リチャード・ケイジの場合 08
第十五節
「やるかい?いけるんだろ」
「…とりあえず用件から聞きたい」
「用件?遊びに来たんじゃないのか?」
勝手にビールを煽るリチャード。日本と違ってアメリカに限らず世界中に他人にお酌をしてやる習慣はほぼ無い。
「…こちとら毎日が日曜日みたいなもんでね。気ままな放浪生活さ。ジョーにここが面白いから行ってみろって言われただけなんだよ」
さっきから何度同じ説明をしただろうか。
タン!とビールのジョッキを置くリチャード。
「ジョーかあ…あいつとも一緒に事務所やろうって声を掛けたんだがね」
「知り合いか?」
「ああ。ハイスクールが同じだった」
「ボストンの?」
「ああ」
確かにジョーの物腰からは東海岸ぽい雰囲気はあったが。
「ジョーと戦ったんだよな?」
「…」
どう答えていいやら分からん。このリチャードとやらがどこまで知っているのかも分からないのだ。
「気にせんでもいい。ジョーのことならよく知ってる」
「…どういう風に?」
シンは探りを入れた。
「ケンカが強い上に…ちょっとした変態だった」
「??」
「ボストンはお隣ニューヨークよりはずっと治安のいいところでね。とはいえ犯罪が皆無って訳じゃない」
「だろうね」
「あれはいつだったかな…ちょっと好奇心を出してニューヨークの裏路地に入っちまったんだ。最悪の失敗だ」
「ブロンクスとかじゃないよな」
「ンな訳あるか!ともかくあっという間にクソでかいチンピラ3人に取り囲まれて壁に追いつめられた」
目に浮かぶようだ。
「そいつらは粗暴な上に昼間から性欲を溢れ出しててさあ、「金はやるから許してくれ」って言っても聞く耳持たねえんだよ」
「訴えるぞ!とか言ってみれば」
「逆効果だよ。やるならやってみろ!って言うだけさ」
「で?どうなった」
第十六節
「どうなったと思う?」
若い娘みたいに質問に質問を返しやがる。
「さあ」
「決まってる。スタイル抜群のバニーちゃん3人を美味しくいただいたのさ」
「何だと?」
周囲に人気が無い意味がシンにも悟られ始めていた。
「具合は?」
「サイコ―だったね。あんなの体験するともうマリファナやめようって気になる」
敢えてツッコまない。
「知ってるんだ」
「ああ知ってる。ジョーは窮地に陥ると相手をバニー・ガールに変えられる才能の持ち主だ」
「才能…」
シンも実は日本において能力の発現当初に加減が分からず、襲ってきた相手の男をバニーガールに変えたことはあった。これはメタモルファイターには誰しもあることだ。
ただ、慌てて逃げ出すのが精いっぱいで、こいつらみたいに「美味しくいただく」と言う発想が無い。この辺りは流石の肉食人種…ってところだろう。
バニー・ガールにされた上「返り討ち」…どころではない目に遭わされるチンピラにとってはそれどころではないだろうが。
「あの才能にこれまでどれだけ助けられたか分からないさ…」
遠い目をするリチャード。…こ、この好色男が…。
「そのチンピラはその後どうした?」
「密入国者だったみたいだ。所持品も全部変わってやがったから余り分からんのだけど」
「やっぱりメキシコ国境からか?」
「そうなんじゃねえの?」
「で?その後どうした」
「バニーちゃんのか?」
「…ああ」
身を乗り出して来るリチャード。
「…ここだけの話、完全に身分が宙に浮いちまってな。色々考えたんだけど身分証を偽造して社会的地位をあてがうことにしたんだ」
もしもビールを口に含んでいたら噴き出していただろう。