょっとここ座りなさいよ!」

「え?あ、ちょっ!」

 部室に入るや否や部長、荒川さんの手によって用意されたパイプ椅子に座らせられ、そんな俺を部員が円形に囲った。なんだこれ。魔女裁判を受けている気分だ。というかその中に美羽ちゃんと光の姿も見えた。なぜ黙っている。助けてほしい。そして部長は俺の正面に立つと自身のタブレット画面を俺に見せ付けながら迫った。

「あんたこれ、どういうことよ!?」

「どういうことって……ってこれ!?」

 開かれていたのは某大手動画共有サイト。その動画に写っていたのは、なんと俺と光だった。というかこれ、昨日の路上ライブの動画だ。

 そしてタイトルは……

「『幻のインディーズバンドFEETECボーカルのKOH復活!?伝説の路上ライブ』……いや、これは盛りすぎでしょ」

「うん、それは正直思った」

「おい」

 それは別に言わんでもいいだろ。昨日いた聴衆の中に俺のことを覚えていた人がいて、知らぬ間に撮影され、投稿したということか。しかしこの動画をここにいる人たちが発見してしまったということはつまり……

「インディーズバンドなんかやってたなんて聞いてない!しかも調べたらメジャーデビュー直前だったんですって!?」

 みんなに、俺がバンド経験者だということがバレてしまったということで。さらにそれはこの学校全体にすぐ拡散されてしまうということで。しかもこの動画、昨日の深夜に投稿されたばかりだというのに再生数がそろそろ10万に届きそうだ。このままいけばもっと伸びていくだろう。

「好都合……か」

「何ニヤニヤしてるの気持ち悪い……で、なんで隠してたわけ?」

 荒川さんがそう問うと、美羽ちゃんが俺の横に立った。正直に話そう、ということだろう。

「別に隠していたわけじゃないんです。知っている人がいれば素直に話す気でもいました。けど、俺たちは円満に解散したわけじゃなかった。この話をするのは正直嫌だったんです。だから自分からはギターをかじったことがあるとしか言いませんでした」

「……私も同じ理由です」

「美羽も一緒のバンドだったことはさっき聞いたわ。……まぁ、そのことについては私たちがとやかく言えるようなことじゃない。それで、肝心なのはこれからよ」

「これから、というと?」

「あんた、学祭に出なさい」

 ざわ、と部員たちがどよめいた。それを手で制して、荒川さんは話を続ける。今日のこの人はいつになく冷静だ。

「そこで客を集めて、来年の新入生をがっぽり持っていくのよ!そうすれば来季の部費は跳ね上がり、サークルは盛り上がる!」

 いや、まぁそんなことだろうとは思いましたけどね。

「でも、今から枠を開けられるんですか?」

「開けられるとかじゃないわ。開けんのよ」

「なるほど。では……断る理由はないですね」

 ざわ、とさらに部員が湧いた。それはそうだ。俺が今まで徹底して露出を避けて来たことは周知の事実。それがこんなにあっさり学祭の参加を決めたのだから。荒川さん自身もちょっと意外そうな顔をしたが、不満はもちろんない。笑顔を向けて来た。

「よし。それでグループにいるのは?」

「俺と光です、今のところ」

 そこまで言うと少し場がざわついた気がした。何かおかしいことを言っただろうか。

「3人、でお願いします」

「美羽ちゃん!?」

 すると隣で立っていた美羽ちゃんが声を上げた。なぜだか部長はニヤニヤしながら用紙に何やら記入している。

「こんな楽しそうなの、私抜きでなんて絶対やらせないんだから!」

「ありがとう……本当にありがとう!」

 本当に嬉しいことだ。正直学祭出場までは動画の助けがなくても絶対こぎつけようと思っていたけれど、美羽ちゃんの参加だけは不安だったのだ。

「そうするとギターボーカルににっしーとひかぴー、ベースに美羽と言うことになるな。そうするとドラムは……」

「俺がやります。航さん、俺にやらせてください!」

「八島……」

 手を上げ前に出たのは八島だった。

「俺、航さんが昔インディーズで有名人だったなんて知りませんでした。でも、それに乗っかりたいわけじゃなくて、ただ純粋にこのバンドに参加したい。一緒に同じ景色が見たいんです!」

