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かぐや姫

作者: はくびょう



「あ、あの!お、俺!あ、あなたのことが好きです!」


「ありがとう。」


校舎の屋上で告白をされた彼女はにっこり笑った。

それを見た男は天にも登る気持ちであった。


「もしかしてこんなきれいに笑う人が自分を…」と期待を胸にした。




「ここから飛び降りてくださったら、お付き合いしますわ。」




彼女はやはり笑いながら言った。




「そう言ったら、顔を真っ青にしてブツブツ言いだしたので、さっさとお暇させてもらいましたわ。」


昼休みに屋上で告白なんてベタな展開の顛末を男はパンを食べながら聞いていた。


「まだおまえに告白なんてする勇気があるやついたんだな。」


「おそらく一年生ですわ。」


「あー、じゃあ、おまえの噂知らなかったのか。かわいそうなやつだな。」


『かぐや姫』それが彼女に付いたあだ名だ。


その美しすぎる美貌と上品な振る舞いに寄ってくる男は後を絶たなかったが、尽く彼女に無理難題を言い渡され玉砕していった。

今ではもう彼女に告白をしようなんて度胸がある男はこの学校にはいないと言っても過言ではない。


「おまえさぁー、本当に告白してきたやつが飛び降りたら、そいつと付き合うのか?」


彼はこの学校で唯一彼女と普通に会話する男である。

2人は性格も何もかも似ていないが、なぜか良き友人という関係が成り立っており、それが周知の事実となっている。


「まさか。」


「うっわー、ひでーな。」


かぐやはほんの少し微笑んで言った。


「だって、わたくしのために飛び降りてくださる方なんておりませんもの。」


彼女は切ないことをとても優しい笑顔で言った。

そんな彼女を彼は無表情に見つめて口を開いた。


「随分と自信なさげなことを言うんだな。」


わたくしならほとんど言葉も交わしたことのない人のために死にたくありませんわ。」


彼女は無表情に言い放った。


そう。彼女がまともに言葉を交わす異性はこの男だけである。


彼女は決して自分を異性と意識する者を近づけようとはしない。

もちろん、彼女ほどの女性を全く意識しない男なんているはずがない。

ただこの男を除けば。


「もし本当に飛び降りる方がいれば、その方はよっぽど馬鹿なのでしょう。」


男は相変わらず興味があるのかないのかわからない表情と口調で聞いていた。


「そんなやつはおまえにふさわしくないって?」


「ええ。」


彼女はまた口元に笑みを浮かべて言った。



「そんな馬鹿はわたしくにはもったいないですもの。」



男は知っていた。

彼女は一見傲慢で自信家に見えるが、案外そうではない。


「ふーん。」


彼の態度は終始変わらない。

深いところには入りこまずいつも側にいてくれる彼の隣は彼女にとってとても居心地が良い場所であった。



翌朝、男が教室に入ると、彼女は手紙を読んでいた。


「2日連続か。珍しいな。」


男は彼女の手紙を覗いて言った。


「……獣臭いわ。」


彼女は眉をひそめて言った。


「それはまた……」


キーンコーンカーンとお馴染みの音が聞こえたため、話はそこで終わった。



男はつまらなそうに最初の授業を受けて、どこかに消えた。

男がいなくなるのはいつものことなので、誰も気にしない。


かぐやは1人でお弁当を食べながら、放課後の面倒事についてや男が今日はどこで寝ているのだろうかなどとくだらないことを考えていた。



放課後、生徒がほとんど帰った時間に彼女は屋上に向かった。

その日は部活禁止の日だったので、校舎には本当に人が全然いない。


彼女が屋上の扉を開けると、そこには随分チャラチャラした男がいた。


わたくしを呼び出したのはあなたですか?」


「そうだよ。まぁ、言わなくてもわかるだろうけど、俺と付き合ってよ。」


その男はにやにやと下品な笑顔を浮かべていた。


「レオ王室の秘宝を持って来てくださったら、お付き合いますわ。」


予想と違う返事が返って来てその男は驚いたようである。

そして、不機嫌を隠しもせずに言った。


「はぁ!?『ここから飛び降りたら』じゃねーのかよ!」


「ネコ科にそんなこと言うわけありませんわ。」


手紙の獣臭は本人に会えばより明確になった。


そう、この男はオオヤマネコだ。

飛び降りろと言われたら、やすやすと木を使って着地するつもりだった。

そのためにわざわざ人がいない時間帯に屋上を指定したのである。


「チッ、あーあ、せっかく簡単に手に入ると思ったのによぉ。」


男は不満そうにぼやいた。

しかし、すぐにまたにやにやとした下品な笑みを浮かべた。


「つーかさぁ、おまえみたいに顔がいいだけの女ために命かけるやつなんているわけねーだろ!こんな高飛車女のためにそこまでするやつなんてどんだけ趣味が悪いんだよ!あはははっ!」


