リチャード・ケイジの場合 07
第十三節
海外ドラマを見ていると、明らかに相当目上のおじいさんみたいな上司に向かって平気で若いのが「ジャック!」とか名前で呼び捨てている。日本で言うと「太郎!」とか「一郎!」みたいな感じか。即クビだろう。
日本だと最低でも「〇〇さん」と苗字+さん付けだろう。
一番多いのが「課長」とか「部長」とかの肩書で呼ぶことだ。これなら角は立たないし社内の地位の尊重という建前も守れる。
要は海外は人間関係や上司・部下といった関係性よりも「個人」を重んじているという…風に一応は言えるんだろうな。
余りにも堅苦しすぎるのも問題ではあるが、シンの感覚だとアメリカは幾らなんでも砕け過ぎだ。
この「愛称の略し方」も独特だ。
ギルバートをギル、マーガレットをマギー・マーゴ・メグくらいならわかる。エリザベスをリズってのも…どうにかわかる。
これが「ロバート」が「ボブ」となるともう分からない。
「リチャード」を「リック」とか「リッキー」はわかるが「ディック」になるとわけわかめ。
「アンソニー」が「トニー」、「ウィリアム」が「ビル」になるとひっかけクイズか?と言う気がしてくる。
とはいえ、「そういうもんだ」と思えば何事も慣れだ。
基本的に仲が良くなって来ればドンドン砕けていくもんだ。とはいえそれが100%当てはまる訳でもない。恋人同士なら「ボブ」とか「ボビー」と呼んでるかと言えば「ロバート」のままだったりする場合だってあるし、「マイケル」を「マイク」と呼んでても職場の余り話もしない相手でしかなかったり。
さっきから聞いてると目の前のやせぎすの女弁護士は「リチャード」と略さずに呼び、受付の女の子は「リック」と呼んでいた。まあ、呼ぶ方の軽さってこともあるわな。
「よーお!ファイターくん!」
いきなり野太い声がしてアッシュブロンド(銀髪)の髪を逆立てた男が入ってきた。
「リチャード!何なのこの人!さっきから何も話さないんだけど!」
「いやーすまんすまん。ボクが二枚目で色男、ボストン中の若い女性がボクに夢中でもうたいへーんな売出し中の若手新進気鋭弁護士のリチャード・ケイジだ!よく来たね!」
「…はあ」
一応日常会話は使いこなせるとはいえ、シンは帰国子女でも英語のネイティブ・スピーカーでもない。後天的に英語を学んで後は実地でどうにかしてきた人間として、さっきから続くガトリング・ガンみたいな言葉の洪水にすっかりまいり始めていた。
「キミが噂のシンだねぇ?ジョーから聞いてる。使い手だそうだな?」
がっし!と肩を組んでくる逞しい体躯。
勝手な偏見で悪いが、西洋人らしく風呂に入る頻度が低いのか威圧するみたいな匂いがする。
「あ…ああ」
まさかはねのける訳にもいかないので困るシン。
第十四節
「ジョーから連絡を受けた時はまさかと思ったけど本当にベガスから来てくれるたあね!今日は離さないぞ!この地下のバーで語り明かそうじゃないか!」
「リチャード!会議終わったばっかりよ!まだお昼前…っていうかまだ朝なんだけど!」
西洋の女性らしく弱冠声は低めなんだが、それでも甲高く聞こえる声がうっとうしい。
「かーたいこと言うなってぇ。さっきの会議でもちゃんと仕事割り振ったろ?今日のボクの仕事に急ぎなのは何にもナーシ。抱えてる訴訟はさっき全部電話して明日以降に連絡貰う段取り付けといたから」
「あーっ!だからさっきあんな妙な割り振りを!」
「大丈夫だって!これから彼…シンと意気投合して語り合う予定だ。ボクは経営者だよ?彼がこれから山の様に仕事を持ってきてくれるかもしれないんだ」
…突然何を言ってんだこいつは。
「…そうだったの?」
「当然じゃないかー!何も机に縛り付けられて資料漁るか、法定でこの世で一番下らない与太話聞かされるばかりが弁護士の仕事じゃないんだ。でもこの世で一番大事なのはお金!お金に繋がらないことは一切しない!ケイジ哲学!お分かり?」
文字起こしすると大したことないんだろうが、実際には2~3秒くらいだ。早口言葉みたいに言葉が繋がってくる。
「行くぞ!相棒!」
勝手に相棒認定されたらしい。
~数分後~
ほぼ無人なのにデカい音でノリのいいジャズが流れる「バー」に引っ張り込まれていた。
「バー」といっても生バンドが演奏できるステージがあり、マイクに音響設備も完備だ。ちょっとしたイベントスペースかライブハウスって感じだ。
「すまんね。ここは確かにボストンなんだが流石に夕方にならんと店はやってないんだ」
「…だろうね」
目の前でトクトクとビールをついで行くリチャード。
恐らくは相当高いのだろうスーツで決めた男が昼間っから酒と言う光景は違和感がある。