毎日牛乳飲んでます
ある日の午後。小さなコンビニ酒屋の狭い店内は、学校を終えて自由の翼を手に入れた小学生たちでにぎわっていた。
「でけー! もう、男じゃん!」
「おーとーこ! おーとーこ!」
この店の看板娘のセーラの長身を揶揄して、駄菓子を買いに来ていた小学生たちが囃し立てている。いつもの光景だ。
セーラはこの近所では通っている子が珍しいと言われている、中高一貫の〇〇学園の高等部の二年生だ。部活動に入っていないセーラは自分家の一階で開いている、このコンビニ酒屋の手伝いを日課にしている。
「おーとーこ! おーとーこ!」
セーラがどうしたものかと困った顔をしていると、
「背が高いってだけで男って言うんなら、このお姉さんより背が低いお前たちは、自分たちで自分が男じゃないって言っているのと同じだ!」
と、セーラを囃していた小学生たちに向かって、真っ直ぐに左腕を伸ばし、ビシッと指を差して、一人の少年が強めの口調で言ったのだ。背中には少し小さめに映る黒のランドセルを背負っている。
「うっ!?」
セーラを囃し立てていた小学生たちは言い返すことができず、すごすごと引き下がるのだった。
「ありがとう」
セーラは自分を庇ってくれた少年へ、腰を少し屈めて言った。清涼感のある涼やかな優しい声だ。
少年は「いいえ」とペコリと頭を下げてから、小さな目を真っ直ぐにセーラに向けて言った。
「おれは△△小の□□コウジといいます。小学六年生です。さっきは同じ△△小の生徒がお姉さんに失礼なことを言って、本当にすみませんでした」
「うんん、気にしないで、いつものことだから。私は〇〇学園の高等部の二年生で、セーラって名前よ。よろしくね、コウジくん」
コウジという少年の礼儀正しさに、セーラは少し驚きつつも、自分を助けてくれた感謝を込めて、優しい声で言った。
「はいっ!」
コウジは小さな目をきらきらさせて、元気良く、返事をするのだった。
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翌年。四月の朝。満開の桜並木の下を、〇〇学園へと向かう生徒たちが列をなして歩いている。
「先輩! セーラ先輩!」
まだどことなく、あどけなさを感じさせる少年の、自分を呼ぶ声に、セーラは振り向いた。
「ここです!」
元気良く手を振り、大勢の生徒たちの列の中から、セーラに自分のことを気づいてもらおうと、少年はジャンプして見せた。
「えっ、コウジくん!?」
セーラは驚きに目が丸くなる。生徒たちの列に流されないように立ち止まり、コウジが自分に追いつくのを待つ。
「おはようございます!」
コウジはセーラの側に来ると、ペコリと礼儀正しく挨拶をした。
「お、おはよう。コウジくん、だよね」
「はいっ! おれ、コウジです! セーラ先輩、おれのこと、覚えてくれてたんですね! すっごくうれしいです!」
ハキハキとうれしそうに話すコウジにセーラは少し戸惑いながらも微笑んで言った。
「コウジくんが私のこと助けてくれたの忘れないし、あのときはうれしかったんだよ……でも、コウジくん、ウチの学園の中学、選んだんだね」
コウジは同級生たちのほとんどが進学した△△中学ではなく、受験で合格しないと入学できない中高一貫の〇〇学園を選んだのだ。
「はいっ!」
と、真新しい制服に若干着られている感があるコウジの清々しい返事に、セーラも弾むように、
「学園の校門潜るまで一緒にいきましょう、コウジくん!」
と言うのだった。
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それからセーラとコウジは一緒に登校するようになり、天気がいい日は中庭のベンチに並んで座り、お昼ご飯を食べるようになっていた。
「おれ、毎日牛乳飲んでいるんです……体、でかくして、おれの隣に先輩が並んだときに、先輩が華奢で可愛く見えるように……!」
クラスで一番背が高いセーラを思う、いじらしいコウジの言葉にセーラの頬は弛む。そんな和やかな毎日が続いていった。
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「えっ、私がミスコンに!?」
「そう! あなたしかいないの!」
驚くセーラにクラスメートはすがるような上目遣いをして頼むのだ。
数十分後。
「手足、長ーい!」
クラスメートがメジャーでセーラの採寸をしながら感嘆の声を上げる。
仕方がないというような顔をしながらも、まんざらでもないという気持ちで「そ、そっかな……」と呟くセーラだった。
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「えっ、先輩がミスコンに!?」
恥ずかしそうにもじもじしなから、セーラはコウジに「断れなくて……」とミスコンに出ることを引き受けたことを告げた。
「おれ、一票は入れます!」
力強く、コウジは言うのだった。
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「わぁ! 可愛い!」
「でしょう」とドレスを制作したクラスメートは言う。
ほんのり桜色をしたパールの光沢を放つ生地で作られたドレスをうっとりした目で見ていると、
「あなたのはあっち」
と、クラスメートが指を差した。セーラがそこへ目を向けると、そこには何と、白いタキシードが置かれていたのだ。