 その言葉の裏には、光が好きだということとは関係ないという意味もあるのだろう。

「是非、一緒にやろう」

「ありがとうございます!」

 断る理由はない。むしろ八島なら人間的にも大歓迎だ。

「よし、4人になったな。それじゃあ……なんて名前で申請しようか」

「名前……」

 正直FEETECは適当につけた名前だ。こんな風に改まると、返って思いつき辛いものである。

「ねぇ、それ、私が決めていい?」

「美羽ちゃん?」

「私がこのバンドに名前をつけたい。ダメかな?」

「ダメじゃ、ないけど……」

 美羽ちゃんは割とこう言う名前とかにこだわらない人間だと勝手に思っていただけに、少し驚いたが、光も八島も異論はないようだ。

「で、何にするの?」

「The Gleaners、なんてどうかな?」

「なんだって?」

「日本語にすると落ち穂拾い……ミレーの代表作のタイトルでもあるんだ」

「……よくわかんないけど、なんかかっこいいな」

 おしゃれ感がやばい。ミレーとか言われても正直なんのことかよくわからないけど。

「じゃあ、ザ・グリーナーズここに結成ってことで!じゃあ早速練習開始!みんなも始めること!!」

 荒川さんは書類に名前などを書き終えたようで、指示を出し空気を切り替える。なんだかイキイキしているなぁ……。

「じゃあ、練習しよっか?」

 美羽ちゃんに微笑みかけられる。そうだ。この瞬間から、もう昨日光と交わした約束は始まっている。俺たちの学祭にはメディアもある程度取材に来るはず。そしてそれは絶好のアピールチャンスでもあるということだ。三年前、FEETEC時代は適当にやっても人気が出たが、それは運が良かっただけ。インディーズでのメジャーデビュー争いは年々激しくなっている。そこで生き残っていくには、自分たちの売り方も工夫していかなければならない。どの時点が約束の一番と呼べるのか、順位のつきづらいこの世界ではわかりにくいけれど、まずはメジャーデビューを目指す。

 ブランクはあるが、ギターは触って来たし歌も衰えたわけではない。それに光のポテンシャルはそこらの女性アーティストを遥かに凌ぐものだ。美羽ちゃんのベースはインディーズだった頃に磨き上げられているし、クオリティに関しては同年代の中でもトップレベルだろう。不安があるとすれば八島だが、彼も学生レベルとして見たらうまい部類に入る。ここから死に物狂いで練習していけば上位ドラマーとなることは十分可能だ。

 今完成したグループは、現状俺が集められる最高のメンバーで結成されている。あの頃偶然集まっただけのメンバーよりも地力はあるはず。

 俺たちの夢は、ここからだ……ッ!!




 ***




 ……グリーナーズ結成から、一週間が経った。

 大学の近くにあるスタジオの一室を借りて、俺たちは練習しているのだが……

「航さんズレてる!光は外しすぎ!矢島はもう全部ダメ!何しに来てるの!?」

「はい!!」

「すみません!!」

 ……忘れてた。FEETECの時に美羽ちゃんに付けられていた二つ名、美修羅ン。その豹変っぷりに、俺以外のメンバーは完全に面食らっていた。今までサークルで人に教えるときは優しいふりしてたしなぁ。

「航さん、集中!」

「ごめんなさいっ!!」

 厳しいが、充実していた。今までの毎日が嘘みたいに、この日々が輝いて見えた。学祭まではあとちょうど一ヶ月。その日はクリスマスでもある。

 ああ、練習がなければお金を貯めて美羽ちゃんと豪華なレストランに行って、豪華なプレゼントを渡して豪華なホテルに……ってどうしてこんなに煩悩ばかり浮かぶのだろう。あれか、今の彼女が怖いから可愛いときの彼女を連想してるのか。なるほど納得だ。

