リチャード・ケイジの場合 30
第五十九節
戦いの趨勢は明らかだった。
別の生き物みたいに流麗に動くシンの操る触手騎士は、もたもたと何をしたいのか良く分からないクモ女を追いつめて行く。
次々に多彩なアクションで技が繋がって行く感触は端で観ていても面白そうに感じられる。
遂にアドバンテージすら活かせずダニーの敗北だった。
二本先取なのでダニーにとっては崖っぷちの第二ラウンドもいいところが無かった。
幾らかなりの適性があるとはいえ、初めて触ったシンがそうそう多彩な連続技を使いこなせるわけがない。唯一手が覚えたそれを手を変え品を変えて繰り出し続けるのみである。
明らかにシンの動きはワンパターンだった。
にもかかわらず全く対処出来ずにダニーはダメージを喰らいまくる。
時に理不尽なほど強い技が製品版に残ってしまう場合があり、目の前で起こっている現象はそれが極端に出た形なのかもわからなかった。
だが、だとしても言い訳にはならない。なる訳がない。
ダニーの体力があと数ドットになったが、哀れなほど萎縮してしまっていて全く消極的だった。
なんかシンは段々気の毒になって来ていた。
自分でも今気付いたが、オレには明らかに多少の適性がある。ゲームに。
だが、別にゲームなんぞ単なる暇つぶし以上の価値は期待してない。
そして皮肉なことに、人生のかなりのリソースを賭けているダニーには適正が“まったくない”。
どれだけ適正があろうが、始めたばかりのド素人・初心者にこうも押し込まれるなんてありえないじゃないか。
最後には起死回生だったのであろう反転して攻撃してきたところに、適当に振り回したけん制技の残りかすみたいなのが「ぺちっ」と当たってK.O.。
最後のやられ方すらなんとも締まらない幕切れとなった。
「いやっふーーーーーーっ!!!!YEHAAAAA!」
素直にはしゃぐリチャード。このアホが…傷口に塩を塗り込みやがって…。
「じゃ、いいか?」
「…」
心なしかすっぴんバニーの目尻には涙が溜まっている様に見えた。
第六十節
無言で頷くダニー(バニーガール)。
ここまで変えていれば後はアレンジで何とかなる。
お互い立ちあがった状態でシンが気合を込める。
「…ん…っ…ぁぁっ!」
まつ毛が黒く太くなってぐんぐんと伸び、青いアイシャドウがまぶたに乗って行く。
髪の毛をわさわさとかき分けてうさみみが顔を出し、次の瞬間には「ぴんっ!」と立ち上がった。
「ああっ!」
そうこうする内に耳からは重いイヤリングがぶら下がってちりちりという音を立てた。
10本全ての手の指の先に毒々しいほど真っ赤なマニキュアがほどこされて行く。
「あ…あ…」
透き通るほど青いその瞳をぱちくりさせて目の前に自らの手を持ってきているダニー。
その唇がぬらぬらと真っ赤に染まって行く。
「ん…ぁぁあっ!」
ぬる~りと何とも言えない感触が唇の端から端まで走り抜けた。
白い頬にうっすらとほお紅がほどこされる。
頭のてっぺんからつま先まで、完璧な「バニーガール」の完成だった。
「おお…wonderful…」
相棒のジョーによる男のバニーガール化は散々目撃して来ただろうに、まだ感動してやがるリチャード。
「この後普通にメタモルファイトを行うって話だったが…ギブアップなら受け付けるぞ?」
「ふざけるな。やるさ」
英語なので女言葉が無いが、どこか鼻に掛かった甲高い声になっていた。接客モードってことなんだろうか。
「最後に確認だ」