心底馬鹿にしたように男は笑った。

それに対してかぐやは無表情のままである。




「へぇー、んじゃ、俺は悪趣味ってことになるのか。」




屋上の扉の上から男がひょっこり顔を出した。

午前のうちにいなくなって戻って来なかったため、とっくに帰ったものだとかぐやは思っていた。


「はぁ?何あんた。」


男はチャラ男の質問を無視して男は横に歩きながらかぐやに視線を向けた。





「なぁ、俺はよっぽどの馬鹿で悪趣味らしい。」





そう言って男はそこから飛び降りた。


そう屋上よりさらに高い場所から、しかも男は背中から飛び降りた。

着地する気なんて毛頭ないようである。



かぐやもチャラ男も驚きを隠せないようである。


かぐやはすぐに正気に戻って男の後を追って飛び降りた。


「おいっ!」


さすがにまずいと思ったチャラ男を慌てて手すりに駆け寄った。

そして、信じられない光景が目に飛び込んできた。


「何やっているのよ!」


男に続いて飛び降りた彼女は男を掴もうと必死に手を伸ばした。


それに応えて男も手を伸ばした。


「だって、飛び降りたらいいんだろう?」


「だから……!」


彼女の手はようやく男の手に届いた。


その瞬間彼女の背中から大きな翼が生えてきた。


彼女の華奢な体とは不釣り合いに思えるほど大きな翼だが、彼女にこそふさわしいと言わんばかりに彼女の美しさを引き立てていた。


一部は黒で他は雪のように真っ白な翼だった。


そうして、かぐやの翼で2人は屋上に戻った。


「あなた死んだらどうするつもりですの!」


かぐやは今までに見たことない表情で声を荒げていた。


「死なねーよ。おまえが本気で誰かを死なせるようなこと言うわけないだろ。」


かぐやは怒りと様々な感情が入り混じり言葉が出ないようである。


「まぁ、まさか羽が生えているとは思わなかったがな。」


そこでチャラ男がハッとした。


「そうだ!羽!あんたまさか鳥類か!」


羽を持ち空を飛べる動物なんて鳥類しか考えられない。


「な、なんの鳥だ!?白なら白鳥か!」


「いや、下の方は黒いし……鶴か?」


「そうですわ。」


男は至って冷静だったが、チャラ男はひどく興奮していた。


かぐやは少し落ち着いたみたいである。


「なぁ!あんた!あんたのためならどんな高いところからでも飛び降りるし、どんな宝石でも盗み出してやるよ!だから、俺のもんに……」


「はっ、こいつのために命をかけるやつは悪趣味なんじゃなかったのか。」


「そんなまさか!こんなに美しい鶴にそんな……!」


チャラ男の態度の変わり様はあからさまであった。


鳥類はとても貴重である。

しかも、白鳥や鶴はこの上なく珍しい上に、絶世の美貌を兼ね揃えている。

どんな秘宝よりも価値のある存在だ。



「ふーん、まぁ、俺はこいつの顔とか羽とかよりも中身の方が好きだけどな。」



冷静になった今、さっきの飛び降りがこの男なりの告白だと気づかないほどかぐやは鈍くない。


「あなたにそんなことを言われる日が来るとは思いませんでしたわ。」


「だろうな。」


男は優しげな顔でかぐやを見ていた。


「好きだ。普通に言ってもおまえは信じないだろうから、お望み通り飛び降りたぜ?お姫様。」


かぐやは無表情であった。


「………わたしくは飛び降りたとしても、受け入れるつもりなんてないと言ったはずですわ。」


「ああ、でも、俺はおまえのためなら飛び降りれる。おまえ以外のためならこんなことしない。」


かぐやは何か言いたげに口を開いたが、言葉を発する前にチャラ男に遮られた。


「ちょっと待って!そんな男より俺の方がいいって!」


「必死だな。そんなに鳥類を手に入れたいか。」


「違うよ!こんなに素敵な女性を俺は見たことがない!」


「……はぁ、随分な変わり様ですわね。」


かぐやは少し呆れたようだ。


「さっきのは違うんだ!君を目の前にして少しテンパってしまってね……!」


かぐやの冷めた視線に耐えられなくなったのか、チャラ男はさらに声を荒げて言った。



「そうだ!その男!思い出したぞ!前からかぐやさんに付き纏っていると噂のやつだな!おまえこそかぐやさんが鶴だと知っていてそれ目当てに近づいたんじゃないか!」



「いや、知らなかったな。 まぁ、興味もなかったし。」



「興味もなかったって?かぐやさん、君の種族に関心も抱かないなんて薄情な男なんか…」



かぐやの目は自分のためなら飛び降りれると言った男のみを見つめていた。


「だって、俺はおまえがなんだろうとおまえがおまえである限りおまえが好きなんだからさ。」