 話が逸れたが、どんなに泣いてもあと二週間と少し。そこまでにやる曲は決定していた。

「うん、とりあえず八島以外は一曲目、NEXTは大丈夫かな」

「うっ……」

「頑張ってよ。リズム隊としてできる限りのアドバイスはするけど、私はドラムに詳しいわけじゃない。自分で頑張って」

「わかった……ありがとう」

 ここが耐え時だ。俺もギターが今よりずっと下手だったときはこっ酷くしごかれたものだった。

「それじゃあ、次一回通してラスト。明日は部室で2曲目の練習だから、この一回に魂込めて!」

「了解!」

 俺らの持ち時間は10分強。多少のオーバーを許容しても、やれて全3曲だ。その全てを学祭レベルのお遊びと言わず、客からお金を取れるレベルに持ち上げると言うのは並大抵のことではない。どんな練習だって、気を抜いていい瞬間などないのだ。

 失敗は、許されないのだから。




「あー、疲れた」

 練習が終わりスタジオから出ると、もう外は真っ暗だった。

 上旬とは言えもう12月。まだ六時ではあるが、日が沈むのも早くなると言うもの。気温も下がるし、そろそろマフラーの出番かもしれない。すると最初に出た俺に続いて、光がため息をつきながらスタジオの外に出て来た。

「美羽、本当にスパルタですね……」

「そうだろ?昔から怖かったんだ……って、その美羽ちゃんは?八島も出てこないな」

「美羽はお手洗いで、八島は支払いついでに美羽を待ってます」

「そっか」

 光はニコニコしながらこちらを見つめている。なんだか気恥ずかしくて顔を逸らした。

「あ、なんで?」

「そんな見られたら誰だってこうするだろ。ってかなんだよ、俺のこと大好きかよ」

「うん、そうだよ」

「ちょ、冗談でも美羽ちゃんの前でそう言うこと言うなよ?」

「今、目の前に航さんがいて、一緒に歌えるってだけで夢みたいです」

「やっぱそっちだよな。知ってたけど。知ってたけど!」

「急にどうしたんですか?」

「なんでもないわ!」

 アホくさい。なにやってんだか。後輩の女の子にからかわれるなんて俺もまだまだだな。

「ん?」

 ポケットに振動を感じた。携帯にメールの通知が届いたのだ。見ると、そこには俺の好きなバンド、『エリア・ウィンド』のライブチケット当選の知らせと書かれている。

「どうしたんです?ニヤニヤして」

「いやさ〜一週間後のエリア・ウィンドのライブチケットが当たったんだよね〜!」

「エリア・ウィンドって、あの!?すごーい!!え、武道館のやつですか!?」

「そう!初の武道館公演!」

 エリア・ウィンドは最近メジャーデビューした若手だが、初のアルバムが大ヒットし、一気に武道館公演までこぎつけた今一番旬なバンドだ。

「いいな〜、私全部外しちゃったんですよ……」

「光、行きたいのか?」

「譲ってくれるんですか!?」

「そんなこと一言も言ってないだろ?残念だったな〜!」

「ぐぬぬぬぬ……」

 これは八島と行く予定だったチケットだ。美羽ちゃんはエリア・ウィンドがあまり好きじゃないらしいので誘ったが断られてしまったのだ。譲ってあげたい気持ちはあるのだが、流石に八島に悪い。男女差別は良くないからな。しかしそれにしても二人、遅いなぁ。




