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13, ばいばいロック、聴こえる?

「ねぇ!ちょっと、起きなさいよ航!」

「……なんだよ」

「なんだよじゃないわよ!もう昼前よ?今日学祭で出番があるってあんた騒いでたじゃない!」

「ああ、あれか……行かないよ」

「ええ!?母さん休み取っちゃったんだけど!」

「しらねぇよ……」

「えー、じゃあせめて一緒に行ってみようよ!母さん去年行けなかったじゃない?一回くらい航の大学の学祭行ってみたいのよぉ」

「だから知らないって……」

 あれからさらに、一週間ほど経った。俺はかろうじて授業には出たものの、サークルには一度も顔を出さなかった。荒木さんにだけ出場を辞退する旨をLINEで伝えたが、その後返信はない。グリーナーズのメンバーがサークルに顔を出しているのか、などと言ったことは何も知らなかった。

「ねぇ、もしかして……前みたいなことあったの?」

「……違うよ」

 母さんが心配そうに尋ねてくる。そりゃ、ここ二ヶ月ほど元気すぎるくらいに元気だったのだ。それが一気にここまで落ちぶれれば、三年前にバンドが空中分解した時のことを思い出すのも無理はない。それに、空中分解したと言う点では確かに共通しているのだから。

「わかった。これから準備するよ。ちょっと待ってて」

「そう?早めにね?」

 美羽ちゃんが無理をしてまで応援してくれたのに、俺は結局動かなかった。全部放り出して、逃げることを選択した。

 俺は光と一緒だったからもう一度歌おうと思えた。けど今は、あそこに美羽ちゃんと八島がいたから俺は楽しく歌えたんだって思う。そんな夢のようなバンドを、俺は俺の手でぶち壊した。今更どの面下げて人前で歌えるって言うんだ。

「まだー?」

「もう出れる」

 その後はもう、惰性で生きている。流されるまま、流れる方へと。

 俺が最も嫌いな生き方へ、見事に堕ちていった。




「あー、でも本当に久しぶりね、樋口さん!」

「ええ、本当に!こんなところで西井さんに会えるだなんて思いませんでしたわ!積もる話もありますし、よかったらお話ししません?ここ学食が美味しいって息子がよく言っているんです!」

「まぁ、それはいいですね!あ、航!あんたもうちょっとどっかぶらついてていいわよ。母さんちょっと話するから」

「……いいけど……」

 到着する頃にはもう夕方。少し模擬店などを物色し、食べたいものを買ったり出会った学部の友達と話したりしていたが、母さんは母さんで昔のママ友(俺は覚えていないが)を見つけたらしく、会話に花を咲かせ、その勢いで学食の方へ消えてしまった。しかしもう粗方行きたいところは周ってしまった。残っているのは小さな劇と有志によるステージパフォーマンスくらいなものだ。

「やぁ航くん。暇そうだね」

「え?い、石田さん!?」

 今日俺たちは出ないということはメールで伝えておいたはずだが、彼はなぜかこの場にいた。しかしその装いはいつも見るスーツとは違ってパーカーにジーンズという休日のおっさんファッション……だがそれも似合っているのが少しイラっとした。

「見てわかる通りプライベートだよ。このサークルには普通に軽音サークルとかもあるだろう?一応チェックとかしとこうって意味でね?」

「そういえば石田さん、この大学の先輩なんでしたっけね」

「うん、一応ね。さて、航くんとも出会えたし、一緒に行こうか」

「え?行くってどこへ?」

「嫌だなぁ、そろそろステージがバンド演奏ブロックに入るじゃないか。一緒に見ようよ」

「えぇ……」

「君が出ないと言っても君と同じサークルの仲間は演奏するんだろ?じゃあ見ておいたほうがいいんじゃないか?」

「……わかりましたよ。でも、前の方は嫌ですよ?」

「わかってるさ。適当に、いい感じの位置どりで行こう」

 石田さんは大学が配布しているパンフレットを読みながら満面の笑みだ。こう言ってはなんだけど、俺はまた彼の期待を裏切ったんだ。もっと態度が悪くてもいいと思うのだが、特に何か聞いてくる様子もない。それは優しいけど……残酷だ。




「上手いな……」

「うん、軽音サークルか。思ったよりレベル高いね」

 大学の中央広場にあるステージには満員と言っていいほどの人が集まっており、なんとか横にも縦にも中の中くらいの位置に着くと、早速バンドが次へ次へと演奏されていった。中にはまだ学生バンドでお遊び気分ではあるものの、もう少し練習すればかなりハイレベルなところまで行きそうなバンドも幾つかあった。

 そうして見ていると、ついにアコースティックギター愛好会の出番が来た。柳たちのバンドもそれなりに練習したのだろう、そこそこのクオリティで安定しており、その他もみんな堅実に良いパフォーマンスを仕上げて来ていた。

