リチャード・ケイジの場合 03
第五節
そういう訳でそもそもアメリカに於いては「ゲームセンター」なるものが殆ど無い。
国土が広すぎて、人が集まれないのだ。
あったとしても巨大デパートの中の「ゲームコーナー」とか、空港の隅っこにピンボールマシンと一緒に置いてある何十年と電源を入れっぱなしにしてあるのでタイトルロゴの形に画面が焼きついた「ゲーム」くらいのものだ。
通信インフラが整備され、インターネット時代になったのでこれ幸いとアメリカのプレイヤーたちは「オンライン」で戦う様になった。
その為、ますます「ゲームセンター」という形式は廃れて行き、アメリカのゲームメーカーはそもそも「アーケードゲーム」(ゲームセンターに置くゲーム)の開発を余りしない。
であるから、残っている数少ないゲームセンターでは未だにゲームセンターと言う形式がバリバリ現役である日本から輸入しているんだろう。
…まあ、それはいいんだがシンが呆れたのはそこではなく、ローカライズ(現地化)が全くなされていない状態で放り出されていたことだ。
要するに、タイトルロゴから操作説明に至るまで全部「日本語」のままなのである。
…一瞬、ここ本当にアメリカだよな?日本じゃないよな?と思ってしまった。
まあ確かにゲームセンターにRPGが置いてある訳が無い。アクションだのレースゲームだの言葉が分からんでもやれる。それにしても…。
ディップスイッチ(設定を切り替えられるスイッチ)1つ押せば英語くらい出るだろうに…今じゃ英語対応は当たり前で、スペイン語(世界使用者数ナンバー2の言語、アメリカにはヒスパニック系移民も多いので需要がある)にも対応してるゲームばかりなのに…。
呆れつつ店内を散策する。
本当に、見事なほどにピンボール以外のビデオゲームは全て見覚えのある日本製ゲームだった。
たったひとつだけ見覚えの無いアメリカ国内をドライブ走破する(当然州をクリアすると1コイン要求してくる)レースゲームみたいなのがあった。やっとアメリカオリジナルゲームだ!…と思ったら、タイトル画面で左下に日本のゲームメーカーの名前を発見。
…ああ、そういうことね…。
要するに目ざとい日本メーカーが他のゲームから引っ張ってきたパーツを応用してアメリカ国内向けのタイトルとしてでっちあげたものだったのだ。
ゲームセンターのゲーム群の中でこれだけが唯一まともに全部英語尽くしなんだから皮肉なんてものじゃない。
ふと目があった。
第六節
目の前にいる驚くほど色白の痩せた金縁眼鏡の白人は正に「ナード」と言う感じだった。
この頃日本でも話題になる「スクールカースト」という奴で、ジョックス(体育会系)、ブレイン(ガリ勉)、ギーク(変人)、ゴス(≒ネクラ)と言う風に分類される。
「ナード」は「オタク」という訳語が一番しっくりくるだろう。この頃は「オタク」でも通じると言う風説があるがどうなんだろうか。
一応こちらも日常生活に支障が無い程度の英語は話すんだが、外国人だと見越してジェスチャーで「対戦しよう」と持ちかけてきた。
断る理由も無いのでコインを投入して相手になる。
ナード君は何故か得意げだったが、適当に暴れているだけのこちらに押されて次々にラウンドを落としていく。
何やら自信があったっぽいのに、脆くも崩れて行って落ち込むのが目に見えて分かった。
勝手な妄想だが、もしかして彼はこのゲームが唯一の取り柄で、おのぼりさんの観光客なんぞ軽くひねって「このゲームセンターのヌシ」として君臨している積りだったのではないか。
だとしたら…このまま勝ってしまうのも気が引けるなあ。
そんなことを考えている内に立て続けにラウンドを取り返される。
む~ん、多分本気で暴れればこのまま勝てそうなんだがここはナード君に華を持たせたい。…どうしてそんなに気を遣って対戦してるんだか分からんが。
偉く気を遣う対戦は終わり無事にナードくんは勝利した。。もう新しい発見は無いなとシンは店を出た。
出てから振り返ると、そこには「テクノアール」という店の名前の看板があった。
手にはメモがある。
「C&F法律事務所」。
ジョー…ジェニー・キングが「面白いからとりあえず行ってみろ」と紹介してくれたところだ。
どうせ気ままな放浪生活なので、ボストン中を歩いて移動してみている。ちょっとタクシーでショートカットしたりしつつ、弁護士事務所街まで来た。
なるほどそういう事務所だらけである。
何度も入口まで行っては名前を確認して引き換えし、明らかに迷惑そうな顔をする警官に道を聞きながら歩き続けた。
流石に人通りが多くなってくるが、やはり周囲の人間はみんなスマートフォンを持っている。
こりゃあ、買わんと駄目かな…。観光ビザで買えるのかあれ?良く分からんが。
この間車も買ったし…3万ドルったってあっという間に使い尽くしちまうな。
といっても働くとしたら就労ビザに切り替えないと…とかなんとか考えている内に到着した。