「ごめん遅れた!支払いありがと。航さんと光は?」

「先に出て待ってるよ」

「そう。じゃあ私たちも出よっか」

「…………ごめんな」

「ごめんって、ドラムのこと?でも、八島1人レベルが遅れてることなんて最初からわかってたことでしょ?」

「はっきり言うなぁ。事実だけど」

「でも、やりたいんでしょ?メジャーデビューしたいから、ここにいるんでしょう?なら頑張んなよ」

「それだけってわけでもないんだけどな……」

「ん?何か言った?」

「いや。でも、そっか。美羽だってインディーズで活躍してたんだもんな。……メジャーデビュー、したいんだよな、みんな」

「……どうかな。航さんと光は本気だと思うけど、私は……」

「え?」

「今のなし!聞かなかったことにして!」

「美羽……」

「ごめんね、なんか……ダメだね、私」

「なぁ、これから時間あるか?」

「時間?別に予定はないけど……何?」




「お待たせ〜!じゃあ帰ろっか?」

「いいや、2人とも支払いありがとう。これからどうしようか?飯でも食う?」

 終わったあとラーメン屋に行ったりするのも、ここ一週間多くなった。学生らしくて楽しい時間でもあるし、反省会もだいたいそこで行なっている。まぁそのあと俺は時々美羽ちゃんの家で二次会をしている、と言うのは内緒の話だが。

「それより航さん、エリア・ウィンドのライブなんですけど、どうでしたか?」

「ん?ああ、当たったよ?光が行きたい行きたいってうるさくてさ」

「うるさいってなんですか!ねぇ八島ぁ譲ってよ〜」

「っ……」

 八島は光に肩を揺さぶられながら、一瞬目を斜め下に伏せ、チラと美羽ちゃんを見た気がした。

「俺、そのライブ行けなくなっちゃったんです。すみません、だからチケットは、その……」

「え、まじか」

 八島は相当なエリアファンだと思っていただけに意外だ。前にちょっと軽く話題に出したら1時間弱語り続けてたのに……そこまで大事な用が入ってしまったということだろう。

「じゃあ、光、行くか?」

「あ、えと、その……」

「ん?どうしたんだよ。さっきまで行きたい行きたいうるさかったじゃないか」

「それはその、本当に譲ってくれるとは思わなかったと言うか……それに」

 光は美羽ちゃんを見た。そうか、美羽ちゃんに気を遣っているのか。

「……気にしないで行って来なよ。光がエリア好きだって言ってたの私知ってるから」

「美羽……ありがと!すっごく行きたかったの!」

 子供のように目を輝かせ、光は美羽に抱きついた。美羽ちゃんはやっぱりなんだかんだ優しいな。厳しいことも時には言うけど、こういうところに俺は惹かれたんだ。

 そう言えば……彼女は俺のどこを好きになってくれたんだろう。

 心の奥から湧き出た疑問を振り払う。釣り合っていないことなんかわかっていたことだ。今更そんなことを考える必要はない。事実として、俺の彼女は美羽ちゃんなのだから。

「それと今日はごめん。ちょっと疲れちゃったし、明日の準備するからご飯は遠慮するね」

 それは残念なことだ。一応俺は美羽ちゃんのそばによる。

「今日は俺、行かない方がいいかな?」

「ごめん、明日からお母さんがこっちに来ることになってるの。だからしばらくは家に泊めてあげられない……ごめんね。明日から夜は忙しくなっちゃうかも」

「あ、そうなんだ……」

 正直残念だ。これに至っては正直下半身的な意味でも残念だ。もちろん、一緒に入れる時間が減ることが一番辛いことに嘘はない。ただ、最近どうしてか、俺は強く彼女を求めてしまうようになった。

 もしかしたら、昔を思い出しているからかもしれない。欠けてしまった何かを、行為によって埋めたいと思っているのかもしれない。自分のことなのによくわからないなんておかしな話なのだが、どうにも曖昧なまま答えが出ないのだ。

「それじゃあ八島と光はどうする?」

「すみません航さん、俺もこれから夜は自主練積みたいんで」

「そっか……そうだな。付き合おうか?」

「いえ、自分でやりたいことを試したいんで」

 八島が自主練とは珍しい。バンド結成前、別バンドをやっていた時はそんなこと一度だってしていなかったのに……彼も彼なりに、変わろうとしているということか。そう思うと、とても嬉しかった。

「……わかった。それじゃあ光は……」

「あ、えっと、今日は私帰ります!」

「光もか。じゃあ、今日はこれで解散だな」

 まぁ、こう言う時もあるだろう。俺も家に帰って自主練するとしよう。また明日も明後日も、みんなで集まる練習はあるのだから。

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