「部長のバンドで最後か……」

 荒木さんは最後の学祭だ。気合の入り方も違う。コピーバンドではあったが、その中にも独自のオリジナリティを組み込んでおり、他のどのバンドよりも上手だった。大きな歓声があがり、場は大きく盛り上がった。

「うまいね、彼女。後で声をかけてみようかな」

「本気ですか?」

 ともかく無事に終わったようで良かった。母さんも話を終える頃だろうし、帰るとしよう。

 その旨を伝えようと石田さんを見た時、違和感を覚える。

 その手に握られたパンフレットにある、本日のステージに書かれた進行表の中に、ここにあるはずのない名前が書かれていたから。

「待ってください!それ……」

「航くん、静かに」

「は?」

「ステージが、始まるよ」

 石田さんに促され、ステージを見る。観客は先程までの歓声を忘れたように静まり返っていた。そんな会場の期待を一身に背負い、一人の女性が袖から現れた。

「あ……どうも、こんにちは。暮野光と申します……」

「光!?」

 あまりの驚きに俺はつい声を上げてしまう。俺に涙声で音楽をやめると宣言した彼女が、今俺の目の前でアコギ一本抱え、ステージに立っているのだ。

「まず最初にお詫び申し上げます。パンフレットに記載されている通り、この枠は『The Gleaners』のものでした。ですが諸事情によって今日この場に来れるのは私だけになってしまいました。特に元FEETECメンバーを……KOHを期待していた皆さんにおきましては、大変申し訳ありません」

 会場からはえー、だのマジかー、だのあの子可愛いだの、色々な言葉が飛んでいる。

「私一人でなんの穴埋めになるのか、そもそも私一人でグリーナーズを名乗っていいのかって言われたら、それは全然足りないとしか言えません。ですが、空いてしまった枠を、せめて皆さんに楽しんでもらえるよう精一杯歌います。よかったら聞いてください」

 あの子歌うの?動画にいた子じゃない?と、会場は突然現れた光にそれぞれの反応を示す。中にはブーイングを飛ばす輩、帰ろうとする者もいた。

「それではまずこの歌、FEETECで、『NEXT』」

 それは、俺たちFEETEC思い出の歌。そして、俺と光が最初に音を重ねた歌。

 アコギから奏でられるイントロはすでに今までのどのバンドのギターよりも繊細で美しく、彼女の技量に懐疑的で騒がしかった会場は水を打ったかのように静まりかえる。

「――――――――!」

 そして完成した場に歌が流し込まれた瞬間、俺はその身を振るわせるほどの鳥肌を立てた。

「光……っ!」

 その名の通り、光を見た。

 冬の夕方。もう空は真っ暗で夜と言っていいにも関わらず、そこにはあの人同じ太陽が昇っていた。

「凄い……!!」

 隣で石田さんがそう呟くのが聞こえた。この瞬間、彼女は誰もが認める天才だった。元FEETECを求めてやって来た客も皆その音に照らされ、惜しみない拍手を浴びせる。

「ありがとうございました。急ぎ足ですけど二曲目、FEETECで『君と見た空』」

 次の曲は先ほどとは打って変わって激しい曲だ。アコースティックギターはその音質上激しいロック調とは相性があまり良くないが、彼女の組み上げたアコギアレンジはそれを全く感じさせないほどの完成度で、観客に別の形でアプローチをかけていく。

「すごい……!!こんな子がいるなんて!」

 興奮気味の石田さん。路上ライブでの映像と前回のライブだけでは、きっと想像もつかないだろう。だが、俺は彼女の隣でずっと練習して来た。何回も間近で彼女の歌を聴いた。彼女の才能に、浸り続けてきた。

 それがこうして大きな舞台で認められつつあることが嬉しくて。もう一度この歌が聴けたことが嬉しくて。堪えきれず涙が溢れる。こうして、二曲目はさっき以上の盛り上がりを見せて、終わった。

「次が、最後の曲になります」

 最初とは全く違う意味の、えー、という不満の声があらゆる場所から聞こえた。

 期待外れの小柄な女の子が出てきたとしか思っていなかった観客が、今は彼女の歌を心から求めているのだ。

「持ち時間、本当はあと少ししかないんですけど……少しだけ、喋らせてください」

 息を切らせながら、光は会場全体を見渡した。何かを探しているようにも見える。

 そして俺のいるあたりを見た。すると彼女はくしゃりと笑い、話し始める。

「私、好きな人ができたんです」

「なっ……」

 こんなところでいきなり何を言っているんだ。こういう時のMCはどうすべきか、とか教えなかった俺が悪いのだろうか。いや、これはどう見ても光の暴走だ。会場も疑問符を頭に浮かべている。それでも、光は話し続けた。

「今まで好きかなぁ、って思う人は何人かいたんですけど、その人といると、自分が今まで見て来た景色が全然違うものに見えて、全てが新鮮で、楽しくって……最初はこの気持ちがなんなのかわからなかったんだけど、今、この場所で歌を歌ってみて、改めてわかりました」