「男子たちはみんな嫌がっちゃって、ミスコンに参加する女の子のエスコート役は、あなたしかいないの!」
そう、クラスメートに熱っぽく言われ、ポカンと固まってしまうセーラだった。
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「きゃー! こっち向いてーっ! セーラくーん!」
ミスコンが始まり、女の子のエスコート役でセーラが白いタキシードを着て登場すると、客席から黄色い声が飛んだ。
セーラはすらりとタキシードを着こなし、エスコートをするドレスを着た女の子をステージ上でお姫様抱っこしてみせた。
「きゃーっ!」
ひときわ大きな歓声が上がり、ミスコンは盛況の内に幕を閉じるのだった。
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後日。
「ドレス、着たかったな……」
肩を落とし、ポツリとセーラはコウジの前で呟いた。
「……先輩」
コウジは一枚の紙をセーラにそっと差し出した。
それはセーラの名前が書かれたミスコンの投票用紙だった。
コウジはミスコンで、セーラに「一票は入れる」という約束を守ったのだ。
「……ありがとう、コウジくん、優しいんだね……」
セーラの切な気な笑顔を見て、コウジは自分に何かできることはないかと思うのだった。
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「セーラ先輩!」
コウジはセーラに向き合うと、姿勢を正して言った。
「おれの……」
緊張気味に言うコウジに、いつもと違う雰囲気を感じ、セーラも緊張気味に聞く。
「おれの、絵のモデルになってくださいっ!」
コウジは美術部に入っているのだ。
「コウジくん……!」
セーラは顔を赤らめ、俯き加減に目を伏せながら言った。
「もちろんだよ……芸術のためだもんね……私、脱ぐよっ!」
「!?」
セーラの大胆な返事にコウジはしばらく固まって動けなくなり、長めの髪を耳にかける仕草をみせるセーラをポカンと小さな目を丸くして見詰めるのだった。
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「可愛く描いてね」
放課後の美術室。コウジの前に立ったセーラは微笑みながら言った。
「もちろんです! 見たままにしか描けませんので!」
コウジは微笑みを返しながら、キッパリと言うのだった。
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「あなたがモデルになったていう絵、見たよ! すっごく良かったよ! あんな風に描いてもらえる何て、あなたが羨ましいよ!」
クラスメートの女の子に言われ、セーラは胸を高鳴らせた。セーラはまだ、コウジが「完成した絵を見て欲しい」と言ったことで、コウジが自分をモデルにして描いてくれた絵を見ていないのだ。
セーラはルンルンとコウジが描いてくれた絵が展示されているという美術館に足を運んだ。
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セーラはコウジが自分をモデルにして描いてくれた絵を見て驚いた。
そこには、長い髪を振り乱して暴れ狂ったような「巨大な女」という題名の異様な絵が飾られていたからだ。
セーラは頭が真っ白になった。怒りなのか、悲しみなのかも分からない。ただ、唖然としていると、
「先輩!」
と、コウジが声をかけてきた。どことなく固く、緊張した声だ。
「……コウジくん」
セーラは感情のない、小さな声で応える。
「おれの絵、見てくれてうれしいです」
コウジは一呼吸置いて、
「これが、おれの、セーラ先輩への気持ちです!」
と言った。
「……私のこと、こんな風に思っていたなんて……コウジくんのバカッ!」
セーラは「巨大な女」という題名の絵を指差して言った。怒った声だ。
コウジは驚くが、慌てて、
「ち、違います! その絵、おれの描いたセーラ先輩の肖像画じゃありません!」
「え? でも、ここ、□□コウジって……」
セーラが作品の下に付けられているネームプレートを指差す。
「え? あっ、ほんとだ……おれと同じ名前だ……」
どうやらコウジと同姓同名の人物がたまたま出品していたようなのだ。
「おれが描いたのは……」
コウジはセーラの手を思い切ってつかむと、
「こっちです」
と、自身が描いた絵の前に連れて行った。
「えっ!?」
セーラは驚いた。
「コウジくん、……見たままにしか描けないって言ってたのに……!」
そこには、純白のドレスを着て穏やかに微笑むセーラの姿が描かれていたのだ。
コウジはミスコンでエスコート役で男装をし、ドレスを着たかったと呟いたセーラの希望を叶えてあげたいとの願いを込めて、ドレス姿のセーラを描いたのだった。
そして、その題名のプレートには「初恋」と書かれてあるのだ。
「これが、おれの気持ちです!」
コウジはセーラをしっかりと見詰めて、力強く言った。
「ありがとう……! 私も、コウジくんが、初恋だよ!」
「や、やった!」
コウジは思わずジャンプした。ジャンプした瞬間、一瞬だったが、上目遣いになったセーラを見て、めちゃくちゃ可愛いと思い、もっと牛乳を飲んで身長を伸ばそうと決意するコウジだった。
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