リチャード・ケイジの場合 10
第十九節
余りにもあけっぴろげなのでずっこけそうになった。
「全部が終わった後で聞かないで良かったよ。…で、何だ?」
「あんた、メタモルファイターだと言ったな」
「…もうバレてるようだから認めよう。そうだよ」
「実のところジョー以外で直接接触を持ったことが無いんでよく知らんのだが、本当にそうなのか」
「…その様だ」
乗り出していた身を一旦引っ込めて再び乗り出して来る。
「メタモル・ファイトってのはメタモルファイター同士が戦うんだよな?」
「…ジョーからどれくらい聞いてるんだ?それによって説明も変わるが」
「メタモルファイターは一般人を女にして女の服を着せてしまい、それは死んでも戻らない。だがメタモルファイター同士だと変身状態は勝負が終われば元に戻る…そういうことだよな?」
「…まあ、そんな感じだ」
「素晴らしい!」
リチャードが立ちあがった。
「おお神よ!世の中にこれほど素晴らしいことがあるでしょうか!」
…何なんだよこれは。
「ってーことはあれだよな?戦い方によっては男同士が女同士になってくんずほぐれつするんだよな?」
やっぱりそれを聞いて来たか。
「…場合によってはな」
「うっひょー!YEAHHHHHH!ああ神様!こりゃ最高だ!」
「…その神ってのはどの神様だよ」
思わずからかってしまった。
「ん?そりゃ唯一絶対の神に決まってるだろ」
「…そうだったな」
ちょっと待てよ。
「すまん、オレの記憶が確かなら旧約聖書には『男は女の服を着るな、女は男の服を着るな』って一節が無かったか?」
「へえ、日本人のクセに良く知ってるな」
第二十節
「ちょいと興味があってね。確か「目からうろこ」「働かざるもの食うべからず」も聖書だったか」
「こいつぁ驚いた」
「無宗教の国から来たもんでせめて知識くらいはね」
「確かにな。ただ弁護士が十戒を全部守ってるかどうかは何ともね」
「汝、欺くべからず…だったか」
「そういう勝負なら多少は付き合ってやるぞ。古い宗教の規範ってのは要するに『その時代に守られてなかった』ものが載るのさ。守られてたんなら態々(わざわざ)書く必要はないだろ」
「じゃあ「汝、殺すなかれ」は」
「当然、殺し殺されるのが当たり前の世界だったから書いたんだろ。偶像崇拝だって禁止するのは偶像崇拝が横行していたからに決まってる。何しろモーセが十戒持って帰って来るのも待てなかったくらいだ」
モーセがシナイ山で十戒が掘り込まれた石板を持って降りてみると、待ちくたびれた民衆は勝手に偶像を作って祀り上げていたのでモーセも神もブチきれる…という場面がある。
ユダヤ教、キリスト教、イスラム教のユダヤ教から分派した一神教において「偶像崇拝の禁止」をかたくなに守っているのはイスラム教くらいで、キリスト教は早々に形骸化し、十字架上で磔刑にされたキリスト像やら、果ては三位一体説を持ち出してすら神でもなんでもないマリアまで勝手に祀っている。
「偶像」とは「神という概念を分かりやすい形に現す」ということなんだが、どうしてこれが禁止されるかと言うと、結局目に見えてて分かりやすいので「偶像そのもの」を拝んでしまうという本末転倒な現象に流されてしまうから…だと考えられる。
しつこいくらいに旧約聖書やコーランで禁止してあるところを見ると、この現象は相当人類を誤らせてきた模様だ。
ちなみに「偶像」を英語では「アイドル」という。
「なるほどね。じゃあ旧約聖書で異性装を禁じてるってのは…」
「目に見えて横行していて、それで風俗が乱れたんだろ。だから『神は禁止した』ってことにした」
ありそうな話だ。
「そういえばウチの建国神話の英雄は女装して相手を惑わして討ち取るって描写があるな」
「マジか?日本人はそんなに昔からHENTAIだったのかよ」
…反論できん。
「まあ、民俗学を持ち出すまでも無く異性装を伴う祭りは世界中にある。ギリシア神話には美少年の女装はしょっちゅう出て来るしな。アキレスなんて戦場に出たら死ぬって占いがあるから出さない様に女装させて閉じ込めてた…なんてDOJINSHIネタになりそうなエピソードもあるぞ」
「…詳しいな」
「こちとら職業柄物覚えが良くてね。ソドムとゴモラ見てもあんまりそっちの嗜好は神はお気に入りじゃないらしい」
「うん」
衆道と言う言葉に「ソドム」が残っている様に、男色を禁忌とする宗教は多い。
そうした風俗の乱れから神に滅ぼされた街なのだが、ちょっとSF入ってるアニメなんかだと「ソドムとゴモラを焼いた古代超兵器」なんてのが出てきたりと何かと引用される存在でもある。人がゴミの様だ。
「で?おたくは?」