この台詞は誰が聞いても告白に聞こえるだろう。

しかし、かぐやだけはそう聞こえなかった。


かぐやは先ほどの出来事を通して気がついてしまったのだ。

自分の気持ち……そして、彼がその気持ちに気がついていることに。


彼はかぐやに告白をしているわけではない。

告白はさっきの飛び降りでもう済んでいるのだから。


彼は「心配せずに受け入れろ」と言っているのだ。


かぐやは何かを我慢するかのように目を伏せて口を開いた。



わたくしは本気で自分のために死んでくれる人を探していたわけではありませんわ。」


「だから、言ったろ?死ぬつもりなんてなかったって。好きな女の前で無様に死ぬなんてヘマはしねーよ。」


「それならどうして……」


「少しでもおまえが安心するのなら何度だってやってやる。まぁ、でも……こんなことでおまえの不安がなくならないことを知っている。」


さっきからほとんど自分抜きで話が進んでいることにチャラ男がブチ切れた。


「あーもー!さっきから何をごちゃごちゃと!おまえみたいな猿ごときに鳥類はもったいないんだよ!俺がちゃんと使いこなしてやるからよぉ。さっさとこっち来いよ!」


もう面倒になったチャラ男はかぐやの腕を掴もうと迫った。


たどり着く前に男は彼女の前に出た。


「猿……か…。おまえ本当に……」


「はぁ!?いいから退け!」


男は呆れたような態度を取った後、鈴香の腕を掴もうとするチャラ男の手を叩いた。


「こいつに触るな。」


男の頭から2つの丸っこい耳が出てきた。


チャラ男は興奮のしすぎでとっくに耳が出ていた。


「は、あんた猿じゃねーの?まぁ、いいや、同じネコ科に俺が負けるわけねーし!」


チャラ男は余裕の笑みを浮かべていた。


しかし、かぐやは驚いたように男の顔を見つめていた。


「今日は随分と表情豊かだな。」


男はチャラ男を向ける無表情ではなく、穏やかな表情を彼女に向ける。


「あなたまさか……」


「のろけてないで来いよぉ!ビビったか?あはははっ」


男は無表情にチャラ男を見る。


「おまえさ、獣のくせに喧嘩売っていい相手も選べないのか。」


「はぁ!?なにを……」


チャラ男はハッとした。


「臭いを振り撒くような雑魚と一緒にするな。」


低く威圧がある声で男は言った。

男が纏う空気が変わった。


圧倒的強者の威厳だ。


「う、うそだ!そんな馬鹿な……」


「おまえにもわかりやすく臭いを出してやったんだ。」


「ひっ!あ、あんた、ひゃ、百獣の王……!」


チャラ男の顔は真っ青だった。

無理もない一獣の身分で獣の王に喧嘩を売ったんだ。

体の震えが尋常ではなく、立っているのがやっとのようだ。


「な、なんで……臭いなんてしなかったのに……!」


「そんなことも知らないのか。力がある者は臭いを完全に消せる。臭いを撒き散らすようなまねはしない。」


男は一歩前に出た。

それだけでチャラ男は恐怖のあまり卒倒しそうになっている。


「さっさと去れ。2度とこいつの前に現れるな。」


「ひっ」


チャラ男はがむしゃらに逃げた。


かぐやは男に近づいた。


「まさかあなたがライオンだったなんてね。」


男は振り返って口を開く。



「ああ。だから、おまえを守ってやれる。」



男は彼女が鳥類なのは知らなかったが、彼女がいつもどこか不安げなのを知っていた。

彼女が決して他人を近づけさせないことも。

そんな彼女が唯一側に置いたのが自分であり、彼女自身にも自覚がなかったその理由も。

彼は全部知っていた。




「そろそろ観念しろよ。俺のかぐや姫。」




男は優しく彼女を抱きしめた。

普段の無表情からは想像できないほど優しい顔でふんわりと彼女を包み込む。


無表情を保っていたかぐやであったが、ふっと表情が軽くなった。




「仕方ありませんわね。」




男からかぐやの表情は見えないが、かぐやが穏やかな表情を浮かべているのはわかった。

見れないのが残念だと思いつつ、2人は愛おしい体温を感じていた。

飛び降りるという行為から連想したお話です。飛び降り告白を書きたくなってこうなりました。


告白してきた相手に無理難題を突き付けるなんてまさにかぐや姫って感じがします。


かぐや姫は月に帰ってしまうから無理難題を突き付けたのですが、かぐやは自分と一緒に入れば危険に巻き込まれるという心配、鳥類ゆえの人間不信から人を遠ざけているんです。

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