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city  作者: そうそう
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もうひとつの世界



もうひとつの世界


自分で淹れた紅茶を一口飲むと、

彼女はカカオの割合の多いチョコレートを大切に、少しだけかじった。

僕も 淹れてもらった紅茶を飲み、

ラジオの電源をいれた。昼食を取ると二人でお茶を飲み、音楽を聴く。


航海も三日目になると、

勝手知ったるで船室を使いこなし、一日をうまくすごせる。

ラジオと言っても、

配られた小型音楽機器を 室内のスピーカーに繋げ、ランダムで再生されるわけだが、


心地よいギターのイントロに二人して、はめ殺しの窓の外に思わず目を移した。


水平線はまるで真っ青な草原のように、太陽の光を誇らしげに反射してたなびいた。


僕らと言えば、長い間 一緒にいる者たちの常で、必要以上の会話はなく、ゆるやかな沈黙が部屋をみたした。

彼女は、何か考えているのか何事も考えてないのか 自分のかじったチョコレートを見つめている。


僕は、タブレットでSNSのアプリを開く。


40年前の今日の僕らの投稿ページへアクセスする。




40年前の僕は上等そうなテーブルのうえにカジノのチップをたくさん積み上げ、

彼女のつるつるのほっぺたに、キスをしていた。


「今晩さ、カジノ覗いてみない?オシャレして、ラムを呑もう。どう思う?」


「とってもいい考えね。」

彼女の返事はいつもこうだ。


そして僕はいつもの様に、とても嬉しくなってクローゼットを開けた。


写真を確認して、黒のスーツを取り出す。

SNSの最初の投稿ページには、

旅に持っていったリストが投稿してあった。

それを参考に、家の倉庫からトランクに全てつめたので

当時の旅で着た服などは、全てトランクに入っている。

と言ってもトランク自体、当時帰国してからほとんど触らなかったので、大半は詰めたままだった。

一回全ての品をクリーニングにかけ、ふただび40年前のトランクに

、40年前と全く同じ旅支度を詰めた。


きっかけは新聞に入っていたチラシだった。


40年前に2人で乗船したツアーが、全く同じ日程、

同じコースを記念で回るというチラシだった。

当時と同じ景色を見て、SNSをたよりに同じ日に同じ事をして過ごす。




それがこの旅の目的だ。

40年前の僕らが、なぜ旅にでたのか?


若い僕らがなぜそんな長い休みをとれたのか?

旅の終わりはどんな風だったのか?


全ては明確には思い出せない。

水をこぼしてしまって にじんだ原稿の様に、

記憶がぼやけている箇所が ところどころあった。



その日は、夕方になるまで お茶を飲んだり 海を眺めたりして過ごした。

日が暮れはじめると、

各々 船にあるスパに行き、髭を剃って、香水をふって、あの懐かしいスーツに着替えた。


待ち合わせたメインレストランは、賑やかだった。

家族連れの子供達のケンカの声、並べられる食器の音 、注文を取るウェイター、

生バンドが奏でるボサノバ、若い女たちの華やかな話し声、


先に席について、バンドを見ながら時間を潰した。


彼女が向こうから歩いてきた時、僕は心底感動した。

彼女が着ていた 当時の薄いグレーのワンピースは、今日の彼女にも、とても似合っていた。

そして何より、今日の彼女は美しかった。

真珠のピアスも、黒目がちな瞳も、白くなった髪も、完璧に見えた。

彼女が僕を見つけ、笑顔で右手を挙げる。


僕は立ち上がり、彼女へと歩み寄る。

手の届く所まで行くと思わず抱きしめる。


バンドが次の曲、nina simone の feel good を演りはじめる。……………………本は閉じられる。


……………………

本を閉じる。

地上から落ちてきた本を読むともなくめくり、放り投げ、思い直して拾いに行った。


ここでは暇つぶしは多いに越したことはない。


昼下がりのはずだったが、自分が身を置くこの場所は うっすらと暗く 色々なモーターの様な音が規則的に鳴っていた。


地上からの光が 排気口や なんやから所々 漏れていた。

……………………

この場所に気付いたのは、仕事の途中だった。

地下街にある店々は、地下街自体をぐるりと囲む様にある通路で着替えをしたり、倉庫がわりに使ったりするのだが、


ある日 天かすを補充しようと 裏にまわり、天かすの入ったダンボールをどかすと、

丁度ダンボールくらいの大きさのドアがあった。


ドアと言ってもボタンを押すと 取手が跳ね上がって、それを握って扉を引くという、

学校やなんかにある金属でできたあのタイプだ。


迷うこと事なく取手を引いた。頭をだすと以外と広い空間だった。


次の日 バイト終わりに、最後の鍵閉めを買って出て 誰もいなくなると扉の中に入ってみた。

中は、昨日とはうって変わって真っ暗だった。

予想通り昨日の明るさは、水路のはめ格子などからの太陽光だったのだ。

早速スマホのライトをつけあたりを照らした。

なんの気配もない、モーターの様な音が遠く近く 聞こえる。

空間の幅は、気を付けをして、片手だけ真横に伸ばせる程度だ。

逆に奥行きはと言うと、こちらは照らしても先が見通せない、延々と続いている様だ。

きっと地下街をぐるりと囲んでる通路を、更にぐるりと囲んでる空間なのだろう。


スマホの時計を見ると結構時間が経っていた。

あわてて慎重にドアを開けると真っ暗だった。

これは、どうやら地下街の従業員通路は閉められた様だ。

この誰も知らない空間で一晩過ごさなければならない。

先ほどより、明るいことに気づくと天井を見上げた。はめ格子から満月が見えた。

高揚した気分の中、薄暗い通路に横になって、満月を見ながら眠りについた。


その日から、この空間の虜となった俺は、この空間を知ることから始めた。

せっかく手に入れた空間を下手に気づかれたくなかったので、人に聞く事は避け

ネットで調べたが、この空間についての情報は皆無だった。

ただ地下街や地下鉄などの建築構造上、洪水などの有事の際、 水を逃す空間が必要ということがわかった。

だとすれば納得だ。排水のためなら、避難通路などと違い、従業員の自分が知らないわけだ。

つまり 規則で造ったものの、とくに定期的な点検も必要ないので管理もされていない。

忘れられた空間。


身体じゅうの 血液が熱く巡るような気分だ。


もう一つの世界。

自分だけの国。

チョコレートの闇。


ここに住むと決心するのは、当然の流れだった。


ずっと前から決められていたことだ。


音がした。



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