ep.2
薄暗い洞窟の奥、二人の男が居た。
「おい、ちゃんと成功するんだろうな。こいつ拉致るのに大分苦労したんだぞ」
「任せておけ。生贄としては充分この上ないだろう」
その傍らには、手足を縛られた少女が一人。
宵闇を照らすような鮮やかな銀の髪、瞳は閉じられている。
無条件で陶酔してしまうような、しかし成熟しきっていない、未だ未完成な美しさがそこにはあった。
意識のない少女をよそに、男達は会話を続ける。
「なら、早くしてくれ。意識が戻れば抵抗されるぞ」
「解っている。黙って見ていろ。__さぁ、我らが悲願だ。もう手が届くぞ……」
ローブを纏った男が、何やら呪文のような物を唱え始める。
と、少女を中心に幾何学模様の円陣が浮かび、発光し出した。
「おぉ……深淵に座す王よ!煉獄の底に封されし、偉大なる魔の主よ!聖女の魂を以て御身を解き放ちたもう!」
円陣は次第に輝きを強くし、回転を始める。
その輝きは闇のように暗く、まるでこの世の全ての憎悪を凝縮したようだ。
「我が真名はウィルオーザ!与えられし権能は魂の転換!」
ローブの男__ウィルオーザの言葉にも強い力が籠り、円陣の回転には物理現象が纏いだす。
風が起き、二人の衣服が乱れる。
もう一人の男はそれを興奮した様子で眺め続けていた。
__だからだろうか、中心にある手が、その指先が、ほんの少しとはいえ動いたことに気が付かなかったのは。
「さぁ、千年に渡る眠りから目覚めよ!聖なる御霊を喰らいて、楔を壊したまえ!魔の頂点に在る王よ!!」
「__顕現せよ!!我等が魔王『フォルファ「させない……!!」__!?」
闇の凝縮が一点になり、臨界寸前となったその瞬間、少女が覚醒した。
「貴方達の思惑通りには、させはしません……!!」
「バカな……!なんだこの魔力は!?これは魔封じの縄だぞ!!」
「そんなことより早く意識を奪え!!このままでは儀式が壊される!」
突然の事に動揺を隠せない二人の男。
男達が動き出す前にと、少女は行動を開始する。
「魔王を封印した聖女、その血を引く女はもう既に私だけ……。私が消えれば、もう貴方達の願いは叶いません……!!」
「おい……?ま…まさか……やめろ!!おいバスク!そいつを止めろ!」
「あ!?なんだってんだちくしょう!!」
待機していた男__バスクが走りだす。
しかし____少女のほうが、一歩早い。
少女は円陣に手を翳すと、魔力を注ぎ込む。
「こいつ……!俺の儀式に手を加える気だ!!」
「なんだよ!!するとどうなる!?」
「これは……魂の転移……いや、転生!?」
少女は微笑みながらみるみる内にその存在を溶かして行く。
「それではごきげんよう。……申し訳ありませんでした、お父様」
そして少女は、粒子となって消えた。
残されたのは、立ちすくむ男が二人。
「……おい!どうすんだよ!てかどうなったんだ!?」
「やられた……!まさか自害を選ぶとは……」
「なんだと!?じゃあもう魔王様は……?」
「いや、正確にはあれは自害ではない。魂を跳ばし、輪廻の輪に乗せたのだろう。詳しくはじっくり解析してみないと分からないが、おそらくはまだ手はある筈だ」
喚き立てるバスクを尻目に、ウィルオーザは虚空を睨む。
「待っていろ聖女よ……必ずしや貴様を捕らえ、我らが主を復活させてやる……!」
__そして、誰もいなくなった。
心地良い……ここは……
気がつけば、そこは真っ白な空間で。
右も左も、上も下も分からない。
あれ、おれなにしてたんだっけ……
自分の身体があるのか、それも上手く感じられない。
確か、突然目の前が真っ白になって、それで……うっ……なんだ…頭が痛い……!
唐突に、感情が流れ込んできた。
楽しい、嬉しい、愛しい__正の感情。
悲しい、恐い、辛い__負の感情。
そして、大部分を占めるもの、それは__諦念。
なんだ、泣いているのか……?悲しい、諦め…君は…誰だ?
ともすれば、自分の意識さえ呑まれそうな濁流の中、微笑む少女の姿を見た。
__ごめんなさい。こうするしかありませんでした。
……?何を言って……
__貴方には、大変な運命を背負わせてしまうことになります。私も、精一杯サポートするつもりです。どうか、身勝手なこの身をお許し下さい。
いや……何がなんだかさっぱり……
__時間がありません。どうか忘れないでください。例え姿形がどうであれ、貴方は、貴方です。その在り方は、決して忘れないでください。
は……?
次の瞬間、より一層強い意思が流れ込んできた。
その衝撃に耐えきれなくなった意識はシャットアウトし、暗転。
__本当にごめんなさい……どうか貴方の道に、祝福がありますように……
「いってぇ……!…あれ?ここは……?」
気が付いたら、見知らぬ場所にいた。
手に触れる感触は、土……?確かに、緑の匂いがする。
そういえば頬にも、何かが当たってくすぐったいな。
「……これは、髪?」
頬の感触は髪の毛らしい。
掴んでみると、するりと指の間を零れてゆく。
「いや……いやいやいや。ちょっと待て。何故当たる。確かに男にしては長い方だったが、ここまでじゃないぞ」
かぶりを振ると、絹のような髪がつられて揺れる。
「なんだ…?何が起きて…る……?」
ふと心臓に手を当てると、そこには柔らかな感触が。
「…………は?」
思わず力を入れてしまった。
するとどうか、手の中で形を変えるではないか。
「……胸?」
そんなバカな!?
ま…まさか……
「女に……なってる……?」
眼を覚ましたら、見知らぬ土地で見知らぬ身体になっていた。
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