リチャード・ケイジの場合 23
第四十五節
シンが何かする度にダニーが妙なレバーの動きをしてるので、恐らく何かをしてるんだろうが、少なくともそれが画面には何も反映していない。
そしてシンは急に思い出していた。
あ、そうだ。このゲームって防御ボタンと攻撃ボタンを同時に押すと確か相手を「投げ」ることが出来たんじゃなかったっけ。
途中からシステムを諦めて固まっているダニーのキャラに近づくと徐に「投げ」が決まった。
そこから先は一方的だった。
殆どゼロに近くなるまで一連の華麗な「コンボ」で削られたシンの体力だったが、怒涛の反撃に固まりまくり、システムに失敗して食らいまくり、そして固まったところを投げられまくる。
一度投げられると防御に専念する意識も保てなくなり、いらんところで食らってはまた投げられて、遂にありえないほどの体力差を完全逆転する形でシンが勝利した。
終わってみればラウンドは「3-0」の圧勝となっていた。
「くそぅ…もう少しだったのに…」
もしかしてダニーって…システムやゲームの細かいネタなどの知識は山の様にあっても実戦では弱いという典型的なタイプのプレイヤーなんじゃないだろうか。
ぶっちゃけ使いこなせないシステムならなまじ使わない方がマシだ。実際それで見せ場はつくれたかも知れないが試合としては負けてしまっている。
確かに地道に練習はしているのだろう。あの見事なコンボを見ても相当の練習の成果が見える。
ただ、実際の試合で大事なのはいざ入り始めればお互いに見ているしかない「コンボ」そのものよりも「いかにコンボに入るか」の「立ち回り」であり、「読み合い」なのである。
事実、知識も練習も何一つ勝っていないシンが、「結果として」は「試合に勝って」はいるのだ。
勝てない知識や練習など何の意味もない。
残酷な現実だった。
恐らくダニーは「理屈先行」で考えすぎるタイプの生徒だったのだろう。
だから友達が学園生活を謳歌するのについていけず、体力が無いなら頭でやりかえせばいいのに、ハーバードに行ったのはダニーではなくていじめていた側のジョックス(体育会系)なのだ。
スポーツ推薦だったかも知れないが、少なくとも大学院に行った奴は頭で行ったはずだ。
…生きるのに不器用な奴。
シンは勝手にダニーに同情していた。
きっと自分なりに誰よりも努力していたんだろう。自分なりに。
しかし、ハーバードで輝かしい毎日を送っているかつての同級生に対して、社会人になる年になってもゲームセンターで腕磨きとは…。
きままな放浪生活なのでアカデミックなキャリアとは無縁のシンだったが、駅弁大学とはいえ一応出ている。
就職口もあったのに蹴ってきた。
だが、恐らくは高校以後のアカデミックなキャリアと無縁なダニーはこのまま復讐を完遂した後どうする積りなんだろうか。
プロゲーマーでもない限りゲームの腕は就職に有利には働くまい。
そして…その唯一の拠所であるはずの「ゲームの腕前」もド素人のシンに完封されてしまう程度でしかない。
第四十六節
「じゃあ、約束なんで」
「…仕方がない」
ぽん、と薄汚れたパーカーみたいなのの上からダニーの手に触れる。
メタモルファイターが接触して相手を変化させるのに、直接肌と肌が触れ合う必要は必ずしもない。
「…ん…」
早くも変化が始まった。
ぐぐぐ…と髪の毛が伸びて行く。
あまり目立たなかったが、ダニーは生粋の金髪であるらしかった。
映画に出て来る妖精みたいにウェーブの掛かった長い髪がさらりと流れ落ちる。
「ダニーお前…ブロンドだったのか」
「…」
背後でじたばたする音がする。
リチャードの奴が久しぶりに目の前で男から女に変わって行く姿を目撃できて興奮しているのだろう。
肩がなで肩になって行き、豊かな乳房が盛り上がる…が、元がゆるい服なので分かりにくい。
だが、お尻がパンパンに張りつめ、艶かしい脚線美がジーンズの上からでも分かるようになってくると流石に男が女になったことが分かる。
パッチリした瞳へと変わり、無精ひげめいたものが伸びていた顔はつるりとした大理石の表面の様に透き通った。
日本人の「色白」と白人の「色白」は文字通りレベルが違う。
こんなんで物が見えるのかと不安になるレベルに透き通った青い瞳に長い金髪の美女がそこにいたのだった。正に「金髪碧眼の美女」って奴だ。ナードなダニーの面影は油で膜が張ったみたいな度の強いメガネくらいだ。
「…これで1/3終わりだ。次のゲームに行こう」
努めて冷静にシンは言った。
実際にはハリウッド女優みたいな美女を目の前にしてドギマギしていたのだが。例えそれが元・ナードであっても。