 あろうことか、こんな場所で彼女はノロケ話をし始めた。最悪だ。見ているこっちが恥ずかしい。今すぐ止めに行きたい。

「これが、好きなんだって。私はその人に、恋してるんだなぁって」

「ぁ……」

 俺と、一緒だ。光も、俺と一緒だったんだ。

 それが今までとあまりに違いすぎて、混乱して、ぐちゃぐちゃになってもがいてたんだ。

「この歌を聴いてくれるかはわからない。届かないかもしれない。もう、見向きもされないのかもしれない。けど……あなたがくれた曲だから!大好きなあなたがくれた曲だから、私はここで歌います!!」

「っ!!」

「ラストナンバーで……『あなたへ』」

 気づいたら、動き出していた。

 彼女の口から溢れるのは、好きだって気持ち。不器用なくせに夢を諦めきれない馬鹿な奴に恋をした、愚かな自分が叫ぶ独白。

 観客を押しのけ、前へ前へと進む。ふざけるな。俺はこんな風に、誰かを愛おしそうに歌えなんて言ってない。

 こんなにも恥ずかしい歌詞、書いてない。この曲は、こんなに好きで、溢れてない。

「光!!!!」

「っ……航、さん……」

 止めようとする役員を振り払い、ステージ上に登った。アコギを演奏しながら歌っていた彼女は驚き、演奏を止めてしまう。

 客席から見ればただキラキラと輝いているように見えた太陽は、マジかで見れば汗にまみれ、息を切らし、不安そうな顔で怯えていた。

 客席からはKOHだ、本物だ、来てたんだ、なんてざわつきが聞こえる。

「航さん、私言いたいことが……」

「好きだ」

「〜〜っ!」

「お前のことが、好きだ」

 光はボロボロと涙をこぼして、頷いた。何度もなんども、頷いた。

 すると、ステージ袖からマイクを手に持った一人の青年が現れた。

「八島……」

「航さん、頼みましたよ!」

「……ありがとう!」

 俺はマイクを手にとって叫んだ。

「遅れてごめん!The GleanersのKOHです!!」

 すると会場は一気に熱量を上げ、大歓声が上がった。今までのことを全て演出だと思ってくれているわけでもないだろう。だから、この謝罪は最高の歌で返してみせる。それくらい、できて当然だよな。

「最高の一曲を届けます!みんなが心から楽しんでくれますように!!」

 でも、その前に、俺は伝えなきゃいけないことが、もう一つだけある。マイクを口から離し、涙を堪えている光を見て、問う。

「光、もう一度、俺とユニットを組んでくれないか?」

 光は涙をぬぐい、やっぱりあの時と同じ笑顔でこう答えた。

「一番に、なりましょう!!」

 俺たちは、もう一度夢を追いかける。

 夢を叶えられる人がほんの一握りなことも、夢を追いかけられる人だって一握りなことを、俺は知っている。

 それでも、俺は光となら、どんなところへ向かったって後悔しない。

 何かあるたびに、この瞬間を思い出せるから。

 そうしてずっと、ずっとずっと作っていくんだ。

 二人の、夢の続きを。




 ***




「大盛況、だな」

「そうだね」

「結局一度も会場に行かなかったけど、いいのか?」

「うん、いいの。ここからでも聞こえるから。ありがとね。八島のおかげで、私……」

「ああ、いい。そういうのいいよ」

「うん。……でもごめん。しばらくは恋愛はいいかな」

「なんでまた振られなきゃいけないんだよ、ったく。ってか、今日はなんでギターなんだ?」

「ん?なんとなく、かな」

「…………俺、ちょっと友達に会いに行って来る」

「そっか。ありがと、八島」




 本当に優しくて、カッコつけたがりな男だ。

「ふふっ……」

 彼がいなくなって、静かになった部室で、私はギターを弾く。

 聞こえるのは、遠くで奏でられる私の大好きな歌声。それと、私の拙いギター。

 楽しくて弾いてるわけでもない。ただ、この音色を聞くと思い出せるから。

 ああ、私にとって音楽って、航さんが全てだったんだなぁ。

「ねぇどうして。すごく、すごく、好きなこと……」

 ポツリ。歌うというよりは呟くように言葉が出た。

 一緒にいろんなとこへ行った。いろんなことをした。けど、始まりはあのカラオケだった。

「二人出会った日が少しずつ思い出になっても……」

 入るかどうか悩んでいた軽音楽部で、歌声を聴いて好きになった。

 それからずっと彼の歌を、彼自身を追い続けた。

「愛してる……」

 ああ、好きだったな。

 大好きだったな。

 思い出の全部がキラキラで。

 いい恋、だったよね。

「涙、が……、出ちゃうんだろう……っ……」

 真っ暗な空に、星が瞬いた。

 ばいばい、ロック。聴こえる?私の音。

 あなたに恋した、私の音。

これで最終話です!良ければ感想、ブクマなどよろしくお願いします!

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